第2話・偽りの結婚
しばらく肩を上下させ嗚咽していた彼女だったが、やがて落ち着くと、涙で潤んだ青い眼でシャルルの顔を見上げた。
「……私はアルノーツの第一王女です。それは間違いありません。ですが、私には……アルノーツの王女ならば持ちえるはずの、聖女としての力がないのです。聖女が持つという奇跡の力を使おうとすれば木々や作物は枯れ、傷つく人を癒すどころか……より人を苦しめるような、そんな呪われた力を持った女なのです」
「……」
「本来ならば、真に聖女である妹のアイラがこの国に嫁がなければなりませんでした。ですが、父とアイラは婚姻を嫌がり、落ちこぼれで能なしの私を押しつければいい、と……」
再びぼろりと大粒の涙が彼女の瞳から溢れ落ちる。
「……申し訳ありません。私は、聖女の血統でありながら、聖女の力を持ち合わせなかった……王家にとっての忌み子なのです」
「……なるほど。話は理解した」
「はい……。私の入る牢はどちらでしょうか……」
シャルルは首を横に振る。
「君は二つの国の親交の証として嫁いできた花嫁だ。今この場で君を裁くわけにはいかない」
「……ですが、我が国が私をあなたの花嫁として送り込んだことは貴国への裏切りでございます」
「事実がそうであっても、だ。そもそも君一人の証言のみでそれを判じることもできない。……そうだな、調べる時間が必要だ。少なくとも、その間、君を罪に問うことはない」
シャルルはつとめて、優しく見えるように目を細めた。床にしゃがみ込んで彼女と目線を合わせ、震える小さな肩に手を添える。湯浴みをしたはずなのに、彼女の身体はひどく冷たくなっていた。
「よく話してくれた。勇気のいることだったろう、ありがとう」
「そ、そんな……私は……」
「君がこの国に来てから今日まで、休まる瞬間などなかったろう? せめて、今夜くらいは穏やかに寝てほしい。この私、ティエラリア王国王弟シャルルが深い闇夜から朝の日差しを受けるその時まで、君の安全を約束しよう」
「……あ、ありがとう……ございます……?」
ソニアはぱちくりと大きな瞳を瞬かせた。お礼を口にしつつも、シャルルが言った言葉の意味を噛み砕けてはいない様子だった。
「とはいえ、どうかな。寝具が変わってはよく眠れないかな?」
「いいえっ、夢のごときフワフワベッド! 実をいうと、私、あなたさまをお待ちしている間に眠りの国に誘われぬようにと必死でした!」
「そうか。それはよかった」
ぶんぶんと首と手を振るソニアにシャルルは微笑む。――彼女も王族であるのなら、寝具のグレードは同程度では? とソニアの大袈裟な反応にいささかな疑問を持ちながら、そこは今は気にしないことにした。ソニアはシャルルの笑みに白い頬を染める。
「え、ええっと」
「……夫婦の初夜だよ。それを邪魔する人間はこの国にはいない」
偽りの花嫁として送り出された彼女は非常に怯えている。いつ殺されてもおかしくないと思い込んでいる。自分が言葉を尽くして「あなたを罪人として処するつもりはない」と言ってもそうやすやすとは信じないだろう。
シャルルはそっと彼女に囁く。
「あなたの罪の告白を聞いたのは俺だけ。誰も貴方の罪に気づいてこの部屋に、ましてや閨の中までにはやってこないよ」
「……は、はい」
「申しわけないが、今日はあなたの夫である俺の隣で寝てくれ。それなら俺はあなたを守ってやれる」
シャルルはソニアの手をとって立たせると、ベッドまで導いた。そして彼女を寝台に横たえると、自分もその隣に寝転がる。泣き腫らした目を丸くしてソニアはシャルルを見ていた。
「安心して。寝るだけだよ。夫である俺があなたの隣で寝ているのに、あなたを罪人として取り立てようとする人物など現れない。だから、安心しておやすみ」
「はっ、はははは、はいっ」
ガチガチと歯を鳴らしながら答えた彼女は眠りにつけるだろうか。
シャルルが不安に思う間もなく、彼女は瞳を閉じるとすぐに眠りの国に誘われたようだ。
(……ひどい隈だな)
式の時は厚い化粧を施されていたから気づかなかった。今だって自分との初夜に備えて薄化粧くらいはされて送り出されてきただろうに。このまま床についても差し支えない程度に薄くはたかれた白粉では彼女の目の下に刻まれた濃い隈は覆い隠せなかったようだ。
明日以降、彼女について、そしてアルノーツ王国のことについて調べなくてはと思考を巡らせながらシャルルもまた眠りについた。
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