【書籍②巻5/10】身代わりの落ちこぼれ生贄聖女は敵国王弟に溺愛される 〜処刑の日はいつでしょう? え、なぜこんなに大事にされてるんでしょうか〜【完結】
三崎ちさ
一章・ティエラリアの花嫁編
第1話・聖女の嫁入り
「ティエラリア王国、万歳!」
「聖女さま! 万歳!」
ティエラリア王国は今日、聖国アルノーツより花嫁を迎えた。
名はソニア。透き通るような美しい金髪の乙女だ。アルノーツ王家に生まれた女性はみな、神の祝福を受けていて特別な力を持つ。彼女たちは俗に言う聖女である。
ティエラリアとアルノーツは半年前まで戦争状態にあった。きっかけは聖国アルノーツによる侵攻。しかし、攻めこまれたティエラリアは優勢に立ち、和睦の条件としてアルノーツの『聖女』を求めた。
そして、差し出されたのが彼女、ソニアだった。
彼女はアルノーツの第一皇女だった。アルノーツの姫は二人いたが姉のほうを差し出してくるのはかの国なりの誠意だったろうか。
世界で唯一、奇跡の力を持つ存在『聖女』を有しているアルノーツ。アルノーツは、ただ
対して、ティエラリアは貧しい土地に築かれた国だ。短い春と夏、一年の大半を真白の雪と共に過ごす。
もしも『聖女』がこの国にいれば少しは暮らしやすい国になるだろうか、豊かになるだろうか。そんな期待をもって、ティエラリアは聖女を求めた。
望んで迎えたわけではなかった戦争。だが、魔物との戦いで戦慣れをしていたティエラリアは勝利をおさめた。侵略者アルノーツへの憤りを抱える国民たちを納得させるためには『何か』を求めなくてはいけなかった。その『何か』に『聖女』はちょうどよかったのだ。
世界唯一の存在である聖女を差し出すことをさすがに渋るかと、半ばダメで元々、試してみよう程度に申し入れた要求は驚くほどアッサリと受け入れられた。
(……美しい娘だ)
彼女の夫となるティエラリア王国王弟、シャルルは結婚式を挙げる今日初めて彼女と会ったが、その儚げな美しさに息を呑んだ。
大聖堂のステンドグラスごしに差し込む光に照らされた、純白のドレスを身に纏う彼女はまるで地上に舞い降りた天使と見紛うほどだった。背筋を伸ばし、まっすぐと前を見つめる青い瞳、その美しさ。
シャルルは――いや、ティエラリア王国は捧げられる花嫁を丁重に扱うと誓っていた。その娘の容姿や人格に関わらず、一人の人間を迎え入れるにあたる誠意を尽くそうと。
花嫁の姿を見て、シャルルはより一層強く誓いを胸に刻んだ。
政略結婚。それも、和睦の条件として強制的に身を捧げさせた立場だ。パレードの間ずっと感情が読み取れない貼り付けたような微笑みを浮かべている彼女の横顔を見て、罪悪感がチクリとシャルルの胸を刺した。だが、個人的な感情はさておいておかなければならない。これは国同士の婚姻なのだから。
シャルルにできることは、一人の人として彼女のことを知り、そして彼女を愛することだ。
彼女の心の支えになるものが何もないこの国で、夫である自分がまず一番最初に彼女の支えになれるように。
シャルルとソニアの結婚にまつわる式典は終わった。夜を迎え、シャルルは身を清めると今日妻となった彼女が待つ寝室へと向かった。
彼女は身を小さくして、大きなベッドのふちに腰掛けていた。式の時に見たものとは違う妻の姿にシャルルは知らず眉根に力が入った。
「……今日は疲れたろう。眠くなっていないか?」
「……」
ソニアは俯いたまま、答えない。サイドボードに用意してあった蜂蜜酒のボトルと小さなグラスを手に取った。濃い黄金色の液体がとぷとぷと杯を満たす。シャルルはそれを持って、ソニアの横に腰掛けた。
「……蜂蜜酒は嫌いじゃないか? うちの酒は度数が強いものばかりだが、異国から若い女性が好むというものを取り寄せたんだ。よかったら、これを飲み干すまでの間だけでも話をしないか?」
彼女は杯を受け取りはしたものの、口をつけようとはしない。添えられた白魚のような細い指先は小さく震えている。
「顔色が悪いな。今日はもう寝てしまおうか。君が
シャルルは立ち上がる。寝台がギッと重く軋んだ音を立てた。
それを皮切りに、ソニアは口を開いた。
「……ごめんなさい」
「ん?」
しかし、その声はシャルルには聞き取りづらく、身を屈めて彼女に顔を寄せれば潤んだ青い瞳と目が合った。彼女は瞬間、早口で繰り返し始める。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……?」
彼女の美しい手から杯が落ちる。真鍮でできたそれは鈍い音を立てて床に転がり、蜂蜜酒の甘い香りが広がった。
反射的にシャルルの目がそちらに向かった。――その刹那。
「わ、私はあなたに愛される資格を持ちません! 私は父の思惑により送り出された力を持たぬ落ちこぼれ聖女! しかし、私と父は罪深いなれど民に罪はありません! どうぞ私めの命を以て矛をお収めはいただけないでしょうか!?」
彼女は堰を切った勢いでまくしたて、そしてどこから取り出したか短剣を喉元に突き付けた。流石にギョッとしてシャルルは彼女の細い腕を掴む。
「――待て、落ち着け」
「ああっ! カーペットが!」
蜂蜜酒がこぼれ、カーペットに深い色のシミを作っていた。
「もうしわけありません! ここここここのっこのように高そうな……お敷物を、汚すなど! ううっ、この命、捧げます!」
「待て、とにかく、落ち着け」
「はっ、はい、わかりました。然るべき罰を受けます……。斬首刑でも、縛首でも、磔でも、ええと、なんというかはわかりませんが餓死させるやつ……とかでも……。あなたの国で一番むごたらしい罰で私の罪をぬぐってくださいませ」
「うん、もう少し落ち着いてほしい」
「は、はい。己の手で死を選ぼうとするなど……この期に及んで烏滸がましいことを望み、申し訳ありませんでした……」
「もう少し、その方向から離れようか」
美しきアルノーツの花嫁、ソニアは幼子のように背を丸め正座の姿勢で座り込んでいた。
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