第22話 アリーナ、勇者を見限る

「アリーナ! なあ……協力もしたことだし、許してくれるだろう!? 今度は二人で、一緒にグランドルの領地を治めよう……!!」


 公爵邸から王城に戻る途中で、エイトがアリーナにそう言葉をかけてきた。


 騎士達に囲まれ、鎖をジャラジャラと音させながら、エイトはアリーナの隣を必死にキープする。


 アリーナは無視して歩み続ける一方、徐々に近づいてきながら話しかけてくるエイトに、アリーナを挟んで反対側を歩いていたルークがジロリと睨んだ。

 

「ああ、悪い悪い……大丈夫。俺は寛大だからな。第二のパートナーを持てるのは夫だけじゃないんだ。もちろん、二人の仲を認めるからさ」


 少し笑みを浮かべ、したり顔でエイトは言う。


 ルークはそんなエイトの言葉と態度に、ピキピキと青筋を立てるが、アリーナはそれらを受け流し、地下牢に向かってまっすぐに歩を進めていった。




 どれほど話しかけても無視を決め込み、こちらを振り向きもしないアリーナに、エイトは段々と苛立ちを募らせた。


 そしてついに、ごうを煮やして言った。


「なあ、って言ってるんだ」


 その言葉に、アリーナの身体はピクッと反応して、その場に立ち止まった。

 視界の隅で、エイトがニヤニヤしながらこちらを伺っているのが見える。


「……それでまた、私を支配するつもり?」


 アリーナが冷たく突き放すように言う。


 刺すような視線を向けてくるアリーナに、エイトのニヤついた表情は消え、戸惑いの色が浮かび出した。


「……あなたのギフトはもう、私には通用しないわ」

 

 エイトのギフトは支配。


 だが、それは誰に対しても使えるわけではなかった。


 同じ集団に属す者。

 エイト本人と、支配したい相手の両方がであるという認識を持ってはじめて、このギフトは能力を発揮できる。


「あなたとの婚姻関係は、すでに解消されているのよ」

 

 アリーナはそう言って、エイトに一枚の紙を差し出した。


 それは国王陛下と議会、さらには教皇がそれぞれ承認の印をつけた離縁届だった。

 その正式な書類を目にして、エイトの体が止まる。


「あと……残念だけれど、あなたは今後一生、この地下牢から出ることはできないの……」


 いつの間にか、アリーナ達は地下牢に辿り着き、からになっていた檻の前で立ち止まっていた。


 離縁届をなおも呆然と見つめるエイトに、アリーナがさらに続ける。


「あなたはとして、同じくここに投獄されている犯罪者達に、その悪事を自白させるという役割を負うのだから」


 エイトは騎士達に促されるまま、心ここに在らずで牢屋の中に入れられる。


「……あなたが望むような、人々に賞賛される華々しい活躍ではないけれど、これもまた元勇者として人々を救う、大切な仕事でしょう?」


 アリーナはそう言うと、事態を飲み込めないエイトを置いて、周囲の騎士達に目配せをした。

 騎士達は頷き、ゆっくりと檻の扉を閉めていく。


「ちょっ……ま……」と混乱するエイトをよそに、無情にも檻の扉が閉められた。


 異様なほど静かな牢獄内に、ガシャーンという無機質な音が響き、鍵が閉められる。


 そして、その瞬間、クスクスクスクスと笑う声が暗闇のそこかしこから湧き上がり出した。


 絶望のふちに立たされたエイトに、アリーナはゆっくりと向き合う。

 エイトの表情は青ざめ、体はかすかに震えていた。


 そんなエイトを置き去りにして、アリーナはきびすを返して地下牢から出ていく。


 アリーナを必死に呼ぶ声が、いつまでも牢獄内に響いていた。

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