第20話 アリーナ、終幕を見送る

「はは……そういうことか」


 ミザリーが騎士達に連れて行かれ、終わりのムードが漂い始めた時、エイトの乾いた笑いが場の雰囲気を引き裂いた。


 エイトの言葉にアリーナはハッとして、しがみついていたルークの体から少し離れて顔を上げる。

 いつの間にかエイトは立ち上がり、こちらを指差していた。


「お前たち、たんだろう!! 最初から俺を、おとしいれるつもりだったんだ!!」


 視点の定まらない目を見開き、アリーナとルークをそう糾弾した後、エイトは「そうだ……そうだったんだ!」と言いながら、天を仰ぎ、額に手を当てて声高らかに笑い出した。


 異常なテンションのエイトに、アリーナを含めて周囲にいた人々は動きを止め、その場に戦慄が走る。




「……見苦しい……」


 静まり返った雰囲気の中、この場で最も威厳のある声が、低く響いた。


 背後から放たれた怒りにも似た重い声に、エイトはまるで蛇ににらまれた蛙のように、ピタッと硬直する。


「第二夫人などといういにしえの制度を持ち出してきても、許してきたのはひとえに、魔王を討伐したという功績ゆえ……それが虚偽だった今、お主の発言は聞くに耐えん」


 国王陛下がそう言うと、エイトの周りを騎士達が取り囲んだ。


「……俺は悪くない……!」

 

 この状況に、体を構えて周囲とジリジリと距離を取るなど抵抗を見せるエイトに、国王陛下はため息をついて魔物庁長官に目配せをする。


 国王陛下に小さく頷き、エイトに向き直った長官の合図に呼応して、それまでずっと静観していた魔物庁の屈強な肉体を持つ部下達が騎士達の包囲網に加わった。


 彼らはこの三日間の徹夜で寝不足だった上、往生際の悪いエイトの態度に、何となくではあるが少し苛立っているように見える。

 

 そして、あっという間にエイトは取り押さえられた。

 エイトは「俺を誰だと思っている!」と叫びながら足掻あがき、騎士達の拘束を振り払おうとする。


「……これでは勇者の名折れだ。そなたの勇者とミザリーの聖女の称号の見直し、ならびに、現在そなたが有する辺境伯の爵位の剥奪はくだつを視野に、これまでの所業を改めて精査する」


 そう国王陛下が突き放すように言うと、エイトを拘束する騎士達はおよそ勇者に似つかわしくない言葉を吐き、にらみつけてくるエイトを無視して、ディーリンガムの街の方に引きりながら連行していった。


 二人はこれから王都に連れて行かれ、今まで行ってきた所業を洗いざらい暴かれるのだろう。


 そう、ルークと共に二人を見送っていたアリーナに、徐々にこの場から引きがされていくエイトが大声で叫んだ。


「アリーナ! 助けてくれ……!!」


 これまで聞いたことのないエイトの悲痛な叫びに、思わず動きそうになるアリーナの身体を、ルークが強く抱きしめ引き留める。

 自分の意思とは裏腹に脱しようと身体がもがくが、ルークの体はびくともしなかった。


 叫び続けるエイトの声がどんどん小さくなっていく。


 こうして、アリーナとルークがはじめた舞台は、二人の想定を外れつつも、エイトとミザリーの地位をおとしめることに成功し、一旦、終わりを迎えた。


 けれど、エイトの叫びに沸き起こる焦燥感に混乱しながらも、アリーナは心の奥で感じていた。


 ……私の復讐は、まだ終わっていない。

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