第15話 アリーナ、帰ってきた二人に相対する

「ふむ、出迎えご苦労」


 スタンピードが収束してから三日後、約束通り、国王陛下がディーリンガムの街を訪れた。

 

 今回の来訪で使用した”転移の魔道具”は、基本的に、王都と領都にのみ設置されているものだった。だが、このディーリンガムは魔王城に最も近い場所として、特例的に転移の魔道具が配置されていた。


 とはいっても、突然決まった訪問と、久しぶりの使用に、王宮側はこの三日間徹夜で準備を行っていたらしい。

 国王に続いて紹介された魔物庁長官と魔道具庁長官を筆頭に、彼らの部下達はみんな目の下にくまを作り、体を小刻みに左右に揺らしながら辛うじて動いていた。


 彼らに少し申し訳なさを感じつつ、アリーナは早速、あの名付き魔物ネームドモンスターの元へ国王陛下たちを案内した。



 

「これが……」


 魔の森の手前で、体が二つに分かれた山羊の頭をした魔物の姿を見て、国王陛下は息を飲んだ。

 

「はい。名をサタナキアという、魔王の右腕にして魔王軍の総大将だった魔物です」

「サタナキア……」


 国王陛下は魔物の姿形をまじまじと観察しながら、アリーナの言葉を繰り返す。

 同じように魔物を観察していた魔物庁の長官が、魔物と、持参していた書類を交互に見やり、書類から視線を上げてアリーナに問いかけた。

 

「……ですが、名付き魔物ネームドモンスターは魔王討伐時に勇者たちがほぼ打ち取っていたはずです。その中に、このサタナキアの名前も含まれている……何故、こいつは生きていたのですか?」


 報告と違うことに苛立ったのか少し語気が強かったが、アリーナはその問いに、ただ黙ることしかできなかった。


「……ここにいる者に、答えを知る者はいない……か。そもそも、勇者は今どこにいる?」


 ついに、国王陛下が核心に触れた。

 待ちに待った言葉に、アリーナの心がはやる。


 しかし、「勇者は……」と、アリーナが言いかけたところで、ディーリンガムの街の方から叫び声が聞こえてきた。

 

 驚いてそちらを振り向くと、一台の馬車が尋常ではないスピードを出してこちらに向かって来ている。

 そして、その馬車からエイトが身を乗り出して、叫んでいる姿が見えた。


 思っていたよりも早かった。

 邪魔が入り、思わずアリーナは少し眉間にしわを寄せる。

 

 カチオンとディーリンガム間の移動は、馬車で五日はかかるはずだった。

 

 急がせて四日……帰ってくるのは明日くらいかと考えていたが、夜通し走らせていたのだろう。見かけない馬が数頭追加され、御者はしかばねのように顔色が悪く、疲労困憊こんぱいの様子だった。


「国王陛下! この度は出迎えに間に合わず、大変申し訳ございませんでした。わざわざ、このディーリンガムの街までご足労いただき、誠にありがとうございます」


 勇者エイトは馬車が止まるや否や、自分で扉を開け、勢いよく国王の面前にひざまずいた。その姿は、上の立場のものには一切逆らわない、かつての栄斗えいとの姿そのものだった。


 一方、同じ馬車に乗っていた聖女ミザリーの方は、ふらふらとする御者の手を取り、優雅に馬車から降りてきた。

 ミザリーは国王の手前、柔和な表情を浮かべながらも、憎しみのこもった目で刺すようにアリーナを見つめてくる。

 

「ちょうど良かった、この魔物に見覚えはありますか? かつてあなたが討伐済みと報告してきた魔物なのですが」


 魔物庁長官がエイトに問いかける。

 

 エイトはそこで、ようやく国王陛下の後ろで真っ二つになっている魔物の存在に気付いたのか、ギョッと驚いた表情を浮かべたと同時に、特徴的なその魔物の姿を確認して、見る見る間に青褪あおざめていった。


 スタンピードとサタナキアが繋がり、過去の思い当たる節に行きついてしまったのだろう。

 どう考えても悪い自分の立場に、エイトはもごもごと口ごもったかと思えば、うつむいて黙り込んでしまった。


 勇者への断罪が、始まろうとしていた。

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