第13話 アリーナ、スタンピードを収束させる

「よろしい。ルークよ、この私のために……グランドルの未来のために、戦え!」

「は! 仰せのままに!」


 そう言うと、ルークは馬に乗り、あの山羊の頭の魔物の方に向かっていった。


 ルークに事前に求められていたとはいえ、慣れない演出と向けられた眼差しに、アリーナの顔が熱くなっていく。

 みんなの視線が遠ざかっていくルークに向けられたのを確認して、アリーナは顔を手で小さくあおいだ。


 最後尾のあの魔物の存在感に気付き、たじろいでいた騎士や兵達は、そこに一直線に向かうルークに気付くと道を開け渡すように左右に分かれていった。

 映像を見ていた観客達も、さらに大きな歓声を上げてルークを後押しする。


 しかし、こちらのムードとは対照的に、ルークを迎える魔物達は、あの山羊の頭をした魔物への行く手をはばむようにルークに次々と襲いかかっていった。


 ルークは魔物達の様子を確認しておもむろに剣を抜くと、スピードを落とすことなく、それらをバッサバッサと切り捨てていく。


「え……腕が確かなのは知っていたけど……ルーク、強すぎない!?」


 自分の記憶と乖離かいりするほどに圧倒的な力で魔物達をなぎ倒していくルークの姿に、アリーナは他への意識が完全に削がれて目を見開いた。


 それは、他の騎士や兵士も、さらには魔物達も同様のようだった。両軍の動きが緩慢かんまんになり、ルークに注目が集まっていく。

 ルークの目指す先にいる山羊の頭の魔物だけが、静かに、ルークの様子を捉え待ち構えていた。


 


 一刻もせず、ルークはついに魔物の集団を突き破り、山羊の頭の魔物と対峙した。乗っていた馬から降りて、体勢を整える。


 両者は互いに、距離を測るようにして見つめ合った。遠目ではあるが緊迫した空気に、この場全体に沈黙に似た静寂が流れる。

 

 そして、山羊の頭の魔物がかすかに動いたかと思った次の瞬間、ルークは一瞬で背後に回り込み、同時に、魔物の身体が真ん中から真っ二つに分かれて崩れ落ちた。


 まさに圧倒的だった。


 少しの静寂の後、状況を理解した騎士や兵士達がおおおお!! と歓声を上げる。彼らの声や足踏みに地面が揺れ、拡声器から音割れして聞こえる大歓声に、空気が裂けるようだった。


 魔物達はその勢いに押され、集団の端から徐々に離散しだし一気に瓦解していく。


 スタンピードが収束した瞬間だった。

 

 この劇的な勝利に誰しもが湧き立つ中、アリーナの手元にあった通信用の魔道具が鳴った。思わず受信のボタンを押すと、通信機から忘れかけていた声が響く。


「おい!! これは一体、どういうことだ!!」


 それは、エイトの声だった。周囲の大歓声にエイトの不快な叫びは掻き消され、アリーナは通信機に少し耳を近づけそうになる。


「カチオンの街に着いたと思えば、ディーリンガムでスタンピードが起きているというではないか! しかもお前が指揮をとり、その様子を領民達が応援しているだなどと……俺は聞いていない!」


 ミザリーとの秘密の婚前旅行に、お忍びで行動していたエイトもようやく気付いたようだ。


 十分な食料を馬車に乗せ、カチオンの街に直行するようにと指示していた甲斐があった。と、アリーナは二人が出発した時の様子を振り返る。


「今すぐそっちに向かうから、お前、首を洗って待っとけよ!!」


 エイトは吐き捨てるようにそう言うと、ガチャリと通信を切った。


 これでようやく役者が揃ったわね……


 アリーナは、切れた通信機を手にして小さく口角を上げた。

 こちらに向かって、ゆっくりと帰還するルークを全員が迎える様子を眺める。


 そう、これはあくまでだった。

 

 アリーナ達の舞台は、まだ、終わらない。

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