第12話 アリーナ、スタンピードに立ち向かう

 スタンピードは、何らかの原因であふれかえった魔物の大群が、興奮などにより制御を失って、街といった人々の生活圏を襲う現象だった。


 暴走した魔物の大群は、落ち着きを取り戻すまで街や人々を蹂躙じゅうりんしていく。


 正直、ひとたびスタンピードが起こってしまえば、住人達を巻き込まずに収束させることなんて到底とうてい不可能だった。


 だから、アリーナ達は、


 きっと今頃、このディーリンガムの街に住んでいた人々は、近隣の街から見ていることだろう。

 おびただしい数の魔物達が街に襲来し、その魔物達を狩る、グランドル領全軍によるを。


 その余興の陣頭指揮を取る人物は、住人達が期待していた勇者ではなかった。


 これまであまり目立った評判を聞いたことのなかった、このグランドル領のご令嬢にして、勇者でありグランドル領主の妻・アリーナ。


 無人のディーリンガムの街に、街一番の高台に設けられた拡声器の魔道具によって、余興を観戦する人々の声が響く。


 最初は、迫り来る魔物達となかなか登場しない勇者に、映像を見る人々の不安げな声が響いた。

 だがそれも、街と魔の森の間に設けられた堀に魔物達が次々と落ち、兵士達が楽々と魔物を狩る姿が映し出されてからは、大きな歓声へと変わっていった。


 堀を越えてしまった魔物達も、騎馬隊による撹乱と、統率の取れた後続の騎士達にあっという間に仕留められていく。


 騎士達も兵士達も、余裕を持って戦い、疲れが見えたら次々と交代して後続が投入されていく。こちらは兵力も、気力も十分だった。


 それもそのはず。


 この余興に参加したのは、領都や各街に常駐する精鋭の騎士達だけでなく、広大な辺境伯領の全土から志願によって集められた兵士達を含め、その数はゆうに十数万人に上っていた。


 自身の夫や息子が映像に映るたび、拡声器を通して歓声が届き、軍全体の士気が高く維持される。


 軍全体の指揮をとっていたのはアリーナだったが、この作戦を立て、彼らの練兵、配置の調整など、軍の底上げをしたのはルークだった。




「あれは……」


 おびただしい数だった魔物の群れが半分以下にまで小さくなった時、ようやく魔の森と魔物の集団の境目が見えてきた。

 群れの最後尾にいた魔物の姿があらわになる。


 それは、一際大きい、二足歩行する山羊の頭をした魔物だった。

 

 他とは明らかに一線を画すその魔物は、周囲の暴走した魔物達とは違い、恨みのこもった瞳でただひたすらにこちらを見つめていた。


「チッ……やはり生きていたか……だからあの時、ちゃんと仕留めた方がいいって言ったんだ……」


 と、ルークは小さく舌打ちしながら声を漏らす。

 そしてルークは、アリーナの方に歩み寄り言った。


「アリーナ様、あいつは俺に対応させてください」


 アリーナは、その真剣なルークの瞳にただ頷くことしかできなかった。


 余裕だった雰囲気が少しずつ変わり、空気が緊張感をはらみだす。

 アリーナとルークが始めたこの舞台の、一つの山場を迎えようとしていた。

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