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 住宅街の中にあるコンクリートで覆われている河の所にひっそりと溶け込むようにその一室は存在している。

 いくつかの船に人が住んでいる場合や店を営業している。

 その中には表にはいられない裏の社会の人間が使っている小回りが利くあまり大きくないが屋根がある外からはわからないようになっている船がちらほらある。

 彼は、船の一室の電気を消して中にいる5人のスーツの男たちに無音で近づきその首にナイフを当てると横に引いた。血飛沫が舞う。

 暗がりから人がぬっと出て狭い一室の煙るように漂う血の臭いを手に持っているナイフで切り裂く彼のスニーカーもパーカーもデニムのズボンも既製品で特に特徴がない。ナイフはアウトドア用品店で買えるようなものだし、彼に特徴らしきものを見出すとすれば男であること、短髪であること、中肉中背であること、そして、少し鼻が顔の大きさの割に大きく感じる程度。つまり、どこにでもいる。どこにいてもおかしくない風貌だ。

 しかし、一つだけ普通ではないところがある。

 彼の前に死体があること。

 そして、彼が持っているナイフに血がべっとりと付いていること。

 船の中から頭が引っかからないようにパーカーのフードを目深にした男が一人出てくる。

 彼は静かにその狭い一室を離れ、河にナイフを投げ捨て現場から離れ足早に去っていき、目的の人物が来るのを男は近くの物陰から船の方を観察する。


 

酒屋が見えたクラウス・リンは、「のぉどが乾いたなぁ」と独り言を言いながらフラフラと入り物色して強い酒を手に入れてご機嫌になった頭をフリフリしながら歩いた。途中でドラッグをゲットして錠剤の物を飲み下した後に考えた。

 楽しいことが何かないかと考えながらフラフラと歩いていると男とすれちがった。

 男からは濃い血の臭いがしてクラウスの鼻をくすぐる。振り返ると男は居らず、彼が出てきた建物に視線を向けると手をノブに触れてみた。

「なぁんか、いやぁな感じがする…けど、開けちゃう」

 勢いよく中を確認してクラウスは後悔するとともに一体誰に報せたら良いのか迷って顔を上に上げると後ろに人の気配を感じてそのまま仰け反る。

 しかし、やはり誰もいない。

 倒れている男の近くまで行くとクラウスは目を瞬かせる。

「首切られちゃってりゅ」

 やはり、何か嫌な感じがする。

「これは、俺、早く逃げたほうがいいな。」

 船から急いで降りようと振り返ると自分よりも身長が低い20代後半くらいの男が立っている。

「お前か?」

 男の視線が倒れているスーツの男に落とされてる。

「いえ」

「この状況で言い逃れができると思うか?」

「こぉおんな細腕でできると思う?」

 そう言って手を広げて部屋の中を相手に見せる。

「まぁ、そうだな。」

「でっしょぉ」

 クラウスが言う通りで屈強な男たち5人を殺せるとは到底思えない。

「ね、それよりも、あなた誰?」

「ん?ああ、そうか。新名潤にいなじゅんだ。お前は?」

「クラウス・リン」

「そうか。」

 新名は妙に納得してクラウスを見ると左手に埋め込まれている携帯端末を耳に当て出して、クラウスの顔にうっすらと驚きの表情が浮かんでくる。埋め込み式の携帯端末を使う人間は限られているからだ。そう、例えば、軍関係。

黄一囲ホアン・イーウェイ、事件発生。応援求む。」

「なぁに、その口調」

 そう、例えば、警察関係。

 クラウスの疑問に新名が視線を向け、口を開こうとして躊躇したあと、「警察だからな…」と呟いた。

 聞いた瞬間、クラウスは脱兎の如くその場から逃げ出した。

 ドラッグもキめているということもあるが彼自身が問題だった。

 クラウス・リン、彼も666スリーシックスだからだ。

 表向き人権は保証されえているが少ない人口の彼らは一度ひとたびその能力を見せると攫われるか利用されるか殺されるかするからだ。魔女や怪物扱いをされて逃げてくれればいいが違った場合に待っているのはあまりいい状況ではない。ましてや、警察に目をつけられてしまえば犯人に仕立てられかねない。



 クラウス・リンが走り去っていくのを少し呆然と新名は見ていた。

 この仕事をしていてクラウスを知らないのはモグリだ。彼は、いつもトラブルに巻き込まれる。いや、好奇心に勝てないようで自らトラブルに巻き込まれに行く。つまり、彼を追って行けば事件に行き当たることが多いのだ。

 この惨状を目の前にしてしまえばトラブルメーカーのクラウスが例え無実でも疑われる可能性が高い。彼にとって、逃げるのは必然だ。

 新名はクラウスが消えていった方向を見て暫し考えた。これは、完全に勘なのだが、今、追っている中嶋瑠果なかじまるかは確実にクラウスと接触している。

 ふと切っていた携帯端末が光り、応答した。

「どうした?」

『中嶋瑠果の妹を見つけました。』

「どうやって」

 黄一囲ホアンイーウェイの報告としては、こうだ。

 顔もわからない中嶋瑠果の渡航履歴が更新されたのだと言う。同姓同名はどこにでもいるだろうが、本人かどうかどういったルートで知ったのだろうか。

「なぜわかった。」

 少し間が空き黄一囲が口を開こうとして少し溜息を吐いた。

『匿名のタレコミがありました。』

「あんだぁ、それ」

 怪しいにも程がある。

「一回、戻る」

『はい。』

 嫌な感じだ。

 中嶋瑠果は、666スリーシックスの二次災害に遭っている。新名が世界大戦でこの国が行った人体実験の産物なら、中嶋瑠果はその人体実験で作られた人々から遺伝子を受け継いだ三世だ。こういった特殊能力を意図せず持ってしまった人間を総じて、666スリーシックスと呼ばれている。

 他人の心を読む者、重いものを手を使わずに移動できる者、多種多様の者たちが存在している。少数であるが故に一般の人間が遭遇することは少ない。

 そして、新名は不老不死という666の中でも稀な存在だ。しかし、互いの能力を確認する機会はほとんどなく、アウトサイダーのクラウスも何かしらの能力を持っているはずだがどんなものなのかは誰も知らない。

 嫌な感じだ。

 これは長年の勘というやつによるものだ。

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