第42話「貴女の化けの皮、この場で全て剥いであげるわ」

 王妃やフェルナンが怪訝な顔をする中、ポールが叫んだ。

 

「副団長、やめろ! やめてくれ!! セレーナ様が死んでしまう!」

 

「死んでしまう? なぜだ?」


「それ、は……」


 ポールが口ごもる。ユーリスが片足にじわりと体重をかけると、セレーナが叫び声を上げてもがき苦しんだ。


「ポール、すべてを話せ。さもなくば、これを踏みつけて壊すぞ」


「たのむ、頼むから……やめてくれ……呪い、呪い返しが……セレーナ様が、ご自身の呪いで死んでしまう……」


 さめざめと涙するポールと倒れ込み息も絶え絶えなセレーナ。

 

 事の成り行きを見守っていた人々は首をかしげ「どういうことだ?」と口々に囁く。


 ユーリスは床に落ちているラピスラズリのネックレスを、皆に見えるよう高く掲げた。


「それは……」


「殿下もよくご存じでしょう。これは、ベアトリスが一度目の追放を言い渡される証拠となった『呪具』でございます」


「騎士団の保管庫にあるはずの物を、なぜお前が持っているのだ……」


「なぜって、この品は暗殺傭兵団の隠し倉庫にありましたから。おそらくポールが秘密裏に保管庫から盗み出し、傭兵団に浄化の依頼をしていたのでしょう」


「……浄化?」


「呪い返しを防ぐためには、呪具の浄化が必要なのです」


 まったく意味が分かっていないフェルナンに助け船を出すべく、元聖女である王妃が説明をはじめた。


「呪具は、悪意を注ぎ込み作られる闇の魔道具。それが傷つけられたり壊された場合、負の魔力はすべて『呪具の発動者』に跳ね返ります。だから密かに浄化を試みていたのでしょう」

 

「では、先ほどセレーナが苦しんでいたということは……」


「あのネックレスの呪いを発動したのは『セレーナ』ということですわね」


 王妃の説明を受けて、ユーリスが畳みかけるように告げた。


「ベアトリス・バレリーは無罪です。かつての呪具事件は聖女セレーナの仕業、今回の公爵邸での傷害事件はセレーナとポールの共謀による自作自演。であれば、真に問うべきは誰か──皆様はもう、お分かりのことでしょう」

 

 

 辺りが一瞬静まりかえった後、セレーナへの不満と非難が一気に噴出した。


「王太子の婚約者が呪具に関わり、さらには暗殺傭兵団と繋がっていただと!?」

「なんてことだ……こんなの前代未聞だぞ!!」

「破滅させられたバレリー親子はなんて憐れなんだ……」


 みなが一斉にセレーナを糾弾し、同時に罪人として不当に扱われてきたベアトリスに同情する。


「この悪女、いや毒婦が!」

「こんなおぞましい奸婦かんぷが王太子妃になっていたら、この国は終わりだったぞ」

「王室はなにを考えているんだ、知らなかったでは済まされない」


 セレーナへの罵声はやがて、王室への非難と責任追及の声に変わる。


 王妃はまるでゴミを見るかのようにセレーナに侮蔑の眼差しを向け、フェルナンは苛立ちと憎しみを込めて「王室の面汚しが」と口汚く罵った。


「貴様のせいで、王家の権威は失墜した! その罪、命をもってあがなえ!」


 フェルナンがそう吐き捨てた瞬間、セレーナの中の何かがプツンと切れた。


「あたしは……あたしは、悪くない! 悪いのは全部この国だ!!」


 髪を振り乱し喚き散らす彼女には、もう聖女の面影すらない。


「病気だか何だか知らないけど、この国の王はなにやってんのさ! こんなバカ王子に任せて寝ている場合? 王も無能なら王子もとんだ無能だ! ははっ、あたしごときに騙されるなんて、無能だらけでこの国は終わりだね!!」


 不敬極まりない発言の数々に、王妃が「なんと無礼な、お黙り!」と憤慨する。

 だがセレーナの悪態は止まらなかった。


「うるっせぇんだよ、くそババア! 人のこと言う前にテメーの息子をどうにかしろ!」


「なっ、なんてことを……! 衛兵! ただちにこの者を地下牢へ!」


 騎士に無理やり立たされ引きずられながら、セレーナはケタケタと笑い狂っていた。

 女の変わり果てた姿に人々は戸惑い、場は混沌を極めている。


 そんな中、凜とした声が喧噪けんそうを切り裂いた。


「王妃様、フェルナン殿下、私からひとつお願いがございます」


 声の主は、それまで沈黙を貫いていたベアトリスだった。

 

 彼女は透き通った曇りなき瞳で王妃とフェルナンを見つめている。


「いいでしょう。話してごらんなさい」


「寛大なお心に感謝申し上げます。──我がバレリー伯爵家の汚名を返上するため、この場で私に、セレーナの出生と過去を明らかにする機会をくださいませ」


「出自と過去を明らかに? 具体的になにをするというのです?」


「この場で、セレーナに『過去視の聖魔法』を使うことをお許しください」


 ベアトリスの申し出に、王妃は黙ってうなずき許しを与えた。


 大人しくしていたセレーナはたまらず「過去視の聖魔法ですって?」と呟き、目の前に来たベアトリスを見て嘲笑あざわらう。


「そんな大聖女級の魔法、アンタに使える訳ないじゃない」


「あら、私を見くびらない方がよろしくってよ」


 そう言ってベアトリスがパチンと指を鳴らすと、辺りが一瞬白い光に包まれ、次の瞬間には広間に巨大な水鏡が出現する。


 いとも簡単に聖魔法を使ってみせたベアトリスは、不敵な笑みを浮かべて強気に言い放った。


「セレーナ。貴女の化けの皮、この場で全て剥いであげるわ!」


 その言葉を最後に、セレーナの意識は急速に遠のき──。


 ひとりの女の過去と記憶が、水鏡に浮かび上がった。

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