第34話 迷いなき暴挙

 悪路が続いているのか、馬車はガタゴトと大きく揺れながら監獄を目指しひた走る。


 両手足に拘束具をつけられ、ぞんざいに護送車両に乗せられたベアトリスは、薄暗闇の中で怒りを込めて呟いた。


「今回も、そして前回も……やっぱり全部、貴女の仕業だったのね」



 ──セレーナ



 ☩  ☩  ☩ 


 

 時は遡り、ベアトリスが殺人未遂の罪に問われる直前。

 ベアトリスの部屋に騎士のポールがやってきた。


「ユーリス副団長、騎士団長がお呼びです」


「騎士団長が?」

 

「はい。実は議会中に殿下がいきなり剣を抜きまして、居合わせた貴族が騒いでおります。事態の収拾のため、ユーリス副団長にも来て欲しいとのことです」


「そうか……」

 

 ポールの報告を聞いたユーリスが気遣わしげにこちらを振り返る。心配そうな彼に、ベアトリスは精一杯の明るい笑顔を向けた。

 

「私は大丈夫だから、行ってきて」

 

「だが……」

 

「本当に、もう大丈夫だから」


 父の失踪を知り、ベアトリスはひどくショックを受けていた。


 にもかかわらず、フェルナンは何度も部屋の前に押しかけてきては「ひとりで夜会に出るのは外聞が悪い!」「おい、早く機嫌を直せよ」などと喚き散らし、強引にベアトリスと面会しようとした。


 そんなフェルナンをなだめ、守ってくれたのがユーリスだった。


「俺が不在の間、殿下がやってきたらどうします?」


「それは、自分でなんとかするから大丈夫よ、ほら早く仕事に戻って」


 口ではそう言ったものの、誰も信用できないこの状況で彼と離れるのは正直不安……。

 

(だけど、これ以上お仕事の邪魔をして迷惑をかけられない)


 もう一度「大丈夫だから」と言うベアトリスの横で、ポールが手を上げて一歩前に出た。


「それでしたら、ユーリス副団長が不在の間、僕がベアトリス様をしっかりとお守りします! お任せください!」


「ほら、ポールもこう言ってくれているし、なにも心配いらないわ」


「……分かった、すぐに戻る。ポール、頼んだぞ」


「はい! お任せください!」


 

 後ろ髪を引かれるようにユーリスが出て行った後、突然部屋にセレーナがやってきた。


 ここに居るはずのない異母姉の登場に、ベアトリスはひどく驚き尋ねた。


「セレーナ、貴女、いつきたの? というか、そもそも何故ここに?」


「殿下がね『身代わりはもう終わり』だって……ふふっ、ご苦労さま」


「え? 終わり? この視察が終わるまでの予定だったけど……本当にフェルナン殿下がそう言ったの?」


「うふっ、うふふふ……」


「ちょっと、笑っていないで答えてよ」


「ベアトリス、さようなら……今度こそ、もう会わないわね……うふふふふ」

 

 ダメだ、全然話がかみ合わない。

 

 こちらの質問に一切答えず、微笑しながら自分の言いたい事だけをしゃべり続けるセレーナは、まるで壊れた人形のようでひどく不気味だ。


 彼女と話していても埒があかないと思ったベアトリスは、フェルナンに直接聞くべく立ち上がった。

 

 それをセレーナが「待って……」と引き留める。


「実はね、貴女にお土産を持ってきたの……」

 

 薄気味悪い笑みを浮かべたセレーナが、手元の紙袋からボトルを取り出す。


「葡萄酒? そんなの私は飲まないわよ」

 

「あぁ、そうだったわね……貴女は未成年だしお子様舌だから、お酒は飲めないわよね……かわいそう……本当に、とーってもかわいそう! うふっ、ふふふっ……」


「ねぇ、さっきからなんなの? 意味が分からなくて本当に気持ち悪いわ。ポール、彼女を追い出してちょうだい! …………ポール?」


 普段ならすぐさま「はい!」という返事が聞こえてくるが、今日は数秒待っても応答がなく、ベアトリスは不思議に思ってポールの方を見た。


 彼は無表情で一点を見つめ、うつむき加減で黙り込んだまま動かない。

 

「うふふふ…………アッハハハハハハッ!」

 

 突如として響き渡るセレーナの耳障りな笑い声。

 

 驚いて視線を向ければ、彼女は目を三日月型に細め、口角をニヤッと吊り上げて不気味にわらった。


「ざぁんねんでしたぁ! 貴女は一生わたしを虐げる悪女! 恩赦? 新しい人生? やるわけないじゃん! さぁ、やって!!」

 

 合図の直後、ポールが葡萄酒のボトルを掴んでセレーナめがけて振り下ろす。


 ガシャン──!!という激しい衝撃音とほぼ同時に、彼女が甲高い悲鳴を上げて床に倒れ込んだ。


 

「きゃあああああっ!!」


 

 一連の流れはあまりにも速く、迷いのない暴挙にベアトリスはただ立ち尽くすしかない。


 められたのだと気付いた時にはすでに遅く。慌てて部屋に飛び込んできたフェルナンによって、ベアトリスは二度目の追放を言い渡されてしまった。

 

 

 そして今まさに、馬車は大監獄への道をひた走っている。


 

「なにが健気でか弱い乙女よ。真の悪女は貴女じゃない!」


 

 悪態を吐いたのとほぼ同時に馬車が急停止し、ベアトリスは荷台の中を転がった。

 

(いたたた……今度はいったい何事!?)

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