第35話 ドクロの暗殺傭兵

 身体のあちこちを打ち付けて、痛みに顔を歪めながら上半身を起こす。

 

 するとその時、扉が外側から開き、真っ暗な視界に月明かりが差し込んだ。

 

 もしかして助けが来たのかしら、という期待も虚しく──そこに立っていたのは、武装した見知らぬ男たちだった。

 

 ベアトリスは首根っこを掴まれ、ぞんざいに馬車の外に引きずり出される。

 

 

(え……? どうして、騎士が誰もいないの……?)

 

 

 辺りをキョロキョロ見渡すと、周りを取り囲む男たちが嘲笑しながら言った。

 

「このタトゥーを見せたら、みーんな逃げちまったぜ。ハハッ、騎士なんざ臆病者ばっかりだなぁ!」

 

 男はそう言いながら、自身の右腕に刻まれたドクロの刺青を見せびらかす。

 

(……この人たち、まさか……)

 

 ドクロの刺青は、国内外問わず汚れ仕事を一手に引き受ける『暗殺傭兵』の証。


 強盗、誘拐、暗殺、人身売買。金のためなら何でもやる殺人鬼にぐるりと取り囲まれ、ベアトリスの恐怖心は最高潮に達していた。

 

 勝手に身体が震え、歯がかみ合わずガチガチと音を立てる。


 

「いい顔するねぇ、その怯えた表情たまんねぇなぁ」


「こんな可愛いお嬢ちゃんをなぶり殺せだなんて、ポールさんもワルだねぇ~! まっ、俺たちが言えたことじゃねぇけど!!」


「違いねぇ!」


 なにが面白いのか、男たちがゲラゲラ笑い出す。

 

 その野太い笑い声を聞きながら、ベアトリスは思わず「ポール……?」と呟いた。

 

 男のひとりが「あぁ?」とこちらに視線を向ける。

 

 あまりの恐ろしさに頭が真っ白になりそうだが、ベアトリスは勇気を振り絞って震える声で問いかけた。

 

「ポール、って…………近衛騎士の、ポール? 彼は貴方たちの仲間なの……?」

 

 男たちは一瞬険しい顔をしたものの、ベアトリスを無力な小娘だと侮ったのだろう、ヘラヘラ笑いながらしゃべり出す。

 

「冥途の土産に教えてやるよ。ポールさんは裕福な商家の息子で、俺たち暗殺傭兵団のお得意様パトロンなんだ」

 

「あの人に頼まれれば、俺たちはなーんでもやるさ。毒虫を調達したり、侍女を殺して遺書を偽造したり、護送中だったお前の親父さんを魔物の出る谷に突き落としたりなぁ」

 

(よくも、お父様を……!)


 怒りで目の前が真っ赤に染まる。

 同時に、抵抗も復讐もできない無力な自分が悔しくて、勝手に涙がこぼれ落ちた。

 

 男たちはベアトリスの泣き顔を眺めながら、愉悦の表情で更に語り続ける。

 

「ポールさんが崇拝してる……あのぉ、セレーナ? って聖女も、容赦ない女だよなぁ」

 

「まったくだぜ! ポールさんを上手く利用して王子サマの婚約者にまで上り詰めるんだからなぁ! 『わたしぃ、純真無垢ですぅ~』って顔してやり手だぜ」


「女ってのはなぁ、清純派気取ってる奴の方がヤベェんだよ!」


「げっ! 女っておっかねぇわ!!」


 ガハハハッ──!と男たちが豪快に爆笑する。


 しかし、次の瞬間には全員ピタリと笑みを引っ込め、剣を抜いて真顔でこちらを振り返った。

 

「さてと、おしゃべりは終わりだ」

 

「たっぷり遊んでから殺せって命令されたが、俺たちも暇じゃねーんだよ。この後も殺しの仕事がわんさか入ってるしなぁ。今回は特別に綺麗な身体のまま逝かせてやる。有り難く思えよ、お嬢ちゃん」

 

 ひたりと、首筋に冷たい刃物が触れる。

 

「安心しな、痛いのは一瞬だ。すぐに父親の所へ送ってやるよ」

 

 青白い満月を背景に男がニヤリと笑う。

 

 その時、慣れ親しんだ”気配”を感じたベアトリスは、傭兵たちの注意を自分に向けるため、あえて挑発的に言い返した。


 

「痛いのは一瞬? 腕の良い暗殺者は、痛みを与えずほうむれるらしいけど。貴方たち、三流なのね」

 

「あぁ?」

 

「なんだと、このアマッ!!」

 

 怒声と共に剣に力が込められ、鋭利な刃がベアトリスの首を跳ね飛ばす。

 

 ────直前。

 

 

「ガッ……!」

「グフッ」

 

 どこからともなく現れた人影が、男たちの間を目にもとまらぬ速さで駆け抜けた。

 

 その後やや遅れて、傭兵たちが苦悶の表情を浮かべながら次々と地面に倒れ伏す。

 

 ベアトリスに刃を向けていた男は突然の事態に動揺し、怯えきった様子でキョロキョロと辺りを見渡した。

 

「な、なんだ、いったい、なにが起きて……グフッ!」

 

 最後まで言葉を発することもできず、男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 

「汚らしい手で触れるんじゃねぇよ」

 

 そう言って、瞬きの間に暗殺傭兵を蹴散らしたのは、黒衣に身を包んだ長身細身の男だった。

 

 艶やかな黒髪が月明かりに煌めき、群青の瞳が宝石のごとく輝く。

 

 漆黒の騎士は剣を鞘に収めると、力を失った傭兵をつま先で蹴飛ばし、目の前にうやうやしくひざまずいた。

 

 そしてベアトリスの手足の拘束具を外した後、外套を脱ぎ肩にかけてくれる。


「迎えが遅くなって、すまない」


 そう言った彼は、自身の手のひらに血が付いているのに気付き、咄嗟に引こうとした。

 だが、ベアトリスは自分から腕を伸ばして、黒衣の騎士の──ユーリスの手を捕まえる。


 大きくて温かな掌に触れた途端、とてつもない安心感に包まれ、たまらず涙が溢れた。

 

「助けに来るのが、おっそいわよ! ユーリスのっ、ばかぁっ!!」

 

 叫んだ瞬間、身体を引き寄せられ、ベアトリスはユーリスの胸にすがりついて子供のように泣きじゃくった。

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