第21話 期待外れの嫁候補だったのに……!?

 翌日から、ベアトリスはさっそく行動を開始した。


 人払いを済ませた私室には、身辺警護と称してユーリスとポールが集っている。


「期限は一週間、すべての事件を捜査する時間はないわ。そこで、一番手がかりが多い事件を詳しく調べようと思うのだけど、どうかしら?」


「ええ、良い案だと思います」


「僕も賛成です」


 ユーリスとポールがそれぞれ頷く。

 

 ということで、ベアトリスは『毒虫事件』の資料を読みはじめた。


 

 事件があったのは、今から数ヶ月前のこと──。

 

 セレーナは宮殿晩餐会に出席した後、神殿の自室に帰宅した。


 いつも通りひとりで着替えや入浴を済ませ、就寝しようと毛布をめくったその時、ベッドの上に大量の毒虫を発見。セレーナは驚き絶叫した。

 

 同時刻、廊下で深夜警護に当たっていたポールが悲鳴を聞きつけ部屋に入り、毒虫を駆除して事なきを得る。


 その後、警備を強化するためセレーナは神殿から王宮へ住まいを移したが、以降も嫌がらせまがいの行為は続き、現在も命を狙われている……。



「うわぁ、ベッドに大量の毒虫……気持ちわるっ! セレーナに同情するわ……ところでポール、貴方以外にこの現場を目撃した人間はいる?」


「いいえ、僕だけです。その毒虫は、この国では珍しい猛毒アカムカデだったので、被害の拡大を阻止するため、入室禁止にしてから駆除しました」


 ポールは、廊下で待機する同僚にセレーナを任せ、ひとりで毒虫を処理したという。


「冷静な判断ね。でも、大量の猛毒虫をどうやって駆除したの?」


「弱点である水をかけて動きを鈍らせてから、シーツに包んで裏手の庭で燃やしました。ですから一匹も逃がしておりません」


「アカムカデの弱点なんて、俺も知らなかった。すごいな、ポール」


 上官であるユーリスに手放しで褒められ、ポールは「へへっ」と照れくさそうに頭をいた。


「恐縮です。実は僕、実家が商会を営んでいるので、他国の動植物や特産品に詳しいんです。原産国の方では、猛毒アカムカデは薬の材料として高値で取引されているんですよ」


「へぇ、そうなの。でも、いくら体に良いとは言っても、毒虫を食べるのは……私、ちょっと無理かも」


「俺も……」


 顔をしかめるベアトリスとユーリスを見て、ポールが「毒と薬は紙一重ですね」と暢気に言った。



 話し合いの結果、まずは犯人が珍しい猛毒アカムカデをどのようにして手に入れたのか。入手経路の再調査、および商人からの情報収集などを行い、この毒虫事件を内密かつ徹底的に調べ直すことになった。


 

「ひとまず、状況確認はこれで終わりね。ユーリス、頼んでおいた資料は手に入ったかしら」


「はい、こちらに。当時、セレーナ様の寝室に入ることができた者の名簿です。全員、すでに騎士が取り調べを行いましたが、現段階で特に怪しい人物はおりませんでした」


 ベアトリスは名簿にさっと目を通すと「では!」と言って立ち上がった。


「すぐに、お茶会を開きましょう! この名簿に載っている人たち全員に会うわ。至急手配をお願い」

 

「お、お茶会、ですか?」と、ふたりの騎士が揃って聞き返してくる。


「部屋に閉じこもって紙と睨めっこしていても、捜査は進展しないもの。私、直接この人たちに会って、この目で見定めてみるわ」


 それに──、とベアトリスが言葉を続ける。


「目の前にセレーナというターゲットがいれば、暗殺者がなにかしらの行動を起こすかもしれないでしょう?」


「まさか、ご自身が囮になって暗殺者をおびき出すおつもりですか」


 ユーリスが険しい口調で問うてくる。

 表情と声音は厳しいが、それはベアトリスの身の危険を案じるがゆえのこと。


 私のことをすごく心配してくれているんだ……と内心嬉しくなりつつ、ベアトリスは澄まし顔でユーリスに尋ねた。


「なにが起きても、私を守ってくれるんでしょう?」


 そう言った途端、心配そうな顔をしていた彼が表情を引き締め、頼もしくうなずく。


「お任せください。必ずお守りいたします」


 ユーリスの言葉に勇気を貰ったベアトリスは、さっそく関係者を集めて茶会と称した囮作戦を決行した。



 ✻  ✻  ✻


 

 約束の期日まで残り二日に迫った頃──。

 

 王妃は私室のガーデンテラスで、セレーナの監視を行っていた密偵から報告を受けていた。


「は? 毎日、お茶会やパーティを開いているですって? まあ、ふっ、ふふふふっ! アハハハハッ!」


 王妃はひとしきり高笑いした後、目尻の涙を拭いながら侍女にふんした部下をねぎらう。


「やはり諦めたのねぇ。もう引き上げて構わないわ。今まで潜入ご苦労さま」


 密偵は恭しく一礼すると、足音もなく部屋を出ていった。

 

 王妃はひとりテラスで優雅にカップを傾けながら、庭を眺めつつ物思いにふける。


(夜会でわたくしに言い返してきた時は少々驚いたけれど、やはり無理だったようね)


 フェルナンが「俺の婚約者にしたい」と言って連れてきた時から、王妃はセレーナのことが気に食わなかった。


 誰になにを言われても、背中を丸めてうつむき反論せず「すみません……」と謝るばかり。見るからに気弱で頼りなく、上に立つ者としての威厳に欠ける。


(あの娘は王太子妃にふさわしくないわ。陰気でなにを考えているのか分からないところも不気味)


 愛する息子に「セレーナは心根の優しい娘なのです。どうか寛大なお心で見守ってやってください」と懇願されたため、頭ごなしに反対はせず、この数ヶ月間は様子を見ながら辛抱したが……。


 待てど暮らせど変化の兆しは見られなかった。


 セレーナは教育係に軽く注意されるたび「すみません……」と言って泣き出し、一向に王妃教育は進まない。


 さらに毒虫事件以降、「誰かに見られている気がする」や「窓の外に人影があった」などと言い、過剰に怯えて公務も欠席しがちになってしまった。


 王太子妃になれば、今以上の過酷な日々が待っている。


 なにを言われても笑顔を絶やさず毅然と振る舞う。

 王族とは、そういったある種の図太さが要求される役目である。


(図太さでいえば、ベアトリスの方が適任だったわね。まぁ、あれはあれで、かわいげのない娘だったけれど)


 とにかく、気弱なセレーナに未来の王妃の役目が務まるとは、到底思えなかった。


(このままでは、フェルナンも、そしてなによりセレーナ自身も不幸だわ。わたくしが悪役になって、すべてを終わらせてあげなければ)



 そして迎えた期限の日。

 王妃はセレーナとフェルナンを自室に呼びつけた。


「それでは約束を果たして頂戴」


「はい、王妃様」


 てっきり「すみません、無理でした……」という返答を予想していた王妃は、意外な返事に面食らう。


 絶句する王妃の前で、セレーナは騎士たちに目配せして「彼女をここへ」と命じた。


(まさか、本当に犯人を捕まえたというの……?)


 一旦退室した騎士が、ひとりの女性を連れて戻ってくる。

 驚愕する王妃に、セレーナは別人かと思うほど毅然とした態度で告げた。


 

「この者が、毒虫事件の犯人です」


 

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