第22話 犯人逮捕の裏側

 王妃との会談から時は遡り、期限の二日前──。


 その日も朝から晩までパーティを開き疑わしい人物を探したが、ベアトリスに危害を与えようとする者は現れず。これといって怪しい動きをする人も見当たらない。


(まずいわ……このままじゃ鉱山へ逆戻り……)


 部屋でぶるりと身体を震わせると、侍女が心配そうに尋ねてきた。


「セレーナ様、どうかなさいましたか?」


「あっ……その、少し疲れてしまって……」


「では今夜は、身の回りのお世話を私がお手伝いいたしましょうか?」


「ええ、ありがとう……お願いするわ」


 セレーナはいつも身の回りのことは自分でやっていたようだが、一日くらい侍女の手を借りても良いだろう。

 

 テキパキと着替えを手伝ってくれる侍女の顔に見覚えがなくて、ベアトリスは「あら? 貴女は……?」と尋ねた。

 

 すると、新顔の侍女が慌てて頭を下げる。


「あっ、申し遅れました。わたくしマリアと申します。本日は定例会のため、臨時でセレーナ様の身の回りのお世話をさせていただきます」


 すっかり忘れていたが、今日は神殿幹部が月に一度集まる定例会。


 この日は、神殿侍女が会議の準備に追われて人手が足りなくなるため、マリアのような王宮侍女が穴埋めに来るのだとか。


(そういえば、あの毒虫事件があったのも定例会の日だったわね……)

 

「あの、セレーナ様? どうかなさいましたか?」


 ベアトリスは「いいえ、なんでもないわ」と首を横に振り、化粧台の椅子に腰かけた。


 マリアが「失礼いたします」と一声かけてから、器用な手つきでネックレスや髪飾りを外していく。最後にリボンを解くと、結い上げていた赤毛の長髪がはらりと背中にこぼれた。


 マリアがうっとり溜息をつく。


「まぁ、なんて綺麗な御髪おぐしなんでしょう」


「そんな……わたしの髪なんて、全然……」


「ご謙遜しないでくださいませ」


「本当に、大したことないわ……だってこの赤毛、まるであの毒虫みたいで、気持ち悪いでしょう……?」


「そんな! セレーナ様の髪はすっごく綺麗な赤色です! あんな気色悪いアカムカデとは大違いですわ」


「そう? ありがとう。貴女はとっても優しいのね……あっ、あとは大丈夫ですから、もう下がって結構ですよ……」


「はい、かしこまりました!」

 

 深々とお辞儀をするマリアに見送られ、ベアトリスは浴室へ向かった。

 ゆったりお湯に浸かりながら、耳を澄ませる。


 パタン──と扉の閉る音がした後、辺りはしんと静かになった。


(よし、出ていったわね)

 

 ベアトリスは身体をさっと拭き、急いで夜着を身につけて部屋に戻った。化粧台の上に置いたはずの物が無くなっていることを確認し、ニンマリと笑う。


 すぐさま寝室に防音の聖魔法をかけ、次いで化粧台の鏡に触れて「鏡よ鏡、かの漆黒の騎士を呼びたまえ」と詠唱する。


 すると、鏡面が海のように波打ち、ほどなくしてユーリスの姿が浮かび上がった。


 この化粧台の鏡は、彼に持たせた懐中時計型の手鏡と繋がっており、こうして聖魔法を使うことでいつでも連絡が取れるようになっている。

 

「どうかしましたか?」


「実は、すぐにお願いしたいことがあって連絡したの。今ひとり?」


「はい、ひとりです。そちらに伺いますか?」


「いいえ、来なくて大丈夫よ。遅くに申し訳ないんだけど、頼み事があるの」


 ベアトリスが軽く事情を説明すると、ユーリスは心得たとばかりに頷いた。

 

 さすが若くして副隊長に抜擢された優秀な騎士。すべてを言わずとも動いてくれるから非常に助かる。


「かしこまりました。さっそく任務を開始します」


「お願いね。くれぐれも気をつけて」


「貴女に『気をつけて』と心配される日が来るとは……本当に変わりましたね」


 ユーリスが目を細めて微笑む。

 

 顔立ちが整いすぎているため無表情だと冷たく見えるが、微笑を浮かべれば途端に優しい雰囲気になる。


 ベアトリスは密かに、ユーリスの笑顔が好きだった。


(こんな些細な一言で微笑んでくれるなら、もっと前から『ありがとう』とか『気をつけてね』とか、たくさん言えば良かったな)


 ほろ苦い後悔と甘酸っぱい感情が同時にこみ上げる。

 

(今からでも、遅くないのかな……)


「ベアトリス様?」


「えっ? あっ、なんでもないわ! 早く行って!」


 とっさに命令口調になってしまい、言ったそばからベアトリスは後悔した。


(ああ、もう……! どうして私は可愛くない言い方しちゃうのかしら……)


 しゅんとするベアトリスだったが、ユーリスは特段気にした様子もなく「それでは」と通話を切ろうとした。


 だが、なにかを思い出したようで、ぴたりと手を止め再度こちらを見た後、若干気まずそうに視線をそらす。

 

 いつも目を合わせてハキハキしゃべる人なのに、口ごもるなんて珍しい。


「なにか気になることでもあるのかしら?」


「その……俺も、一応男なので……」


「うん? 言われなくても分かっているわ」


 中性的な美貌の持ち主だから「実は俺、女なんです」と言われても、驚きつつも納得しそうな気がするけれど……。

 というか、彼はなにを伝えたいのかしら?


「さっきから横を向いたままモゴモゴしてどうしたの? 私に言いたいことがあるならハッキリ教えて。素直に聞くし、直すよう努力するから」


「分かりました。では恐れながら…………」


 ユーリスはコホンとひとつ咳払いをすると、ためらいがちに告げた。


「男の前でそのような格好は、やめた方がよろしいかと」


「ん? 格好??」


 ベアトリスは首を傾げながら自身の身体を見下ろし──ギョッとした。

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