第13話 命がけの救助作戦!

 ベアトリスが心を奮い立たせていると、背後から「馬鹿じゃないの」というののしりが聞こえてきた。

 

 例の聖女見習いの少女だ。


「偽善者アピール? 今更、善人ぶって、ほんとキモいんですけど」


 ベアトリスは冷ややかな目で彼女らを見ると、心底失望して言い放った。


「あの時、不合格にしておいて正解だったわ。貴女は一生、見習いやってなさい!」


「なっ……!」


 絶句する少女を置いて、ベアトリスは颯爽と駆けだした。


 バリアとともに身体強化の聖魔法をかけた体はいつもより軽く、足場の悪い坑道を難なく走り抜けていく。

 

 しばらくすると、前方にうずくまる人の姿が見えた。


「バッカス!」


 駆け寄って助け起こすと、ぐったり横たわっていたバッカスが薄く目を開いた。


「おじょう……ちゃん……? どうして、ここに……」


「助けに来たわ。もう大丈夫よ。さあ、早くここを出ましょう」


「この足じゃあ、無理じゃ……どうせ、老い先短い命……わしのことはいいから、早く逃げなさい」


「嫌よ」


 そう言ってベアトリスはバッカスを背負い、再び駆けだした。

 

 華奢な少女の力強い走りに、背後から「す、すごいな……」と息をのむ気配が伝わってくる。


「私は元聖女なのよ。これくらい余裕だわ」


 バッカスを安心させるため口ではそう言ったが、実際のところ、ベアトリスの体力と神聖力はほとんど限界に近かった。


 むかしの自分ならこれくらい朝飯前だったが、今は違う。

 

 刻一刻と身体強化の効果が弱まり、一歩進むごとに背負った重みが足腰にくる。


(聖魔法が切れる前に、早く出口へ──!)


 その時、再び小さ地震が起き、ベアトリスの体がぐらりと揺れた。

 

 なんとか踏ん張って転倒は避けたが、落ちてきた鋭利な石に手足を切り裂かれ、ぽたりぽたりと地面に血が滴る。


「次の揺れが来たら、ここはもう持たん! わしのことはいいから、逃げなさい!」


「ひとりで逃げるなんて、絶対に嫌!」


「なぜ……こんな老いぼれに……」


 背中からすすり泣きが聞こえてくる。


「『諦めなければ、人生はやり直せる』、でしょう? あの時のバッカスの言葉が、私の生きる道しるべになった」


 諦めず進み続けると、薄暗い坑道の先にかすかな光が見えた。

 

 もうすぐ出口だ!


「無事にここを出てやり直すのよ、私も、バッカスも!」


 長く暗かった坑道に希望の光が差し込んでくる。


(もうすぐ、あとちょっと!)


 はぁはぁと息を切らし、必死に外を目指して一歩踏み出した、その時──上下左右に振り回されるような激しい揺れがベアトリスたちを襲った。


 出口は目の前なのに、立っていられずその場にガクリと両膝をつく。


 ひび割れた天井からパラパラと頭上から砂や小石が落ちてきて、背後で轟音がとどろいた。

 

 驚いて振り返れば、これまで歩いてきた道が土石で完全に埋まっている。


(まずい! 崩落が始まった!!)


 このままここに居たら、土砂で生き埋めになる。

 

 早く立ち上がって逃げなきゃ。早く、早く──!


 分かっているのに、眼前に迫る死の恐怖で身体が言うことをきかない。

 さらに追い打ちをかけるように、身体強化の聖魔法が完全に切れた。

 

 老人とはいえ男性ひとり分の重さに耐えきれず、バタリと倒れ込む。

 

 

 ────死ぬ。


 

 思考が絶望に塗りつぶされた瞬間、背負った重みがふっと消え、身体が一気に軽くなった。

 それと同時に、切羽詰まった男の声が耳に飛び込んでくる。


「なにしてる! 走れ!!」


 顔をあげれば、「早く!!」と叫びながらバッカスを背負うユーリスがいた。


 ドドドド──という爆音とともに、背後から土砂が迫りくる。

 

 ベアトリスは必死に走って走って、走って!

 ユーリスの背中を追いかけて無我夢中で出口を目指す。


 あと少しで外に出られると思った時、砂に足を取られて身体が傾いた。


(もう、ダメ……!)

 

 倒れ込み、諦めかけたその瞬間、ぐいっと力強く腕を掴まれ、勢いよく引き上げられた。


 ついに転がるように外に飛び出して、薄暗闇に慣れた目が太陽のまぶしさに眩んだ。


「ぅ……」


 うめき声をあげて顔をあげると、ベアトリスはユーリスに抱きしめられる形で地面に倒れ込んでいた。


「……あっ、バッカスは!?」


「無事ですよ、ほら」


 ユーリスが指し示す方向に視線を向けると、担架で急ぎ運ばれていくバッカスの姿が見えた。

 

(ああ、良かった。助かったのね……)


 次に坑道の出入り口を見れば、そこは土砂で完全に埋まっていた。

 

 ユーリスが助けに来てくれなければ、今頃ベアトリスたちは生き埋めになっていただろう。


 死と隣り合わせの恐怖と無事に生還できた安堵感が、今になって一気に襲ってきた。


「君は本当に無茶をする人だな。助けが間に合わなかったら、どうするつもりで……って……えっ?」


「こわ、こわかった……死ぬって、思った……」


 涙が勝手にあふれ、身体が小刻みに震えて、気づけばベアトリスはユーリスの胸にしがみついて泣いていた。


 とうに限界を超えていた心身は、感情の爆発によって最後の力を使い果たしたらしい。

 

 手足から力がごっそり抜けて、視界が暗くなっていく。


「ベアトリス! おい、誰か! 早く医者か聖女を呼べ!」


 ぐらりと傾いた身体を、ユーリスがとっさに抱き留めて叫ぶ。

 

 彼の必死な様子を見ながら、ベアトリスは『変なの』とぼんやり思った。


(私のことが、嫌いなくせに……)


 聖女見習いに腕を折られそうになった時も、最初の地震で家具の下敷きになりかけた時も。そして今回の脱出の時も、ユーリスは当たり前のようにベアトリスを庇って守り、命がけで助けてくれる。


(そういえば、ユーリスって昔から、無愛想だけど優しい人、なのよね)


 母の葬儀の日、ユーリスが傘を差し出してくれたのに……。

 セレーナへの怒りと憎しみを抑えきれず、苛立ち紛れにその手を払いのけてしまった。


 神殿で再会してから謝ろうとしたけれど、今更なんと言ったら良いか分からず。

 そのうち顔を合わせるのが気まずくなって……。


(ユーリスは私の言動をたしなめてくれる、唯一の助言者だったのに……ひどい態度ばかり……嫌われるのも当たり前だわ……)

 

 ベアトリスは薄れゆく意識を必死につなぎ止め、ユーリスの服をギュッと握った。


「大丈夫、すぐに救護の者が来ます」


 心配そうな顔をした彼が、気遣わしげにそう言ってくる。

 

 ベアトリスは小さく頷くと、必死に想いを伝えた。


「ユーリス……ごめんね」


 か細いベアトリスの声を聞き逃すまいと顔を近づけたユーリスが、息をのんだ。


「むかし、傘をさし出してくれて、とても嬉しかったのに……拒絶してごめんなさい。ずっと、謝りたかったのに、なんて言えば良いか分からなくて……避けて、嫌な気持ちにさせちゃった」


 心のまま告げれば、ユーリスは群青色の瞳を大きく見開いた。


「……わたし、素直になれなくて、ごめんなさい」


 想いが溢れて、言葉と共に自然と涙がこぼれ落ちる。


「もういちど、最初からやり直せたらいいのに……」


 

(そうしたら、貴方は私を、嫌わずにいてくれたのかな?)

 


 意識が急速に遠のき、まぶたを閉じる。

 

 はらりとこぼれた涙を拭う手のぬくもりを感じながら、ベアトリスは深い眠りに落ちていった。

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