第12話 しくじり聖女のやり直し人生

(なんか、さっきから珍獣を観察するような目で見られているんですけど……?)


 ベアトリスがちらりと視線を上げると、いまだ驚いたままの表情で固まっているユーリスと目が合う。


「ねぇ、さっきからどうしてそんなに驚いているの? 私、なにか変なこと言ってる?」


「貴女の口から『ありがとう』という言葉を日に何度も聞けるとは、思いませんでしたので」


「失礼ね。私だってお礼くらいはきちんと言うわよ」


 そうは言ったものの、思い返してみれば……。


(私、神殿にいた頃、ちゃんとみんなに『ありがとう』って言っていたかしら?)


 身をていして守ってくれる護衛騎士、世話をしてくれる侍女、自分の元で修行する聖女見習いたち。


 多くの人に助けられて生活していたのに、あの頃の自分は仕事をこなすだけで手一杯で、感謝も謝罪もきちんと伝えていなかった気がする。


 伯爵令嬢で、王太子婚約者の上級聖女。高すぎる地位に甘え、気付かぬうちに他者を見下すような言動を取っていたのかもしれない……。



 ここに来てから、ずっと他人に恨みを募らせるばかりで、自分自身の行動を振り返りもしなかった。


(改めて考えれば、私って結構、嫌な奴だったのかも)


 その証拠に、追放が決まった時、誰もベアトリスの味方になってくれなかった。

 

 もし自分に人徳があれば、誰かしら抗議の声をあげてくれたのかもしれない。


 これまでの行いを反省して密かに落ち込んでいると、ユーリスがぽつりと呟いた。


「貴女に罵倒され、『復讐してやる』と言われるのを覚悟しておりました」


「実はね。正直に言うと、少し前まではそう思っていたわ。私はなにも悪くないのに、どうしてこんな目に遭うのって、嘆いて怒って。私を陥れた人間と、味方してくれなかった人たち全員に、絶対復讐してやると誓った。でも……もう疲れちゃった!」


「疲れた、とは?」


「他人を恨んで怒り続けるのって、実はすごく疲れるのよ。胸にドロドロした感情がたまって、自分が醜くなっていくような気がするの。それに、さっきの見習い聖女たちを見て改めて思い知った」


 ベアトリスは、先ほどの光景を思い出しながら言った。

 

復讐のろいは自分に跳ね返る」


 憎しみの感情のまま、暴言を吐き、暴力を振るった見習い聖女たち。

 歪んだ正義を振りかざし、嬉々として復讐を果たした彼女たちが最終的に得たものは──不合格という悲惨な末路。


 

 彼女たちを見て、復讐に取り憑かれる恐ろしさを痛感した。

 自分はあんな風にはなりたくないと強く思う。



「私は無実よ。だけど復讐してもきっと、私は幸せにはなれない。だから、考えを改めました」


「どのように?」


「直接的な報復はしない。だけど泣き寝入りする気もないわ。私は悪女の汚名を返上して、幸せになる。絶対に、人生をやり直してみせる──!」


 追放されるきっかけになった事件の真相究明と、平穏な日常の回復。そして自身と父の名誉挽回。

 

 これこそが、ベアトリスの新たな生きる目標。


 晴れやかに告げると、ユーリスはうつむいて小さく呟いた。


「……ひとは、そう簡単には変われませんよ」


「え?」


「いいえ、なんでも」


 そう言って首を横に振る彼は、いつも通り冷静沈着でクールな表情だ。


(聞き取れなかったけど、今なんて言ったのかしら? それに、なんだか暗い表情だったような……。そういえば、私、ユーリスについてなにも知らないわ)


「それで、貴女には王都に……って、ベアトリス様? 聞いていますか」


「えっ? あっ、なに? ぼーっとしちゃった、ごめんなさい、もう一度言って」


「ですから、俺が今回ここに来た理由ですが」


 そう言って、ユーリスが改めて話し始めたその時──。

 ドォンッという地鳴りとともに、突き上げられるような激しい揺れに襲われた。


「きゃっ、なに!?」


 テーブルから茶器が滑り落ちて割れ、戸棚や本棚もぐらぐらと大きく揺れている。

 

 とっさにユーリスが庇うようにベアトリスを抱きしめた。

 

「と、止まった……?」

 

 しばらくしてから、ようやく地震が収まった。


「ええ、そのようです。激しい揺れだったので、鉱山で落盤など起らないと良いのですが」


「鉱山……」


 次の瞬間、ベアトリスはハッとして勢いよく立ち上がった。


「ベアトリス様?」


「バッカスが……知り合いが、今日は深層部で採石するって言っていて……私、行かなきゃ!」


「待ってくださ──」


 ユーリスの制止にも構わず、ベアトリスは身体強化の聖魔法を使って疾風はやてのごとく駆けだした。


「くそっ! あのお転婆め!」


 背後からそんな声が聞こえてきたが、立ち止まる余裕はなかった。



 ✻  ✻  ✻

 


 ベアトリスが採掘現場の入り口に駆けつけると、そこは人でごった返していた。


 人波をかき分けて進みながら、周囲の飛び交う怒号や話し声に耳をそばだてる。


「第一鉱山の方で落盤事故が起きた! 手があいている奴は来てくれ!」


(第一鉱山……バッカスが採掘に行った場所だわ!)


 急いで向かうと、坑道の入り口に山のような人だかりが出来ている。

 群衆の隙間から様子を窺うと、聖女見習いたちが、囚人たちと口論を繰り広げていた。


「だから、中に取り残されてる奴らがいるんだよ。どうか助けてやってくれ! なあ、頼むよ、聖女サマ!」


「嫌よ! 落盤事故が起きたんでしょう? 危険だわ」


「あんたら、それでも聖女かよ!」


「そうだ、そうだ! ひとを助けるのが聖女の仕事だろ!」


 ベアトリスを虐めた例の聖女見習いが「アハハッ」と嘲笑ちょうしょうし、囚人たちをキッと睨み付けて言った。


「わたしの仕事はねぇ、まっとうな人間を救うことよ。貴方たちのような社会のゴミ、どうなろうと知らないわ」


「なん……だって……?」


 聖女らしからぬ非情な言い草に、囚人たちは絶句し、怒りで顔を真っ赤に染め上げる。


(あの子、また人を見下して。ぜんぜん反省していないのね)


 このままでは、囚人たちが暴動を起こしかねない。そうなれば現場はさらに混乱し、取り残された者の救助はおろか、怪我人の手当もままならなくなる。


 まさに一触即発の状況に、ベアトリスは急いで見習いと囚人の間に割って入った。


「あっ、姉御っ!」


「坑道に取り残されているのは、何人?」


「バッカスの爺さんひとりだけっす。他の若い連中は自力でなんとか脱出できやした!」


「分かったわ。バッカスは私が助けに行くから、みんなは怪我人の搬送をお願い」


「いくら姉御でも、ひとりで行くなんて無謀っすよ! 俺らも一緒に」


 囚人なかまの申し出に、ベアトリスは首を横に振った。


「いつまた地震が起るか分からない。私は聖魔法で対処できるけど、貴方たちまで守る自信はないわ」


「わ、分かりやした。バッカスのことは姉御に頼んだ! 俺たちは怪我人を救護室へ運びやす」


「任せたわよ」


 ベアトリスは力強く言うと、意識を集中させて自身の周りに薄い魔力の防御壁を張った。

 それだけで、神聖力がごっそり削がれていく気がする。


 正直、こんな薄皮一枚程度のバリアで、崩落から身を守れるとは思えない。

 最悪、生き埋めになって命を落とすかも……。


(いいえ、怯えている暇はないわ。待っててね、バッカス。今行くから──!)

 

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