第7話 ベアトリス、復活!
警戒しながら問い詰めると、バッカスは一瞬きょとんとした後「あっははは!」と豪快に笑った。
「見返りなんて求めんから安心しなさい。それは、治療のお礼じゃ」
「お礼……ですって?」
「そうじゃよ。相手に何かをしてもらったら、きちんと感謝してお礼をする。当たり前のことじゃろう? 疑う気持ちは分かるが、恩を仇で返すようなことはせんよ」
(そう言われても、どう見ても怪しいし、信じた訳じゃないけれど……貴重なお菓子を突き返すのは、もったいないわね)
久々の甘味を前にして、警戒心より誘惑が勝った。
解毒の聖魔法の準備はできている。ベアトリスは、少しでも変な味がしたら吐き出そうと思いながら、試しに飴を口に放り込んだ。
瞬間、強烈な甘味が口いっぱいに広がり、唾液がじゅわっと出る。
(飴って、こんなにおいしかったかしら!)
久しぶりのお菓子に感激していると、バッカスが「そうかそうか、うまいか」と顔をほころばせた。
(この人……悪人じゃない?)
ニコニコとした人の良さそうな笑顔を見て、こんなに優しそうなお爺さんが何故ここにいるのだろうと、ベアトリスは不思議に思った。
「バッカスさん。あなた、なんの罪でここに入れられたの?」
「あぁ、わしは、違法な闇魔道具──いわゆる呪具の取引罪で捕まったんじゃよ」
「呪具! ……その話、詳しく聞かせて!」
呪具は、ベアトリスが追放されるきっかけになった
ベアトリスは前のめりで尋ねた。
「特段おもしろい話でもないがのぉ。わしは元々、魔道具屋を営んでおったんだが、ある時、自分が特別な『鑑定眼』を持っていることに気付いたんじゃ。それ以来、楽に稼げる呪具販売に手を出しちまった」
「その、特別な『鑑定眼』ってなに?」
「呪具を判別できる目を、わしらの業界では『鑑定眼』と言うんじゃよ」
一般人が、普通の魔道具と呪具を見分けることは、至難の
特に呪いの少ない呪具であれば、発する瘴気も微量のため、専門家でも判別はほぼ不可能。
しかし、バッカスのような稀有な『鑑定眼』を持つ人間は、微弱な呪いや瘴気を見て取り、その魔道具が呪具か否かを判断できるらしい。
(きっとお母様の形見のネックレスは、微弱な呪いの呪具だったのね。だから、私を含め『鑑定眼』のない者たちは気付けなかった)
以前から、国内で呪具によるトラブルが相次いでいることはベアトリスも知っていた。
不法投棄された呪具から瘴気が漏れ出し、動植物が『魔物』という化け物に変異したり、環境汚染が進んで人が住めなくなったりするなど、社会問題化している。
瘴気浄化の仕事をしたこともあるベアトリスだったが、呪具については詳しくはなかった。というか、無関心だったのだ。
なぜなら、神殿では「聖女たるもの闇の魔法には触れるべからず」と教えられたため、知ろうとしなかったから。
(でもそれじゃあ、ダメ。自分の身は自分で守らないと。無知は死に直結する)
「バッカス、呪具についてもっと詳しく教えて」
「あぁ、いいとも。さて、なにが知りたい?」
「まずは、呪具の効果について」
「うむ、込められた呪いの程度によって変わるゆえ、一概には言えんが……。微弱な呪いであれば、他人の気力や体力を奪うくらいで済むが、強力なものであれば、洗脳したり呪い殺したりもできるらしい」
呪殺までできるなんて……と、ベアトリスは身震いをした。
「暗殺呪具は、対象者の近くに置くだけで呪い殺せる、便利な代物じゃ。だが目的を達する前に壊された場合、力はすべて、怨念を込めた者に跳ね返り、死に至るという。いわゆる呪い返しじゃ。わしは噂でしか聞いたことがないがの」
バッカスが売っていたのは、運気が下がったり、腹を下しやすくなったりする程度の呪具もどきで、強力な暗殺呪具などは見たこともないらしい。
「子供だましの代物を売って小銭を稼いでいたんじゃ」と、彼は肩をすくめた。
「本物の呪具じゃなくて、まがい物を売っていただけで強制労働刑なんて、厳しすぎないかしら」と、ベアトリスは思わず眉をひそめてしまう。
しかしバッカスは諦めた顔で「もういいんじゃよ」と言った。
「見てのとおり、こんな老いぼれじゃ。人生やり直そうにも時間がないし、ここにいれば最低限の衣食住は保証されておる。仕事は大変だが、まぁ、住めば都というもんで、ここの暮らしも案外良いもんじゃよ」
バッカスは苦笑しながらそう言った後、ふいに表情を引きしめ「だがお嬢ちゃんは、わしとは違う」と力強く告げた。
「アンタはまだ若い。なんの罪を犯したのか知らんが、まだまだ人生やり直せるよ」
「やり直すなんて……」
脱獄失敗で刑期は延長。もし数年後、外に出られたとしても帰る場所さえない。
「……無理だわ」
ベアトリスの口から、らしくない弱音がこぼれた。
「お嬢ちゃんならできるさ!」
「……適当なこと言わないで」
「わしは本心から言っとるんじゃよ。長い人生、
バッカスはその稀有な『鑑定眼』で、ベアトリスの瞳をまっすぐ見つめた。
「お嬢ちゃんは生きる情熱を失っていない。まだまだやれる、諦めたくないと自分でも思っている──そうじゃろう?」
背中を押すように問いかけられ、ベアトリスの負けん気に火が付いた。
「そうよね。……こんなところで諦めない。不当に追放されたまま人生終わりなんて嫌だわ」
ぐっと拳を握りしめて言えば、バッカスが「その調子じゃ」と微笑んだ。
「バッカス、ありが──」
『ありがとう』と、告げようとした時、戻ってきた看守に「貴様たち、仕事へ戻れ!」と怒鳴られ、それぞれの持ち場へ向かった。
(お礼を言いそびれてしまったわ。でも、同じ場所で働いているんだもの。また会えるわよね)
バッカスに励まされ、沈んでいた気持ちが浮上した。
(そうよ、私はまだまだやれる。人生挽回するために、次の一手を考えましょう)
ベアトリスは、さっき食べた飴玉の甘さを思い出しながら、晴れやかな気持ちで「やるぞ!」と決意を新たにするのだった。
✻ ✻ ✻
(脱走がダメとなると、正攻法でここを出なければいけないわね。やっぱり模範囚になって減刑を狙う方向で……)
今後について思案しつつ洗濯をしていると、ふと視線を感じた。
顔を上げて見れば、純白のローブを着た少女たちが、こちらを見ながらクスクス笑って近づいてくる。
おそらく研修に来ている聖女見習いだろう。
少女のひとりが「お久しぶりですね、ベアトリス様」と声をかけてきた。
「もしかして、わたしたちの顔、忘れちゃいました? ひどいなぁ。わたしは貴女にいびられたこと、ずっと忘れられずにいたのに」
ベアトリスはしばらく考え……ようやく少女たちのことを思い出した。
「貴女たちは……」
目の前に立つ少女らは、かつてベアトリスの元で修行をしていた聖女見習いたちだった。
「お久しぶり、すぐに気付かなくてごめんなさい。でも私、貴女たちを虐めた覚えはないけれど?」
問いかけると、見習いのひとりが恨みがましく睨み付けてきた。
「虐めた覚えはない、ですって? ハッ! わたしに『貴女には聖女の資格がない』って言って、昇級試験を不合格にしたじゃないですか!」
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