第6話 作戦決行と怪しい老人
刑期満了を待っていても、看守の気まぐれな妨害で不当に延長されるかもしれない。
(一刻も早く王都へ戻って復讐を遂げる。どうせ破滅するなら、私を裏切った人間全員まとめて地獄に引きずり込んでやるわ)
人相の悪い集団に囲まれても怯えることなく、堂々と「私を仲間に入れて頂戴!」と言い放った少女に、屈強な囚人たちも困惑が隠せない様子。
「おいおい、やべぇ聖女サマが仲間になっちまった……」
「まったくだぜ。あの女、噂によると、王子に婚約破棄されて、ここにぶち込まれたんだってよ」
「ヒェッ! 王族に追放を言い渡されるなんて……あのツラ構えからして、ただ者じゃねぇよ。きっとヤバい極悪人なんだよ……オレ、こわい……」
デカい図体の男どもが、身を寄せ合ってプルプル震えている。
私って、そんなに極悪人に見えるのかしら?と若干ショックを受けつつ、ベアトリスは腰に手を当て、不甲斐ない男どもを一喝した。
「そこ! 聞こえているわよ、無駄話はおやめなさい!! この計画、やるからには、絶対成功させるわよ!」
「はっ、はいぃいい!!」
「分かりやした、姉御!」
(……んん?……姉御……?)
作戦会議を繰り返すごとに、ベアトリスは囚人たちと絆を深め、「姉御」などと呼ばれて慕われるようになってしまった。
(恋愛小説のヒロインに憧れているのに、どんどん悪の親玉みたいになっていくのは、なぜ……?)
「とにかく! 決行日は目前。全員、気を引き締めて頑張るわよ!」
「了解であります! 姉御!!」
果たしてベアトリスは、無事に脱獄して復讐を遂げられるのか。
か弱いヒロインからますます遠ざかる姉御聖女の活躍は、まだまだ続く──!
✻ ✻ ✻
「ベアトリス・バレリー。脱獄未遂により、刑期の延長を言い渡す!」
結論から言うと、ベアトリスたちの脱獄計画は密告により失敗に終わった。
(どうやら私が参加する前から、内部にスパイが紛れ込んでいたようね)
さすが、犯罪者を収監する労働施設。脱走や暴動を未然に防ぐため、看守はあらかじめ囚人を買収し、情報提供させていたようだ。
(
脱獄はかなわず、それどころか刑期は延長。ベアトリスは要注意人物としてマークされ、復讐がさらに遠のいた。
絶望に次ぐ絶望に、いくら鋼のメンタルを持っているとはいえ落胆を隠せない。
さらに追い打ちをかけるように、ベアトリスの身体に異変が起きていた。
「おい、怪我人だ! すぐに救護室に行け」
看守に声をかけられ、ベアトリスは洗濯の手を止めた。
「今日は外からお医者様が来ているはずでしょう?」
「その医者の到着が遅れているから、お前を呼びにきたんだよ!」
「そう、分かったわ」
ベアトリスは冷水で真っ赤になった手をエプロンで拭い、怪我人が待つ救護室へ向かった。ベッドの上では、年配の男性が腕から血を流し、痛みに
「どうした? 早く治してやれ」
(もうやっているわよ!)
昔はこの程度の傷なら手をかざすだけで治せたのに、今では意識を集中させて全力を注がなければいけない。最近は怪我人を治療するたび、聖魔力の衰えを痛感している。
『呪具を用いてセレーナの神聖力を奪っていた』とフェルナンに言われた時、ベアトリスは信じなかった。
(間違いなく私は、自分の力で上級聖女まで上り詰めた。絶対にセレーナの力じゃない)
そう思いたいのに、現に今のベアトリスの力は神殿にいた頃の半分以下。
(これが本来の実力なの……? 本当に私は、セレーナの力を奪って能力を底上げしていた……?)
追放と断罪、刑期延長に加え、自身の実力と才能に疑念を抱いたベアトリスは、すっかり打ちのめされ自信喪失していた。
「……ふぅ、……終わったわよ」
たった一度、治癒の聖魔法を使っただけなのに、力がごっそりと削がれ目眩がする。
「こりゃあ、すごい! 綺麗さっぱり治っておる。てぇしたもんじゃ、ありがとうなぁ」
ボサボサの白髪とひげの老人は、嬉しそうにベアトリスに笑いかけてきた。
「大したことじゃないわ」
「こんなにあっという間に治しちまうなんて、医者でも無理じゃよ。アンタは本当にすごい聖女様だ! ありがとう」
老人の純粋な感謝の言葉が、絶望してボロボロに傷ついた心にしみる。
思わず泣きそうになり、ベアトリスは顔を背けた。その時、再びクラッと目眩がして、ベッドに片手をつく。
明らかに体調が悪いと分かっているくせに、看守は容赦なく「早く洗濯の仕事に戻れ」と命令してきた。
「おい、なにしている! さては、仮病を使ってサボろうとしているな。さっさと戻れ!」
「ちょいと待ってくださいな。聖女先生の顔が真っ青じゃよ。少し休ませてやらんと死んじまう。そんなことになったら、お役人さんも困るじゃろう?」
老人の指摘に看守はしばし考え込んだ後「仕方ないな」と呟いた。さすがに死なれてはマズイと思ったのだろう。
「休憩をくれてやる。ただし、十五分だけだぞ」
そう言って看守は救護室から出ていった。
「こんな若いお嬢ちゃんが強制労働させられるなんて、ひどい世の中じゃな。ほれ、飴ちゃんだよ。これでも食べて元気を出しなさい」
たとえ飴ひとつでも、物資の乏しいこの施設では菓子は貴重だ。いったいどこで手に入れたのだろう。
そう不思議に思っていると、バッカスと名乗った老人は「あぁ、それはね」と
「聖女さん方がくれたんじゃよ。施しだって言っての」
「聖女……」
そういえば、昨日から聖女見習いの一団がこの施設に滞在しているらしい。
特別な力を持つ少女たちは、まず『見習い』として神殿に上がり、先輩聖女のもとで修行を積んだ後、さらに研修試験に合格することで一人前の『聖女』になれる。
試験先は実にさまざまで、孤児院への慰問活動の時もあれば、今回のように強制労働施設への見学実習のこともある。
「ほら、お役人に見つかったら没収されちまうよ。早く食べなさい」
ベアトリスは飴玉から視線をあげ、老人に懐疑的な眼差しを向けた。
(相手がどんなに人の良さそうな老人でも、所詮は犯罪者。油断してはダメよ)
つい先日、スパイに情報漏洩され、脱走計画を台無しにされたことで、ベアトリスは人一倍疑り深くなっていた。
「貴方の目的は、いったいなに?」
「目的? なんのことじゃろうか?」
「この世に
裏切り、窃盗、強奪。あらゆる犯罪が横行するこの労働所で、無条件で他者に優しくする人間なんていない。
ベアトリスはいざという時に対抗できるよう、密かに神聖力を身体中にみなぎらせた。
「答えて。なにが目的? 私の神聖力? それとも体?? だとしたら残念ながら、どちらも差し出すつもりはないわ!」
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