1章:大鉱山監獄、脱出 編

第5話 姉御聖女の脱獄計画《プリズン・ブレイク》!

 ベアトリスの追放先は、王国の山岳地帯にある採石場だった。


 労役を課された囚人たちの朝は早い。

 

 太陽が昇る前に叩き起こされ、男たちは採掘のため鉱山へ。

 女たちは宿舎の炊事洗濯や鉱石の仕分け作業に追われる。


 仕事は夜まで続き、疲労と空腹で意識を失うように眠れば、またすぐに朝。


 元聖女のベアトリスには通常業務に加え、負傷者を聖魔法で治療する仕事も与えられた。


 

(今日の患者はこれで終わりね。はぁ、疲れた)


 ぐったりしていると、看守が険しい顔で近づいてくるのが見えた。

 

 なにか嫌な気配がする。

 

 面倒事を押しつけられるのだけは勘弁……!と思い逃げようとしたが、「おい、待て!」と怒鳴りつけられ、ベアトリスは渋々立ち止まった。

 

「最近、救護室の薬品の数が合わないんだが、まさかお前が盗んでいるんじゃないだろうな」

 

「私は自分で怪我を治せるのよ。薬品を盗む理由なんてないわ」

 

「チッ、罪人のくせに、生意気な奴め。備品の紛失は救護室担当のお前の責任だ。ふん、このまま紛失が続くようなら、お前が盗んだことにして上に報告してやるぞ。そうなれば、さらに刑期が増えるだろうなぁ!」

 

「はぁ!? そんな事をして、貴方になんの得があるのよ」


「得? んなもんねぇが、お前みたいな生意気な罪人には、仕置きをしなきゃいけねぇだろ?」


「ただの嫌がらせってわけね。…………この外道。アンタの方が、よっぽど悪人だわ!」

 

 あまりに不当な言いがかりに激しい怒りが込み上げたが、ベアトリスは深呼吸してこらえる。

 

 クックック、と看守が悪辣あくらつに笑った。

 

「刑期を延長されたくなければ、窃盗犯を捕まえることだな。まぁ、せいぜい頑張れよ」

 

 去っていく看守の背中を睨み付け、ベアトリスはエプロンを握りしめた。


(あの男……! 備品の窃盗犯を捕まえるのは、アンタの仕事でしょうが! なんで私が……ああっ、もう! ただでさえ毎日忙しいのに、これじゃあ脱出計画を考える暇がないわ!)


 ここの看守は罪人を見下しており、ストレスのはけ口のように意地悪をしてくる。


 鉱山にやってきた当初は、あまりに劣悪な環境に毎日泣いていたが、数ヶ月経った今では、この程度の嫌がらせではへこたれない。


(刑期を増やされてたまるものですか! いいわ、犯人逮捕、やってやろうじゃない)


 もし犯人を見つけることができたら、模範囚になれるよう交渉しよう。上手くいけば、逆に刑期を減らしてもらえるかもしれない。


(ピンチこそ最大のチャンスよ)

 

 絶望的な状況においても、生きるため、そして復讐を果たすために、ベアトリスは最善を尽くす決意をした。



 ✻  ✻  ✻

 

 

(盗まれたのは、消毒液、傷薬、他には……)

 

 唯一の手がかりは、閲覧が許された盗難品の一覧表リストのみ。


(正直、ヒントが少なすぎるわ。協力者もいないし。……いいえ、始める前から諦めちゃダメよね。ひとりでもやってみせる! まずは救護室に来る人間を観察して、警戒するところから始めましょう)


 看守から犯人逮捕を命じられてからというもの、ベアトリスは毎日、怪しい人物がいないか目を光らせた。

 囚人だけでなく、交代で外部から治療にやってくる医師や看護師も警戒して見ているが、今のことろ不審者は発見できていない。


(私ひとりで全員を監視するのは、やっぱり無理なのかしら)


 思うように成果が上げられず焦りはじめた頃──。

 

 その日は、早朝からやけに多くの怪我人が救護室に運ばれてきていた。


「なにか事故でもあったの?」

 

「ああ、ほらさっき小さな地震があっただろう? あれのせいで、第二鉱山で落盤事故があったのさ」

 

「だから今日は怪我人が多いのね。でも死者が出なくて、本当に良かったわ」


 ベアトリスは治療と雑談をしながら、自然に周囲の様子を窺った。


(私が犯人なら、こういう混雑した時を狙って盗みを働くと思うわ)


 患者と会話をしながら、それとなく辺りを見ていると、視界の端に不審な動きをする男を捉えた。


 その男は先ほどから、薬品の入った戸棚を横目でチラチラ見つつ、その周辺を無駄にうろついている。


 そういえば以前、怪我の治療にやってきた元スリの罪人が、自慢げにこう語っていたのを思い出した。


 

 ──『窃盗犯はな、こういう独特な視線の動かし方をして、周囲を警戒しながら獲物に狙いを定めるんだ。俺たちの界隈ではこれを【スリ目】って呼んでる』


 

 ベアトリスは不審な男を観察しつつ『ははぁん。あれがスリ目ね』と悟った。


 そのまま気付かれないよう見張っていると、ついにスリ目の男が戸棚に手を伸ばし、薬品の瓶を掴んだ。


(あっ、盗った──!)


 ベアトリスは急いで椅子から立ち上がり、逃げ去ろうとする男の行く手に立ちはだかる。


「待ちなさい。それ、どこに持って行くつもり?」

 

「チッ、痛い目にあいたくなければ、そこをどけ!」

 

 舌打ちして無理やり出て行こうとする男の腕を、ベアトリスがガッシリ掴む。

 

 男は必死に振り払おうとするが、身体強化の聖魔法をかけたベアトリスの力は強く、逃れることはできない。


「いでっ、いでででで!」


「はいはい。大人しく、こちらにいらっしゃい」


 なすすべ無く別室へ連行された男は、もはや逃げることも、誤魔化すこともできないと悟ったのか、頭を抱えて項垂うなだれた。


「クソッ! どうしよう……俺たちの脱獄計画が台無しだ……! ちくしょう!」


「脱獄計画、ですって……?!」


 ベアトリスが詰め寄ると、男は「もう、どうにでもなれ」とヤケクソ気味にしゃべり出す。

 

「あぁそうだよ。俺たちが薬品を盗んでいたのは、あのクソ高ぇフェンスを腐食させて、穴を開けて外に逃げるためだ。だが、あんたに見つかっちまったし、もうこの計画はおしまいだな。あーあ、ついてねぇなぁ」


「いいえ! 諦めるのはまだ早いわ」


「…………はぁ?」


「あと、これは私からの忠告よ。ひどい拷問を受けた訳でもないのに、秘密の計画をペラペラと人に話してはダメ。以後、気をつけなさい!」


「はあぁ? アンタ、さっきから、なに言ってんだあ?」


 怪訝な顔でこちらを仰ぎ見る男に、ベアトリスは不敵にほほ笑み返した。


 

「その脱獄計画。私が協力してあげる。さあ、リーダーのところへ案内なさい!」


「………………………へ?」

 

 男はぽかんと口を開け、間抜けな顔でベアトリスを見た。

 

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