罰
硬い寝床の上で目を覚まし、アリアは緩慢な動作で起き上がった。
日の光も差さない暗闇はまだ深夜に当たる時間帯だが寒くて目が覚めてしまった。アリアに与えられた部屋は狭く、日当たりも悪ければ風通しも悪い独房のような場所だ。
季節が冬になると肌を刺すような寒さが室内に充満しとても寝てられなくなる。どれだけ身体を丸めても薄い掛布に包まっても寒さはしのげず、アリアの睡眠時間を削り取っていく。それにアリアはただ目を覚ましたわけではない。これから仕事があるのだ。
粗末な寝巻きを脱いで使用人の服に着替える。
アリアは聖職に就くことすら許されなかった。
朝、誰よりも早く起きて調理場へ向かい野菜や肉の下拵えをする。
料理なんてしたことがなく、死んだ動物すら見ることが初めてだったアリアは何度も吐き気に襲われ、失敗し、その度に怒鳴られ打たれた。白く滑らかだった手はすっかり荒れて水が触れるたびに傷に沁みて血が滲む。
それが終わると今度は掃除や洗濯が待っている。夥しい量のシーツや服を洗い、水を絞って干していく。その頃には朝日が昇って鳥の囀りが聞こえ始める。アリアの食事はその洗濯が終わってからだった。
すっかり朝食の時間が過ぎた食堂には調理人以外誰もおらず、その人たちもアリアが入って来たのを見ても何も言わない。まるで存在しないような態度を取って各々の仕事をこなしていた。
そんな態度も日常になってしまったが、アリアの心はその度に傷付いていた。
どうして、こんなことになってしまったのだろう…?
その問いに答えてくれる人は誰もいない。そして今日もアリアの朝食は残されていないことを知って、卑しくも腹の虫が鳴った。
「おいおい卑しいなあ」
「やめろってコイツ昨日から何も食ってねえんだから」
こんな時ばかり、その人たちはアリアの存在を認識して揶揄う。アリアはカッと羞恥に顔を染めて逃げるように食堂を後にした。
聖女ではなくなったあの日からアリアの世界は変わってしまった。もう優しくしてくれる人はどこにもおらず、アリアを人間として扱ってくれる人も消えてしまったように思う。毎晩ベッドに入る度に優しくしてくれた人たちのことを思い出す。
シーニャのことを、コンラッドのことを。思い出してもしょうがないのに、アリアにはそれを拠り所にしなければ立っていられなかった。
けれどアリアは今の扱いを悲しいとは思いこそすれ、不当だとは一度も思ったことがなかった。
これが自分に与えられた罰なのだとすら思った。
どれだけ不当な扱いを受けていても外の様子は耳に入って来る。
魔物からの被害が止まった。瘴気によって与えられていた農作物への被害が減った。各国の軍勢が勢いを取り戻し魔物に侵食されていた領地を取り戻した。
これら全ては「真の聖女」の力だと、アリアは誰よりも一番よくわかっていた。
これが本来の聖女の力なのだ。
それが出来なかった間に一体どれほどの犠牲が出たことだろう。毎日知らされる魔物による被害の報告を思い出して悲しみで目の奥が熱くなった。
だからこれはその罰だと、アリアは思っていた。
聖女の責務も全う出来ず犠牲を出し、そのくせ安全な場所で衣食住を保障されていた自分への正当な罰なのだと、そう思っていた。
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