初出勤? いくわよ!

 ごきげんよう皆様。いつものドッペルゲンガーです。


 ただいま、朝の7時でございます。まあ、いつも起きている時間なので、そこはまったく問題ないのでこざいますけれども。


 ただし、今朝はいつもと違うわ。 何をしているかと申しますと、本体ちゃんの事務服を着ているところです。


 誰よ、コスプレっていった人!? 違うわよ!?


 なんでこんな流れになったかは、前回をお読みくださいまし(宣伝)


 まあ、話が進まないので、ざっと申し上げますけどね? 風邪ひいた本体ちゃんの代わりに、仕事に行くのです(ざっくり)


 そう、私の使命はただ1つ。何事もなく終わらせる事!!!


 書類を作って、取引先に渡して、早退してくる! それだけよ! よし、行けるわ!


 …ん?


 あの子が起きてきたわ。よれたパジャマを着て、髪の毛はぐしゃぐしゃ。起きたばっかりね。


 あれからちゃんと休ませているからか、少しは良くなっているようだけど、まだまだ鼻水ズルズルで、咳しまくってるじゃないの。


『ドッペルざぁぁぁん~~』


「おはよう。起きてこなくても大丈夫よ? ちゃんと寝てなさい」


 よたよたと歩いて私の元に来て、大袈裟にお辞儀をしてきた。


『よろじくおねがいじまずぅ~~』


「大丈夫よ、なんとかしてくるわ」


『困っだらぁぁ~ LINEじでねぇぇぇ』


「あ、そうね。細かいこと分からなくなったら聞くわね」


『スマホ握っでぇ~寝でるぅぅぅ~』


「いや、ちゃんと眠っていて」


 フラフラになっている本体ちゃんをベッドに帰すと、私はバッグの中身を再チェックするわ。書類よし、スマホよし!


 まだまだグズグズとしている本体ちゃんが、なぜか叫んでくるわ。


『ぶぇぇぇぇ~』


「なによなによ?」


『あうう~ よろじぐおねがいじまずぅ~~』


 鼻声で何回も言う本体ちゃんに、私は思わず苦笑してしまうわ。


「何回言うのよ。大丈夫よ?」


『だっでぇぇ~』


「いいから。またお粥作ってあるから、ちゃんと食べて寝なさいね?」


『わがっだぁぁ』


 本体ちゃんに目を瞑らせ、私はビシッと身なりを整えるわ。


 さて、行きましょう。


 パンプスを履いて、バッと玄関をあけて、カツカツと音を立てて廊下を歩いていく。


 んー、事務服はちょっと慣れないわね…


 実は私、ここに来る前の仕事では、パンツスタイルでレディーススーツだったのよね。スカートはあんまり慣れないわ。大股で歩けないわね。


 そんなこんなで、駅に到着する。少し待つと電車がホームに滑り込んできて、少し混雑するそれに乗り込む。


 よし、ここから5駅ね。立ちっぱなしでもそんなに辛くはない。すぐに降りれるようにドア付近に寄りかかっておく。


 しばらくすると目的の駅。思ったより大きい駅におりたち、会社の方への出口へと急ぐ。


 本体ちゃんから教えてもらった道順を思い出して… ここからまっすぐに歩いて5分。左手に出てくる、茶色い小ぢんまりとしたビルの3階…


 あ、あったあった。銀色プレートに、本体ちゃんの務める会社名が出てるわ。ああ、この会社ね。


 さて、入りましょう。


 思いっきりマスクをして、体調が優れないフリをして少し俯いて。喉がイガイガしてるような、変な甲高いダミ声を作って…


 あ゛ー あ゛ー…


 よし! OK! 私は女優、やりきるわよ!(謎気合い)


 小さめにおはようございますと言いながら、事務所のドア開けて…


 ああ、よくあるような会社風景。キャビネットを兼ねたカウンターがあり、その向こうにはデスクの集まりがある。書類を立てる色とりどりのボックスがならんで、PCが等間隔に並ぶ。


 ああ、この感じ、久しぶりだわね。入れ替わりにくる以前、こんな感じの会社にいたもの。


 少し感慨深くなりつつ、入ってすぐにあるカウンターを回り込んで奥に進み、一番手前にあるデスクが本体ちゃんの座る場所。なるほど、来客対応もこの子の仕事のひとつね。


 あの子に教えてもらった通り、後ろにあるロッカーに上着とバッグを入れて、ロッカーにかけてあるカーディガンを羽織って… ロッカーの内扉にある鏡で、身だしなみを整える。


 よし、こんな感じかしらね。さっそくデスクに戻って、書類を完成させないと。


 しかし、本体ちゃんってどんな環境で仕事してるのかしら?


 自分の部屋は散らかしていたくせに、意外と綺麗に片付いているデスク。


 とりあえずPCの電源スイッチを押して立ち上げる。家では立ち上げっぱなしだったくせに、ここではちゃんとシャットダウンするのね。


 さて、筆記用具や備品はどこだ… うーん、引き出しの中かしら?


 右手にある引き出しを開けてみる。あら?意外とちゃんと片付いてるわね。お菓子が何個か隅っこにあるのも気になるけど…


 立ち上がったPCを見ると、あらまあ、デスクトップ背景、畑トモヒロじゃないの。公私混同って怒られないのかしら?


 そんな時に


「おっはよー!」


 後ろから話しかけられたわ。振り向くと、本体ちゃんに見せられた写真の中にいた1人。


 仲良しの同期さんね。 さて、演技開始!


「おはよぉー… ケホケホ~」


「あれ? セキ? どしたん?」


 よし、風邪を引いている印象、しょっぱなからつけられたみたいね。このまま上手くやってやるわ!


「風邪引いちゃったのよ… じゃなくてぇー、セキすごいのおー。でもぉー、見積もり出しに行かなきゃだしぃー とりあえず来てみたぁー」


 本体ちゃんのマネするわよね、全力で。でも噛んでるけど、無理があるけど。ニュアンスまで真似するの無理だけど。


「? 風邪引いたせい? ヤバそうじゃね?」


「んー… 本当は休みたあいー」


「いやマジ、休んだ方が良さそ。いつもと感じが違うもん」


 同期さん、普通に会話してくれてるけど、少し訝しげ。まぁ、ドッペルゲンガーだもの。DNAから同じだもの、バレたりなんかしないわ。


「でもなぁ、その見積もりはなー、あーしが代われないし。あ、待って、あのクソ営業に話してくるよ」


 同期さんは自己完結すると、奥の方にある男の人に話にいった。


 クソ営業って?誰かしら?

 写真の中を思い出して…


 恐らく、本体ちゃんがやってる仕事を、本来やるべき営業さんの事ね。「クソ営業」って… 嫌われてるのかしら?


 それにしても、同期さん、世話焼きなのね? 軽口で話してるけど、頼りになる友達なのね。


 同期さんを眺めていると。営業の男の人に話をしたと思ったら、プンプンと怒った様子で、他の年配の女性に話にいったわ。


 なるほど、あの女性が、チームの先輩さんね。同期さんの話をうんうんと聞くと、更に奥にある上座のデスクに座る、威厳のありそうな男性に話をする。


 あの人は確実に上司だわね。雰囲気ですぐにわかる。


 同期さんとチームの先輩が上司と少し話すと、同期さんが戻ってきた。


「ったく、あのクソ営業! 風邪ひいてて辛そうなの見ても、見積もり出してこい、の一言だったよ! 馬鹿野郎だな本当に!」


 ああ…この同期さんの憤慨ぶりは…常日頃から、営業さんはサボり癖があって、周りから嫌われているのね…


 それにしても、同期さんにはお礼をいっておかなきゃね。


「ありがどおー。大丈夫ー。がんばるうー」


「無理しないで! 見積もり提出終わったら、早退していいように言ってきたから! 手伝うから、終わらせちゃおうね!」


「ふええん、ありがとー」


「…? なんかやっぱり、いつもと違うね? だいぶキツそうやね?」


「そ、そうかなあー? うーん、風邪ツラいよおー」


「早く終わらそ!」


 うーん、私の演技、ちょっと不足してるかしら…?

 それにしても、同期さんはものすごく良い人ね。人間関係に恵まれているようで良かったわ。


 さて、では仕事をチャカっと済ませましょう。PCから、データのある場所を探してっと…



 さあさあさあ! やるわよ!

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