【5-07】帝都、脱出――そして真実へ
【5-07】虚実 ―キョジツ―
俺――『瑞原奏』と姉上、そしてマハの三人は、その夜のうちに帝都郊外の宿へと着いていた。
皇帝を暗殺した後、騒ぎにならないうちに、俺たちは王宮を脱出した。
俺のリートを使えば脱出自体は簡単で、咎められることも無かった。
(問題は脱獄が露見した後の、官憲による追捕の手だが――)
宿屋に泊まった俺は、姉上やマハとは別に分かれた個室で考える。
言霊の技術による照明が部屋を照らし、天井から昼間と大差ない光を提供する。
その一方で窓の外には深秋の夜らしい、静寂と暗闇が満ちあふれていた。
(この分だと、王宮はいざ知らず、まだ帝都には情報が出ていないな)
アーテイ氏は状況偵察のため帝都に残したので、ここには居ない。
俺の計画が破綻した場合は戻って報告するよう言い含めているので、氏が戻らないということは、計画に狂いは生じていないのだろう。
「奏、居ますか。話があるのですが」
――と、ドアをノックする音がして、姉上の声がした。
宿を取って一息ついたタイミングなので、俺と話をしに来たのだろう。
俺が応対に出ると、姉上がマハを連れ立って、廊下に立っていた。
「疲れていませんか、姉上。急なことゆえ、このような宿しか取れず、すみません」
二人を招き入れながら、まず俺は姉上を労る。
二人分の椅子を姉上たちに譲り、俺は念のために廊下に不審者がいないかを確認してから、部屋の中へと戻る。
姉上は椅子に腰掛けると、手にしていたユズをテーブルの上にそっと置いた。
(確か牢にいたときも、身近に置いていたな)
思えば、俺の妻だった『瑞原奏』もユズを特別視していた。
やはり瑞原ゆかりの人にとっては、ユズは特別な思い入れがあるらしい。
落ち着いたところで、最初にマハが口を開いた。
「本当に追っ手は来ないの? きっと今頃、帝都は大騒ぎのはずだけど」
「来ないよ。帝国からすれば皇帝暗殺の対応と、犯人逮捕が優先される」
要人が脱獄した場所の近くで皇帝が死ねば、普通は脱獄者が疑われる。
そうなると俺たちが手配されるので、まず容疑を逸らす必要があった。
「犯人は奏でしょ」
「……真相はね。だから別の人物が疑われるよう、証拠品を現場に置いた」
俺に言われたマハが、「ああ、そういうこと」と納得した。
あのとき皇帝の隣に投げ捨てた拳銃が、その証拠品だと感づいたのだろう。
「なるほどね。でもあの拳銃で犯人をでっち上げるとして、誰が疑われるの」
当然のこと、拳銃の持ち主がすぐ特定できれば、その人物が疑われる。
そして俺が置いた銃には、それだけの情報が残っていた。
「黒主」
その名前を口にしたとたん、マハが「はあ!?」と驚きの顔をした。
それはもっともなことで、黒主に容疑が向くとは、普通は考えられない。
「どうして、そうなるのよ」
「★あの銃は、御所で"奏"が黒主から奪った銃だよ。マハもその場に居たんでしょ」
以前に棄京で、俺は黒主と二回に渡って対決している。
その二回目の対決の際、黒主をリートで従わせた俺は、ヤツから銃を奪った。
その銃で黒主を殺した俺は、そのまま凶器を隠しておいたのだ。
「あっ。あのときの、黒主を撃った銃……!」
「そう。前文明の遺物の銃を持つのは帝国でも一部に限られるし、黒主が持っていた銃は、その中でも類似品が見つかっていないタイプ。要するに、あの銃が現場にあれば、黒主が皇帝暗殺の場に居たと必ず判断される」
これは黒主の銃を奪った後、俺が武器にしようと調べて分かったこと。
あの銃は他に出回っておらず、闇市場で問い合わせても誰も知らなかった。
(だから取り扱いが大変そうだし、俺自身が使うのは諦めたのだが)
それほどの稀少な品であれば、逆に言うと所持者の特定も簡単だ。
銃の流通に詳しい者が見れば、おそらく一発で誰が所持者か識別できる。
(念のため、事前に帝都に銃の情報も流しておいたし、必ず最初は黒主が疑われる)
黒主の持つ銃のタイプの情報を闇市場に流しておけば、より間違いない。
もちろん、これだけなら当の本人を尋問すれば、すぐボロが出るだろうが――。
「だけど、そんな偽装工作したって本人に聞けば……」
マハがそのことを言いかけたので、俺は苦笑しながら答えた。
そう。黒主に容疑が向いても、この程度の工作なら本人が潔白を述べれば覆る。
――――ただし、普通の状態なら。
「あんな状態にされた黒主が、人の言葉を吐けるかな?」
あんな状態。
俺は帝都の映像で、黒主が奇怪な姿に変異させられたのを目撃した。
皇帝の『暴虐のリート』で殴られた黒主は、メチャクチャな姿に変わっている。
「そう言えば、皇帝に殴られてグチャグチャになったんだっけ」
気付いたマハが、確認するように姉上の顔を見ると、姉上が無言でうなずいた。
黒主が殴られた映像では姉上も同席していたので、やはり事実ということだ。
「そういうこと。あんな支離滅裂な姿になった今の黒主が、まともに自分の弁護したり潔白を証明することは不可能。それはすなわち、容疑が自分に向けられても晴らせないことを意味する」
そうなると遺留品の情報を頼りに、官憲は黒主を疑うしかなくなる。
結果として真犯人に目が向くまで、余計な時間を取られるわけだ。
「だけど、あんな格好になった黒主が、皇帝を殺せるなんて思うかなあ?」
「逆にあんな姿にされたからこそ、恨みに思って暗殺した――と思うかもしれない」
ついでに動機まであるとなれば、初動捜査では確実に黒主が容疑者となる。
脱獄についても黒主が疑われ、ヤツの周りが捜索されるはず。
「そっか……じゃあ私たちは今がチャンスなんだ」
「そうね。黒主が怪しまれているうちに、私たちは国外まで逃げる。そうしたら、もう帝国からの追っ手は届かない。姉上も、もう帝国に仕えずに済む」
もう故郷を滅ぼした帝国を守護し、斎王として帝国のために働かずに済む。
国外まで逃げ切った後は、どこかで姉上と静かに暮らすのも悪くない。
(そう。もう瑞原を滅ぼした皇帝も黒主も、破滅したのだから――あとは姉上と)
皇帝も黒主も破滅したのに、俺の心の底にあるわだかまりは解けない。
これは帝国という国家そのものを、転覆させたわけではないからだろうか?
だとしたら高望みしすぎだ。もう十分に目的は果たした。
(それとも――俺は何か、まだ引っかかることがあるのか?)
心が晴れない。靄めいた想いが、どうにも苦しい。
そう俺が思っていると、姉上と視線が合った。
(姉上……)
まっすぐな視線が、俺の瞳を射抜いている。
その眼差しに見据えられ、俺は心の底に沈めていた、一つの疑念を思い出す。
(そうだ。あのときの黒主の言葉――あの真偽を、確かめないと)
御所で黒主を従わせたとき、10年前の真相を聞き出そうとして得た言葉。
「密告があったからデス。瑞原の里が、帝国に反逆を企てている――」
「密告をしたのは、里長の娘……瑞原、透歌」
どうして、あんな言葉を聞いてしまったのか。
耳にした言葉が頭にこびりついて、離れなくて。
誰よりもかけがえのない人を疑う言葉なのに、否定できなくて。
(だけど、今――姉上は、目の前に居る)
きっと今なら、本当のことを聞き出せる。
だけど、もし本当なら?
故郷を滅ぼした敵の正体が、姉上だったら?
募る疑心と恐怖。
その葛藤は黙っているほどに大きくなるばかりで。
やがて苦しさを吐き出すように、俺は内心の疑問を口に出した。
「姉上。ひとつ確かめたいことがあります。10年前、瑞原が帝国に逆らったと密告したのは……姉上ですか?」
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