【5-04】再戦、奏とバルドー帝
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――――――――……………………
皇帝バルドーにとって、今夜は心待ちでもあり、同時に気が重い夜だった。
今日は日中の執務も
その心境は、今こうして『彼女』が居る座敷牢に向かう途中でも変わらない。
「
心待ちの正体は、ずっと手を出さずにいた
気が重い理由は、ずっと尊重してきた
「なぜだ、なぜ認めぬ。ワシは皇帝、あらゆる富と権力と名誉を極めた者なのに」
宮廷を退き、後宮に向かう自分の足取りも、軽いようで重いようで。
複雑な心中の霧を払えないまま、バルドーは離れの屋敷へと足を運んでいく。
「皇帝になれば……誰もがワシを認める……従ってくれる……」
途中で足を止めると、夜空の星を見上げてつぶやく。
「皇帝になれば、父上も母上も弟も妹も、ワシを認めてくれる……ワシは決して愚かではないと。ワシは強く優れていて、皇帝にふさわしいと、分かってくれる……」
バルドー帝は後宮に入るときも常に
それは皇帝である自分が、同時に武芸に秀でた最強の戦士だと信じているからだ。
自分は最強ゆえ供など無用の足手まとい――というのが、彼の信念だった。
「ワシを認めろ……
自分は最強で、護衛など必要無い。だから至高の座がふさわしい。
それこそがバルドーの信念であり、思想であり、
だからこそ彼は、自分の
「ヌシだけはワシを心から認めてくれたはずなのに、なのに裏切るというなら」
そう。その原則は瑞原
その彼女が自分を裏切り、『偉大な皇帝バルドー』に逆らうなら、許せはしない。
「ならばワシの偉大さを、その身をもって知るが良い……!」
バルドー帝は暗い決意を眼に灯しながら、
目的の牢の中では瑞原
薄暗い牢の灯りが、彼女の側に置かれたユズの実を、静かに照らし出す。
「
バルドー帝はそう宣言すると、もっていたカギで牢の錠を開ける。
カギを開けると皇帝は太った腕を伸ばし、
「さあ、出ろ。それとも今になって臆し――?」
しかしバルドー帝の腕が
「ぐおッ……!」
罪人を閉じ込めていた木の
バルドー帝は腕を押さえながら数歩後ずさり、憤怒の形相をみなぎらせた。
「ワシに逆らうというのか、
「いいえ、逆らうのは瑞原
文字鎖を周りに張り巡らせながら、『
しかし牢から現れた彼女の姿は、明らかに『瑞原
その異様な姿に気づいたバルドー帝が、驚愕で大きく眼を見開く。
「ヌシは、いったい何者だ!」
「逆らうのは、この私! 瑞原
道化の少女はそう言うと、『逆ツ風』の文字鎖に皇帝を襲わせた。
急襲を仕掛けられた皇帝が反射的に抜刀し、襲撃する文字鎖を
ギィン、と耳障りな金属音がして。
よろめいた皇帝が、また数歩後ずさった。
「ぬう、昨夜の亡霊娘か! 庭園を
「ならどうする皇帝!
「笑わせるな! ワシは最強の武人、ひ弱な女なんぞの助けなど
皇帝は叫ぶと、左の前腕を自分の前にかざした。
「
その詠唱に呼応するかのように、皇帝の周りにも文字鎖が現れる。
しかし二重
その欠落を見た
「ははは。陛下よ、文字鎖を呼ぶ前に、己の腕をよく見てはいかがかな?」
皇帝の腕は朱に染まり、召喚に対応して浮き出た呪文が読めない状態だった。
「なんと、まさか」
「そう。先ほどの私の奇襲で、あなたの呪文に傷がついたのです。もはや陛下の文字鎖は、マトモに戦いの役には立ちませぬぞ!」
呪文が欠け、動きがぎこちなく、明らかに
「ぬぬう、小賢しいマネをしおって!」
「ご理解いただけたなら、覚悟なされよ。今夜ここに、あなたの味方は居ない」
冷然と告げる
皇帝は憤怒でギラついた眼で、真っ向から道化の少女を見据えると。
「ふん! ワシには、この剣あれば十分よ! 76戦無敗の我が一撃を思い知れ!」
そう
しかし
「はっ!」
……なんと、いとも容易く避けてしまった。
「なんだとう!? 常勝無敗の我が究極の一撃を、こうも簡単に
意外そうに戸惑うバルドー帝を眺めながら、奏は冷たく笑った。
「陛下。その常勝無敗とは、いつの話ですかな。少なくとも今の一撃で
冷笑されたバルドー帝が、信じられないといった顔で喚く。
「バカな。このバルドー・バルバロイ・シュゼン、戦場には立たずとも、近衛の兵と手合わせしておるわ!
しかし反論するバルドー帝を憐れむように、奏は告げた。
「……それはきっと、近衛兵が手加減していたのではないですかな。陛下の無意味に肥大したプライドを傷つけぬよう、陛下の経歴を汚さぬように」
「な、な、な……!」
怒りで頭まで紅潮させるバルドーとは対照的に、
「裸の王様とは良く言ったものです。陛下はとっくに老いて肥え
「そんなはずは、無いぃぃぃぃッッ!」
再び斬りつけるバルドー帝。
しかし肥満して
またしても
「
道化の少女はそう言うと、指先をしならせて皇帝を指さした。
その動きに対応するように、二重の文字鎖が二匹のヘビのように鎌首をもたげる。
「あなたが最後に得る栄光は――――
直後、猛烈な勢いで文字鎖がバルドー帝に襲いかかり、その剣を
そのまま文字鎖は皇帝に殺到するが、皇帝の文字鎖が反応し、攻撃を跳ね返す。
攻撃を防いだことで落ち着きを取り戻したように、皇帝が笑った。
「ぐふふ、ならばワシの『
まだバルドー帝の文字鎖が機能することを見て、
「よろしい。ならば、どちらが真に愚者か、決着を付けようではありませんか!」
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