【5-02】後宮牢に囚われた透歌

◆◇◆◇◆◇


 ――湖畔こはんから帝都に戻った俺の耳に、『その噂』はすぐに入ってきた。


「斎王さまが捕まったらしいぞ」「陛下を暗殺しようとしたとか」


 昨日の今日なので、昨夜の空中庭園の出来事が原因の可能性は高い。

 俺はすぐにアーテイ氏を偵察に出させると、男の姿に戻って情報を集めた。

 やがて得られた情報を総合すると、どうやら事実は以下のようだ。


・帝都斎王、瑞原透歌とうかが、皇帝に刃向かった罪で投獄された。

・宮廷薬師マハ・ベクターも同様に捕らえられ、投獄されている。

・他にももう一名、共謀者の女がいて、帝国はその女を探している。

・皇帝が直々に尋問じんもんし、有罪が確定すれば、二人は処刑される。


 ほかにも「どうせまた神祇官じんぎかんの陰謀だろう」とか、「斎王は皇帝に恨みを抱いていて、復讐に及んだのだ」とか、噂は多くあったが、これらは確定情報ではない。


(だいたい、復讐に及んだのは俺だからな)


 得られた情報をまとめたことで、俺は起きている構図を掴めた。

 俺が単独で皇帝暗殺を企んだことに、姉上とマハが巻き込まれている。

 そうなった理由は、間違いなく空中庭園の一件。

 姉上たちが窮地の瑞原かなでを逃がしたことで、罪に問われたのだ。


「事の成否の影響は想定していたが、姉上たちの助けは想定外だったな」


 まさか暗殺が失敗した上、こんな事態になるとは。

 俺は自分が泊まっている宿屋の一室で、この事態の対応に苦慮していた。

 今は宮殿内に偵察に出したアーテイ氏の帰還を、待ちわびている状況だ。


「どうする、姉上は救わねばならない。しかし牢を破るのはリートの力で何とかするとして、その後で姉上を守り切れる自信は無い……」


 謀反人むほんにんを救出したとなると、その後は帝国そのものが敵となる。

 いくら『逆理のリート』が強力と言っても、人一人を常に守れる力では無かった。


「少なくとも帝国、いや帝都だけでも混乱させないと逃げ切れない。しかし」


 しかし、そんなことが今の状況で可能だろうか。

 時間の猶予ゆうよは無い。有罪が確定すれば、姉上は処刑される。

 国を混乱に陥れるだけの準備を整える時間なんて、期待できない。

 だが、それでも。


「チャンスは少ないが、やるしか、ない――!」


 姉上を見殺しにする選択肢なんて、あり得なかった。

 彼女は10年前に瑞原かなでと生き別れた、たった一人の姉なのだ。


「策ならある。細い糸だがつながれば、姉上を助け出せる」

 

 しかし、その策が成立するには情報のピースが足りなかった。

 俺が必要な情報を待ち焦がれていると、ようやくアーテイ氏が帰ってきた。

 窓をすり抜けて飛び込んできた言霊が、颯爽さっそうとテーブル上に舞い降りる。


かなで~ぜーんぶ、調べてきたよ-!」

「でかした。まず姉上たちの居場所からだ」


 必要な情報、その1。姉上たちが投獄された場所だ。

 皇帝が直々に尋問じんもんする以上、通常の牢とは違う場所の可能性があった。

 俺がたずねると、アーテイ氏が答える。


「二人は後宮に居るよ、後宮と言っても、離れの座敷に囚われた状態だけど」

「後宮だと?」


 後宮とは、すなわち皇帝の妃や側室、その子供が住む場所だ。

 男子禁制の場所なので、出入りできるのは仕える女官と皇帝一家だけ。

 確かに「皇帝が直々に女を尋問じんもんする場」なら、都合が良い場所だった。


「そだよー、場所はねえ……この辺!」


 アーテイ氏はテーブルに出した宮殿見取り図を眺めると、場所を示した。

 示された位置を見て、俺は苦笑いする。


「バルドー帝の寝所にも近い……なるほど、あの皇帝らしいな」


 あの皇帝が女色を好みそうなのは、先の庭園での戦いでも感づいていた。

 何しろ復讐者として現れた女の俺に対してすら、夜伽よとぎ相手に狙っていたからな。

 ヤツなら姉上とマハを捕らえ、尋問じんもんと称して倒錯的とうさくてきな行為も迫りかねない。


(ヘドが出る。あの醜い肉の塊が、姉上の身体を好きに出来るなんて)


 俺にとって――いや、俺たちにとって、姉上は特別な存在なのに。

 ヤツが姉上に触れることを想像しただけで、気分が悪くなってくる。

 不機嫌そうな顔をした俺に同情したように、アーテイ氏が近寄ってくる。

 

「でもねー、昼間は皇帝は執務で出ているから、たぶん尋問じんもんは今夜からだよ?」

「そうなると、救出するなら今夜がタイムリミットだな」


 下手をすると今夜で有罪が決まり、明日には処刑される。

 ならば助けるなら今夜しかなかった。

 アーテイ氏がうなずくと、次の話に移る。


「それと帝国が探してる共謀者だけど、やっぱり『女』みたい。その子も捕まえたら透歌たちと同じように、皇帝の下に連れてこいって話になってた!」


 この『共謀者』とは、昨夜の俺――瑞原かなでのことだ。

 裏を返せば七城ななしろかなでは、何の嫌疑も掛けられていない。

 しかし皇帝の下に連れてこいとは――意図を察した俺は、呆れてしまった。


「まさか俺まで後宮に入れるつもりか。どれだけ好色なんだ、あの皇帝は」


 しかし、その好色さのおかげで、色々とこちらは動きやすそうだ。

 通常の牢なら破るのも連れ出すのも面倒だが、後宮なら変身できる俺には有利。

 何と言っても男子禁制のおかげで、内に入りさえすれば中は手薄だ。


「後は侵入と逃走ルートの確保だな。アーテイ氏、警備の状況を教えろ」


 すでに空中庭園のときに見取り図は作成済みだが、後宮周辺の警備状況までは調べさせていない。だが、これも攻略のためには必須の情報だ。


「任せんしゃい!」


 陽気に答えた言霊ことだまが、また見取り図の上に舞い戻る。

 これで情報はそろった。後はリートと俺自身の力で、運命をひらくだけ。

 俺はアーテイ氏の説明を聞きながら、来るべき再戦のときに心を躍らせた。


(待っていろ皇帝、今度こそ――――!)

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