1章5節――皇帝との対決、そして
【5-01】命さえあれば、また挑める!
【 1章5節――皇帝との対決、そして】
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――――…………
――……
瞳に映り込んだのは、枝をついばむ小鳥の姿。
地に伏した身体に絡みつくのは、水に湿った朱色の砂。
「あ、
とたんに甲高い
アーテイ氏に覚醒を
口の中に入った砂を吐き捨てると、飛び回る氏にたずねる。
「朝、か……ここは、どこだ……?」
「湖岸だよ。キネレット湖の!」
こういうとき、アーテイ氏がいると話が早くて助かる。
砂浜、朱い湖、遠くの街。俺は辺りを見回すと、すぐ自分の居場所を理解した。
「なぜ、こんなところに」
「んとね、あの塔から落っこちたから」
そう言うとアーテイ氏は、湖越しに見える遠くの塔を指さした。
さすが傍観者。ちゃんと状況を把握していらっしゃる。
すぐに俺は記憶をたぐり寄せ、自分の身に何が起きたのかを推察した。
「そうか。俺は空中庭園で皇帝を殺そうとして、失敗したのか」
「そうそう! そんでもって、あの塔のフェンスが外れて、
「あの高さの塔から落ちて、無事だったのか……?」
確かあの建物は、地上40階ほどの高さだった気がする。
150メートルの高さから落ちれば、下が水面だろうと普通なら即死は確実。
それが生きているどころか、身体を問題なく動かせるというのは、ありえない。
「それも『逆理のリート』を持ってるおかげだねー!」
「身体が強くなる、と言っていたヤツか。まさかここまでとは」
「後はマハがリートで
「マハが、俺のためにリートを?」
空中庭園のときのことを思い出す。
確かに俺が虫や獣にやられていたとき、マハが何か唱えていたようにも聞こえた。
「だって無傷じゃん
「そう言えば」
アーテイ氏に言われ、全身の状態を確認する。
見事に無傷。墜落の衝撃どころか、皇帝との戦いで虫や獣にやられた刺し傷や嚙み傷の数々も、綺麗さっぱりなくなっている。考えられないことだった。
「そうか。マハが俺を、いや瑞原
マハが俺を助けてくれたのは、たぶん俺が瑞原
アイツは姉上のことを、友人として気に掛けていた。
だから『瑞原
俺を助けた理由は、こんなところに違いない。
「まさかアイツに助けられるとはな。いや、そもそも皇帝に、ああも苦戦するとは」
「皇帝がリートを持ってるのは、
「分かっていた。だから、ああして皇帝を幻覚に引きずり込もうとしたのだが」
昨夜の空中庭園での戦いを思い出す。
俺は事前に庭園中に、幻覚の花『天使の
(皇帝を幻覚に巻き込み、リートを封じる作戦だったのだが)
花片は風で幻覚効果をまき散らし、後から現れた皇帝一行を
その隙に俺は瑞原
――という予定だった。
もちろん、俺自身が幻覚に酔わされては話にならない。
だから俺は事前に解毒薬を用意していた。
瑞原の里の者なら『天使の
俺の中にある瑞原
「皇帝を暗殺するには、最善の方法だと思ったんだがな」
この手法なら皇帝が武勇に優れようと、リートがあろうと抵抗されない。
また、暗殺用の凶器は俺が守衛から奪った銃だから、銃を持たない姉上やマハでは犯行が不可能で、
――しかし、作戦はあっけなく
「どうして幻覚が見破られた。アーテイ氏、分かるか?」
「あてぃしバカだから、分からんらん! でもリートの能力じゃないの?」
「殴れば相手を変質させる、『
『殴ったものの本質を変異させる』『攻撃からは逃れられない』
これが皇帝が映像で話していた、
「……あるいは、幻覚作用ですら変質させたのか」
「だったら下手したら奏のリートも、殴られたら変質してたんじゃない?」
「ありえる――が、そもそも俺のリートはヤツに通じなかった。あれも分からんな。ヤツは俺のリートが性能不足みたいなことを言っていたが、どういうことだ」
皇帝の剣を文字鎖で防ぎ、俺は反撃した。
そのとき反撃を防ごうとする皇帝に、俺はヤツにリートを仕掛けた。
「俺の攻撃を防ぎたい」という願いに照準を絞り、それを逆しまに叶えたのだ。
(果たしてヤツの文字鎖は四散した。次いで防ごうとする剣も砕いた。しかし……)
しかし最後に繰り出された皇帝の拳は、止められなかった。
あの一撃で俺のサーベルが変質し、戦局は一気に逆転してしまった。
つまりは、あの場面が勝敗の分水嶺だったわけだ。
この点を自称言霊のアーテイ氏にたずねると、氏は少し首をかしげて答えた。
「詠唱の差かなあ。相手もリートを持ってると、こっちの呪いは通用しにくいから」
リートに詠唱という概念があることは、空中庭園の戦いで教えてもらった。
皇帝が詠唱したのを見て、あの場で俺はアーテイ氏にたずねたのだ。
「詠唱か。お前の言うとおりに唱えたはずだが、何か問題があったのか?」
「言葉って、精度が高いほうが正しく伝わるでしょ?
詠唱については、戦いの場で教えてもらったから、詳しく聞く暇がなかった。
だから大ざっぱな仕様だけを聞き出すと、すぐ皇帝のマネをしたのだ。
しかし、それがマズかったらしい。
「言葉不足だった、と?」
「詳しく言葉で表すほうが、呪いは伝わりやすいの。だから効果を高めるには『詠唱』という方法が必要で、詠唱も詳しい方が効果は高まるのよー」
確かに逆理のリートにも、付随して色々な呼称がついていた。
最初にアーテイ氏に教えられた際はムダな冠名だと感じたが、意味はあるのか。
「なるほど。じゃあ俺のリートを唱えるときは?」
「逆理のリート、
そう言うと、指を立てて決めポーズを取るアーテイ氏。
「しかし全部唱えるのは面倒だな。それに自らのリート名を口にするのは、手の内を明かすようなものだ」
リスクについて俺が言うと、アーテイ氏もうなずいた。
「だからその辺は臨機応変。一瞬を争うときや力の正体を伏せたいときは、黙っていた方がオトクなこともあるよ。それに詠唱しても時間が過ぎると効果は消えるから、タイミングも重要だったりー」
空中庭園のときは、皇帝を警戒して、俺はリートの正体を伏せることを選んだ。
それが結果として、あの敗北につながったわけだ。
しかし伏せることが正解となる場面もあるのだと、今のアーテイ氏は告げている。
「駆け引きが必要と。面白いじゃないか」
「だねー!」
だったら次は勝てる。
敗因は相手のリートを下回る出力で、こちらのリートを使ったこと。
だったら次は不意を突くか、出力で上回った瞬間に叩きつければ良いワケだ。
「今回はしくじったが、俺はまだ生きている。だったら次の策を巡らすだけだ」
春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは 命なりけり――
――命さえあれば、また春の花に巡り会うことは出来るのだから。
(そうだ。命さえあれば、何とでもなる)
かつて姉上が教えてくれた歌を記憶から呼び覚ますと、俺は再び立ち上がった。
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