【4-14】逆理のリートvs暴虐のリート
瑞原
その文言は先ほど陛下が文字鎖を呼び出した言葉と、まったく同じだったから。
私だけではなく
「
戸惑っている私たちの目の前で、瑞原
それだけでも驚きだったが、現れた文字鎖の呪文に、私は見覚えがあった。
『宇可利計留 人遠者川世能 山於呂之』『波遣之可礼登波 以乃良奴物遠』
繰り返される文字列の言葉は、『逆理のリート』の文言と同じ。
私の想像が正しければ、今は七城
(えっ、どういうこと?)
どうして七城
そう私が考えていると、その内心を読み取ったように瑞原
「
旅の道化師――きっと
じゃあ彼女は、
だとすれば、
――『気味が悪いので手放した。今ごろは誰かが新たな持ち主だろう』――
(その『新たな持ち主』が、瑞原
つまり七城
そうなると目の前の瑞原
混迷する思考を見透かしたように、瑞原
そのまま彼女は文字鎖をぐるりと巡らせると、余裕の口ぶりで陛下に相対する。
「皇帝よ。
しかし陛下は動じる気配を表さない。
それどころか一層面白くなったと言いたげに、こちらも泰然として笑い出した。
「くっくっくっ、
「……陛下は生涯76度の一騎打ちで常勝不敗を誇ると聞く。それゆえ自らの実力を過信されておられるようだが――そこに私のような
「おらぬ。ワシが戦うたのはすべて戦士であり、ヌシのような
「ではならば、
「ふん、言いおるわ」
陛下が鼻を鳴らすと、さっと手を振った。
すると動きに合わせて陛下を守る二重の文字鎖が、鎌首をもたげる。
さらに陛下は畳みかけるようにあざ笑いながら、瑞原
「ヌシはワシの術を真似たつもりだろうが、致命的な過ちを犯している。上辺を飾ろうと
近づいてくる陛下を見て、瑞原
銃を捨てて素手の彼女は、今度は足下の土に突き立てていたサーベルを構える。
しかし非力さのせいか両手で構えていて、どうしても力不足に映った。
「
まずい。二人の様子を見た私は直感して、
このままでは、瑞原
実の姉が見ている前で捕らえられるか、下手をすれば殺される。
そんな光景を
「……大丈夫。
しかし心配した私をよそに、
何かしらの確信があるかのように、動じる気配が無い。
その不思議な態度に私が戸惑っている
「――正体を隠したがるは弱者の
そう陛下が大喝を下すと、手にしたサーベルで瑞原
瑞原
「防げ!」
瑞原
ギィンと響く、耳障りな金属音。
同時に陛下のサーベルが大きく弾かれて、攻撃したはずの陛下がよろめいた。
「……どうやら私の勝ちのようですな、陛下!」
その隙を逃さず、瑞原
彼女は温存していたサーベルを両手で振りかぶると、逆に攻勢に打って出た。
「
態勢を崩している陛下は、同じように文字鎖で防ごうとする。
大の男の剣撃を跳ね返す文字鎖が、少女の一撃を防げないはずはなかった。
しかし瑞原
「防ぐと? だが――その願いは叶わないッ!」
その瞬間、陛下を守っていた文字鎖に異変が起きた。
瑞原
「なんだと?」
予想外の異変に陛下が
しかし今度はそのサーベルすら、一瞬にして砕け散ってしまった。
「もらった!」
瑞原
文字鎖も武器も失った陛下には、もはや立ち向かう術などなく――。
「――――っ!!」
人が殺される瞬間を予感した私は、思わず目をつぶった。
空中庭園の美しい草花たちが、
――――そう、思っていた。
しかし。
次に聞こえてきたのは、討たれたはずの陛下の咆哮。
「だから! ヌシは! 愚かなのだアッッッッ!!」
目を開く。
そこに広がっていたのは、予想とまるで違う光景。
いや、予想どころか――空中庭園では絶対にあり得ない光景だった。
「なん、だ……これは……!」
瑞原
なんと彼女が手にしていたサーベルが、巨大なイカに変わっていたのだ。
しかも異変はそれだけではない。
そのイカの耳から胴体から十の足から、色んな生物が次々と生えてきていた。
ニワトリの頭が、イヌの頭が、ヘビの尻尾が、ワシの翼が。
ハチが飛び回り、クモが這いずりだし、バッタが飛び跳ねる。
「ガハハハハ、なかなかの壮観であるな、のう
痛快そうに異変を眺めていた陛下が、こちらを振り向いて笑った。
透歌は妹の身に起きた変事を見ても、ただ淡々と答える。
「御意」
しかし側にいる私には、
それだけの惨事が、瑞原
「おのれ、皇帝……何をしたッ!!」
サーベルだったイカの巨体は瑞原奏に絡みつき、その足と
ニワトリに腕をついばまれ、イヌに足を噛まれ、肌をハチに刺され。
他にも大小無数の動物昆虫たちが、身動きとれない少女の全身を襲っていた。
そんな少女を前にして、陛下は愉快そうに答える。
「ヌシの剣をワシの拳で殴っただけだ。ワシの『
「ふざけるな……ッ! なぜだ、なぜ俺のリートが効いたのに、こうなる!」
畜生に、
一方で、その様を皇帝は眺めながら鼻を鳴らした。
「ふん。何も知らず模写した詠唱に、自分の判断を混ぜるからだ。ヌシが『詠唱』の際に己のリート名を隠したのは、正体を知られ戦術を読まれたくなかったからであろう。しかし呪文を省けば、呪いの効果はそれだけ下がる。余人ならいざ知らず、リートの
陛下の言葉を、果たしてもう瑞原
そんな瑞原
「もはや決着は付いた――が、ヌシは
最後に陛下は振り向くと、ことさら
それは
しかし当の
「……ご
――と、妹の身をまるで案じないように淡々と答えた。
その返事を聞いた陛下が、不快そうに眉をひそめる。
おそらく望んだものとは違う返事だったのだろう。
「つまらぬ。いつもヌシはそうだ。表の自分を献じても、本心は決して差し出さぬ」
その言葉に、なぜか失望したような、落胆したような響きを感じてしまう。
この皇帝陛下は、この世の
――しかし、それも束の間のこと。
陛下は再び瑞原奏に向き直ると、ゆっくりと彼女に近づいていく。
「しらけたわ。やはりヌシは殺すか。瑞原の亡霊よ、この庭園の露と散れ」
瑞原
高層部にある庭園の周囲には、転落しないよう頑丈な金網が張り巡らされている。
彼女はその金網に身体を預けながら、自分を
――と、追っていく陛下の後ろ姿を見つめていた透歌が、私に言葉をかけた。
「マハ。
はっとした私は、
「マハの
私だってバルドー帝は嫌いだし、それに透歌の友だちとしては、どうしても瑞原奏に肩入れしたい想いがある。たとえ彼女が幻や亡霊だろうと、それは同じだ。
(あの、ふざけた道化師がいれば、きっと同じようにしたんだろうな)
七城
瑞原
すぐに私は心を決めたけれど、一つだけ
「それは、斎王の――『瑞原
短い問いに、短い答えが返る。
「……『私』の、願いです」
それを聞いて、私も大きくうなずく。
「よし」
そこからは、早かった。
瑞原
バルドー帝の言うように、リートの呪いは詠み手に対しては通用しにくい。
その身に宿した呪いが護符となり、宿主を他の呪いの影響から遠ざけるせいだ。
(ならバルドー帝がしたように、私もリートの力を出来るだけ引き出さないと)
よく呪文の『詠唱』という概念があるが、なぜ詠唱という行為が必要なのか。
それは言葉に発すること、そのものに意味があるからだ。
より強く呪うには強い言葉が必要で、
プログラムとは正しく表さなければ、正しく発動しないものなのだ。
私はこの場の誰よりも自分の呪いに力を持たせるため、リートの詠唱を始めた。
「
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