【4-12】皇帝バルドーの同行
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昇降機が降りるのを待つ間、『私』マハ・ベクターは居心地の悪さを感じていた。
当初の
つまりうたかたの幻ながら、透歌に幸せな一夜の夢を見せる。
ただ、それだけのはずだったのに。
(なのに。なんで、こんなことに……?)
私と一緒に立っているのは、無言のまま目を伏せている
その『もう一人』こそが、私に居心地の悪さを与えていた。
「ふむ。ヌシと一緒に居るのは、いつ以来か。そう緊張するな、マハ・ベクター」
となりに立つバルドー皇帝――陛下が、そう言って私に声をかける。
酒臭い息が声と一緒に吹きかけられ、私は思わず身を引きそうになった。
「も、申し訳ありません。まさか陛下のお伴をするとは露ほども思わず」
そう言って私は身を縮こまらせるが、それは別に恐縮したからではない。
(酒くさい! 視線がやらしい! ムネもんでくるし態度もキモい!)
――以上、私の心の声。
ただし、この心の声をウッカリ言葉にした日には、即日わたしは打ち首確定だ。
なので懸命に愛想笑いをうかべつつ、私は陛下のセクハラに耐えるしかない。
「構わん、気楽にせよ。ワシは武人ゆえ、無用のしきたりや
(しきたりや
さっきから私のあちこちを触ってくる、このブヨブヨしたイヤな手!
きっと私が嫌がっても拒否できないことを知っていて、
「前より少しはムネも大きくなったか? 薬師なら栄養には気をつけているだろう」
「は、はい……」
「まあヌシの
イラッ。慎ましいは余計でしょ。
ブチギレそうになりながら私は我慢する。
今は発情したワンワンに全身を噛まれまくっているだけと、自分に言い聞かせる。
しかし陛下の次の言葉は、さすがに限界を超えていた。
「よし、決めたぞ。これが終わったらワシの寝所に来い。今夜はヌシを抱くと……」
「げっ」
やらかした。つい嫌悪が先立ち、「げっ」と口にしてしまった。
しかしタイミング良くそこで、横にたたずんでいた透歌が口を開いてくれた。
「陛下。このあとマハには、
「む」
ありがとう、
「もし
「いや……それなら今度で良い」
「かしこまりました」
さっさと話を収めると、また
バルドー帝も
(
――当然のように、私のお尻をなで回しながら。
「しかし、ヌシの言うことは本当か? 庭園に幽霊が出るという話だが」
「はい。薬草園に出入りする宮廷薬師たちの間では、もっぱらの噂でございます」
私は律儀に答えながら、内心でまた苛立ちを
(だから、なんで話を振りながら私の尻に触るのよ!)
このセクハラに耐えながら返事できる私って、我ながら偉いと思う。
折しも昇降機が降りてきたので、体よく陛下の手を逃げながら私は駆け込んだ。
最も目下の立場として、昇降機の操作を担当するという大義名分に感謝しながら。
(これ以上、好き勝手に触られてたまるかー!)
もちろん昇降機内でも礼儀正しく、操作パネルに半身になって側壁を背にする。
……というのはもちろん表向きの話で、本音はお尻を触られたくないからだ。
私が先に昇降機に入ると、陛下も柄を鳴らしながら乗り込んだ。
「まあ、本当だとしてワシの剣にかかれば、幽霊など一撃で粉みじんだがな!」
最後に透歌が入り、三人を乗せた昇降機が閉まる。
私がパネルを操作すると、静かな駆動音がして昇降機が動き出した。
ようやく陛下のセクハラが収まってくれたので、一息ついた私は話に戻る。
「私ども
「ふむ、かと言って
実際、この皇帝は武芸においては並び立つ者が無いと評判だ。
しかも本人の自慢でもあるから、ユーレイ退治の話を聞くやすぐに飛び乗ってきた。
……その結果、私はこうして針のムシロ状態なのだけど。
「申し訳ありません。本当かも怪しい話で、お耳汚しとは思いましたが、今日は斎王さまも一緒に行きたいそうなので、安全を期すために」
「いや、構わん。最近はワシに挑む勇気のある近衛も現れず、腕がなまって困っていたところだ。それに、ふふ……幽霊と戦えるなど、面白いではないか。血が騒ぐ」
若い頃から一流の武人として鳴らし、戦場では76回の一騎打ちで生涯無敗。
――と伝わるほどだから、きっと恐ろしく強い。
こんなに肥え太ったジジイなのに、どうやって勝ってきたのかは気になるけど。
(でも、陛下を連れ出して奏はどうする気なんだろ)
昇降機が最上階で止まっていたから、空中庭園には先に誰かが来ている。
きっと
(
それは「皇帝バルドーに幽霊の噂話をして、庭園に連れ出して欲しい」だった。
ただの話だけなら無害に思えたし、その要望を私は引き受けた。
(だから今夜、
今夜の本来の目的と、まるで違う頼みなのが気になった。
奏は帝国を恨んでそうだから、まさか暗殺するつもりとか。
ありそう。奥さんの仇とか何とか言って。
あれ? もし、そうだとしたら、じつは私とんでもないことをしてるんじゃ?
(え、まさか。どうすんのよマハ、今から作り話でしたなんて、言えないわよ!?)
そりゃこんな嫌悪感しか感じない皇帝、居ない方が助かると言えばそうだけど。
でも一国の主だし、この人の武力に帝国が助けられてるのも事実なわけで。
皇太子も定まってないし、本当に暗殺されたら、国内が大混乱になるのは確実。
そうなれば、もちろん陛下を連れ出した私は責任を取らされるわけで――。
(暗殺が失敗しても、関わった私は打ち首だろうし、私これ詰んでる??)
一度イヤな妄想が募りだすと止まらないもので、急に心が落ち着かなくなる。
私が冷や汗を出してそわそわしているうち、ついに昇降機が最上階に到着した。
陛下と透歌に続いて私も降りると、私たちは空中庭園へと向かう。
祈ることは、ただひとつ。
(神様、仏様、
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