【4-11】庭園にて復讐の時を待つ

「――なんだと?」


(今だ、『さかかぜ』――――!)


 問いかけを理解した守衛しゅえいが顔色を変えた瞬間、俺は呪歌リートを発動させた。

 すると守衛しゅえいは戸惑った仕草を見せると、仕方なさそうに自分の腰に手を回す。


「……まあ、夜に娘ひとりで出歩くと、何が起きるか分からんからな。仕方ない、持っていけ。ただし、ちゃんと返すんだぞ」

「もちろんです」


 俺は顔をほころばせると、守衛しゅえいが帯びていた銃とサーベルを受け取った。

 守衛しゅえいに愛想良く別れを告げ、玄関から中へと入る。


 建物の内面は、磨き抜かれた石材のような壮麗な材質で出来ていた。

 歩くだけでコツ、コツと靴音が一面に響き、聖域のような清澄さすら感じる。


 すぐに昇降機は見つかった。


「これか。屋上と言っていたな」

「うんうん。40を押して扉が開いたら、後はそれに乗り込むだけー」


 アーテイ氏の事前の偵察のおかげで、操作には苦労しない。

 手際よく操作を進めると昇降機に乗り込み、最上階へと上がる。

 その間、少し時間があったので、俺は受け取った武器の確認をした。


「サーベルのくせに重いな? いや、男なら片手でも持てるのか」


 ひ弱な少女の腕だと、やけにサーベルが重く感じてしまう。

 仕方ないので、俺はサーベルを両手で扱うことにした。


「銃は装填されている。腐っても宮内兵くないへいということか」


 帝国兵で銃を持てる者は少ないが、宮内くないの警護には支給されている。

 これも予定通りだった。


「しかし弾の替えはないから、ムダ撃ちは出来んな……」


 やがて最上階に到着したので、昇降機を降りる。

 降りたところは天井に照明がつくだけの、殺風景な空間だった。

 しかし出口らしき清麗な装飾をした扉があったので、その扉を開く。

 すると視界一面に、煌びやかにライトアップされた庭園が姿を見せた。


「これが空中庭園か。ふん……」


 屋上の敷地に作られた洋風庭園はよく整えられており、その贅美さは今まで見てきたどの庭園よりも、気品を漂わせるものだった。

 建物の構造に合わせた半月形の庭園は、弧状となった外縁部からはキネレット湖を展望できるようになっている。一方で陸地側の領域には出入り口のほかにも、訪れた者が憩いのひとときを過ごせるよう、ベンチや椅子が置かれ、雨をしのげるガゼボ――西洋風のあずまやも作られていた。


「……気取った造りだな」


 気に食わん、と言いたかったが、その言葉は口に出せなかった。

 そんな些細ささいなイヤミすら封じるほどに、この禁足地きんそくちは美しかったのだ。


「足下もライトアップされているから、夜でも歩くのに困らないのは助かる」


 薬草園のある一角を目指す。

 ときおり吹く湖上を渡る風に乗って、優しい花の香りが流れてきた。

 いつ訪れても楽しめるように、四季折々の草花を工夫して配置しているようだ。


「……ここか。確かに瑞原に咲く花と同じだな」


 薬草園とされる区画には、他の草花に混じって、見覚えのある花が咲いていた。

 幻覚花。この淡紅色たんこうしょくに染まる花が見せる幻覚は、天使すら酩酊すると言われる。

 ゆえに付いた名が『天使の散瞳さんどう』。

 古来より降霊術や幻視に使われてきた、用法を誤れば毒ともなる花だ。


「さて。ここからだと場所は……うん、あそこが良いな」


 薬草園から周囲をぐるり見渡し、計画にふさわしい位置を見繕う。

 少しばかり下準備を仕込んでおけば、事は上手く運べそうだ。


「あとは役者が揃うのを待ち受けるだけ、か」


 サーベルは道化の仮面と一緒に帯刀し、銃はいつでも撃てるように手に握る。

 じきマハたちが来る。マハ、姉上、そして予定通りなら皇帝バルドーも――。


(さあ皇帝、早く来い。早く――瑞原かなでが10年の復讐をくれてやる……!)


 胸の底で『彼女』も、その時を心待ちにしているのを感じる。

 狂おしいまでの高揚が、愛おしいほどの憎悪がたかぶっていく。

 積もり積もった歳月のくら怨讐おんしゅう。その想いをぶつける瞬間は、もう近い――。

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