【4-10】天空庭園への侵入準備

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 マハから連絡が来るまでの十日間、俺は計画の下準備ばかりしていた。

 不可視の言霊ことだまアーテイ氏を使い、空中庭園の見取り図を作る。

 庭園周辺の警備や整備に関わる状況を調べ上げ、不慮ふりょの事態の対策を用意する。

 呪歌リートを駆使し、真実と嘘を操り、ときに姿を変えれば、これくらいは出来た。


「……さて。いよいよだな」


 マハから連絡が来ると皇帝の予定を調べ、都合が良い日を指定する。

 皇帝も姉上も日中は行事が多く、都合が合う日は少なかったが、何とかなった。


 そして当日。

 支度を終えた俺が鏡に自分を映していると、見ていたアーテイ氏が感心した。


「うわあ……どっからどう見ても、美少女の薬師さんだ……中身は違うけど」

かなでは、あの姉上の妹だ。着飾ればこれくらい当然だ。それにしても俺は美しいな」

「口を開けばガッカリ少女……」

「一言おおい」


 宿屋の鏡に映った俺は、年頃の美少女の容貌で、マハとよく似た服を着ている。

 その可憐さと来たら、当の本人である俺すら惚れてしまいそうだ。

 ……もっとも、この姿は瑞原かなで――俺の亡き妻の格好なので、当然ではあった。


「だが……確かに口を開けばバレるのでは、問題だな」


 声は瑞原かなでのものとはいえ、このままでは口調で怪しまれる。

 思い直した俺は襟を正すと、できるだけおしとやかな少女を装うことにした。

 瀟洒しょうしゃなスカートをひるがえし、穏やかな笑みをたたえながら、俺は鏡に話しかける。


「……ごきげんよう。今日も良いお天気ですわね。庭園の草花も喜んでいますわ」

「うええ……www」

「ええい、笑うな!」

「だってぇwww」

 

 試しに少女らしい口調で、それっぽく振る舞ってみる。

 机に腰掛けたアーテイ氏が、そんな俺を見て腹を抱えながら笑いころげた。

 氏は文字通り抱腹ほうふく絶倒ぜっとうの様子で、涙を流しながら机をパシパシ叩いて笑っている。


(――むう、こんなはずかしめを受けたのは人生で初めてかもしれん)


 とはいえ、練習しないとボロが出る。

 横でゲラゲラ笑うアーテイ氏は無視することにして、俺は少女らしく振る舞った。


「皇帝陛下、どうぞこちらに。陛下が治める帝都が一望できる、素敵な景観ですわ」

「wwwwww」

「ねえマハ、薬草園はどちらかしら? ああ、この花よ。瑞原でも見かけたわ」

「wwwwww」

「姉上、やっと会えました。本当に嬉しい。この日を、どんなに夢見ていたことか」

「wwwwww」

「くっ…………えーーーーい、やめだやめ!!!! 何とかなるしせばる!!」


 無視するつもりでいたが、氏の大笑いがうっとうしくて仕方ない。

 コイツが不思議存在でなければ、今ごろゴミ箱に投げ込んで放り捨てていたのに。


「えええ……もっと練習しようよ~~www」

「お前、ゼッタイ面白いから見たいだけだろ!」

「あ、バレました?」


 まあ実際のところ、何とかなる自信はあった。

 道化師を生業とする以上、別の人格になりすますことには慣れているからだ。


「くそっ、もう行くぞ! あまりモタモタしていると、すべての計画が狂う」


 俺は氏に告げると机にある革製のベルトポーチを取り、王宮に向かうことにした。

 ファッションや携行品については、マハの容姿を参考にしている。

 本物の宮廷薬師を参考にすれば間違いなかろう――という判断によるものだった。


 外に出ると、すでに辺りは夜の暗幕に覆われていた。

 ときおり雲間から現れた月明かりが道を照らす中、俺は王宮へと向かう。


 王宮城門に到着すると警備の誰何に対し、俺は手にした手帳を示す。

 すると警備の兵は手帳を遠目で確認しただけで、簡単に俺を通してしまった。

 俺が労せず城門を通り抜けたのを見て、アーテイ氏が不思議そうに訊ねる。


「ねえねえ、今フリーパスだったけど、何で?」

「マハから借りた、この宮廷薬師用の身分手帳を見せたからさ」


 俺は答えると、先ほどの手帳を見せる。

 手帳の表紙には朱泉国の紋章が描かれ、中身はマハの身分を保証していた。


「それだけ?」

「……後は警備がチェックしようとするタイミングに合わせ、呪歌リートを使った」


 他人のものなので、当然のことながら精査されるとまずい。

 だから警備が「中身を照合したい」と考えるだろうと読み、逆手に取った。


「ふぅん、その手帳はマハから盗んだの?」

「いや、今日だけということで約束して、普通に借りたものだ」


 いつもいつも、裏技めいた手口ばかりと思われては困る。

 そもそもマハは、瑞原かなでの夫だった俺の協力に、メリットを感じている。

 だから俺の要求に対しては、最大限の便宜べんぎはかるしかないのだ。


「なるほどねー。でもそれじゃ、どうやってマハは宮廷に入るの?」

「アイツは姉上と一緒に来るから、自分の身分証は必要ないと言っていた」

「え、どゆこと?」

「つまり斎王の付き人なら、身分の証明など必要ないのだろう」


 要は『斎王』という地位の人物は、それだけ信用される貴人というわけだ。


「さて。予定通りなら、マハと姉上が来るまで後30分ほどだな」


 二人が来るまでに、俺は庭園で準備をせねばならない。

 事前にアーテイ氏が教えてくれた知識を頼りに、俺は庭園のある区画へと急ぐ。

 城門内は方々にあかりがともっているので、夜でもそう迷子になることはなかった。


 王宮には入らず、街路になっている中庭を、キネレット湖沿いにしばらく歩く。

 やがて偵察したアーテイ氏が報告したように、湖畔こはんに巨大な建物が見えてきた。

 俺は建物を見上げると、感心したようにつぶやく。


「高層建築物か。前文明の遺物としては最大規模だな」


 湖に向けて半円状に築かれた、40階はある巨大なビル。

 月明かりが差しても全貌ぜんぼうは暗くて掴めないが、それだけは分かった。

 俺を先導していたアーテイ氏が、街路の先で声を挙げる。


「空中庭園の入口は、こっちー!」


 アーテイ氏の指示に従い、俺は建物の入口へと回る。

 大きく開いた正面玄関口に、暇そうな男の守衛しゅえいが1人で立っていた。


「お前の情報通りだな」

「でしょ、あてぃし優秀! 褒めて褒めて!」


 さて。入るだけなら薬師の身分を利用すれば簡単だが、この守衛しゅえいには用がある。

 俺は堂々と姿を見せると、あくびをしていた守衛に話しかけた。


「お仕事ごくろうさまです。今夜は良い月ですね」

「誰だ、お前は?」

「新参者の薬師です。斎王さまの命で、庭園にある薬草を採取しに参りました」


 そう言って朗らかに笑むと、例の手帳を取り出して見せる。

 すると、よほど気が緩んでいるのか、守衛しゅえいは表紙を見ただけで笑顔になった。


「なんだ、嬢ちゃんも夜なのにご苦労なことだな。庭園は屋上だ。中に入ってまっすぐ進めば昇降機があるから、それを使うんだ」

「ありがとうございます。それともう一つ、お願いがあるのですが……」


 そう言うと俺は、少女になった華奢きゃしゃな手をスッと守衛に差しのばす。

 さあ。復讐劇の開幕と行こうか。

 守衛しゅえいの兵士が俺の申し出に、怪訝けげんな顔をした。


「どうした」

「――その腰に提げている武器を、私に貸してもらえませんか?」

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