【4-09】帝国バンザイ!

 滔々とうとうと語られる斎王の言葉に、群衆はみな大人しく耳を傾けている。

 以前の黒主の演説と異なる反応なのは、語り部の人品の違いによるものだろう。

 それに紡がれた言葉の内容も興味深く、俺は話に引き戻されてしまった。


「ドラゴン・リート、竜咒りゅうじゅ……? それがリートの、本来の呼び名か」

「うんうん。さすが斎王なだけあって、透歌とうかは詳しいみたいだね」


 つぶやくと、脇からアーテイ氏が相づちを打ってきた。


「なぜ、奥嵯峨おくさがで検証していたとき教えなかった」

「べつに名前なんて伝われば何でもいいっしょ。『呪歌リート』で十分じゃん」

「それはそうだが……」


 俺にとって呪歌リートに関することは、未知の知識だ。

 その知識の基礎が中途半端だと、いつか足下をすくわれかねない。

 しかしアーテイ氏はそんな懸念を気にする風でもなく、好き勝手に飛び回ると。


「でも透歌とうかって変だよねー? 斎王って、朱泉国を守る巫女さんのことでしょ」


 と、疑問を口にした。


「ああ。それがどうした?」

「瑞原にいた頃って、確か透歌とうかは里長の娘だったんだよね?」

「ああ」

「それに子供の頃から里を守る巫女さんで、みんなにも大切にされてたって」

「……ああ」

「それが、なんで皇帝ちゃんと一緒なの? 瑞原は皇帝ちゃんに逆らった悪いヤツらで、だから皆殺しになったんでしょ? 里長の娘なんて、真っ先に殺されそうな」


 アーテイ氏の無邪気な質問はもっともで、その答えは俺も知らない。

 ただ、幾つかの推測なら立てられた。


「前提が違ったのかもな。つまり実は反逆ではなく、別の理由で襲われた」

「ほえ、別の理由?」

「例えばだ。本当の目的は姉上で、手放さない里がジャマで滅ぼした――とか」

「え、それホント!? 何で? 美人さんだったから?」


 アーテイが質問攻めにしてくるが、あまり瑞原の件は周りには聞かれたくない。

 俺が説明に困っていると、偶然にも周囲の民衆が勝手に言い出してくれた。


透歌とうかさまが言われるなら、本当に呪歌リートの話も信じていいんじゃないか」

「まだ若いのに真実をよく見通せる上、いつも控えめと大層な評判らしい」

「ああ。帝国を守る斎王として、あれほど素晴らしい能力を持つ人は過去にいない」

「皇帝陛下も、よくあんな立派な方を見つけてきたものだ」

透歌とうかさまが斎王の占いを始めてから、我が国の軍は連戦連勝だとか」

「我が国の、陛下のやることに、間違いはないのだ!」


 答える必要もなくなり、俺は苦笑して目を閉じた。

 キョロキョロと見回していたアーテイも察したのか、ふんふんとうなずく。


「なるほどねー。透歌の能力が目当てだったと」

「……例えばの話、さ」


 里で大切にされていたのも、思えば姉上の能力が理由だったのかもしれない。

 だが――だとしても、故郷を滅ぼされた姉上が帝国に仕える義理は無い。

 姉上にとっても帝国は敵だろうし、協力する理由は無いはずだった。


(なのに今こうして斎王として、帝国の繁栄に協力する理由は――?)


 俺がその理由を推理しようとしたところで、辺りの聴衆が急に歓声を上げた。


「万歳! 万歳!」 「皇帝陛下、万歳!!」 「朱泉国しゅぜんこく、万歳!!」


 帝国を守護する真実の巫女――『斎王』の透歌がリートの存在を語ったことで、ようやく大衆も信じる気になったようだ。戸惑いがちだった雰囲気が、一気に喜色満面に染まった。


「先日おきた西での戦いにも、我が国は大勝したそうだ!」

「バルドー・シュゼン陛下、万々歳!」

「斎王透歌とうかさま、万歳!」

「ついでに黒主さまも万歳!」


 その狂喜が伝染したのか、ついには鳥もさえずり犬猫までも駆け回る始末。

 喜びにあふれ返る大通りの中、ひとり俺だけが心を沈めていく。


(――そうさ。こいつらにとっては、これが真実なんだ)


 帝国の住人にとって、皇帝は統治者で強力なリーダー。

 黒主はふざけているが憎めない大臣であり、瑞原透歌は帝国を守護する巫女。

 そして瑞原の里は体制に刃向かった、平和を乱す憎むべき悪党。

 彼らの中で世界の正邪は、こう既に定まっているのだ。


 分かっていた。分かっていた。

 もし敵手が民に歓迎されない悪の帝王なら、どんなに気分が楽なことか。

 敵は人外の魔物で討つべき脅威だと、そう決まっていれば楽なことか。


 だが、そんな世界は幼子おさなごをあやすためのファンタジーだけ。

 現実はこう。善良な老人も、無邪気な子供も、ときに敵となってしまう。


 民衆の反応に満足したかのように、街角の映像が消えていく。

 しかし人々は皇帝たちが消えてなお、大空に向かって万歳を続けていた。


 とどろく合唱に囲まれるうち、俺の心に不快な感情が強まっていく。

 暴発しそうになる怒りの渦。ユズの実を握る手が強く、強くなっていく。

 

 ああ、うるさい。うるさいぞ。

 そんなにヤツらが素晴らしいなら、お前らすべて敵でいい。


 舌打ちする。

 どうやらここは、俺が長居すべき場所ではないようだ。

 これ以上、この場にいると息が詰まりそうで。

 俺は苦い顔をして、まだ飛び回っている不可視の言霊に短く告げた。


「……行くぞ、アーテイ」


 返事も待たず、きびすを返す。


(だが、それももうすぐだ)


 こんな狂った世界も、もうすぐ俺が終わらせてやる。


(待っていろ、皇帝)


 暗い決意を心に秘めながら、俺はひっそりとその場を立ち去ることにした。

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