【4-07】奏、何か思いつく

 俺の言葉を耳にしたマハが、ようやく枕から顔を上げた。


「どういうこと?」

「さっき、瑞原には幻覚を見せる花があるって言っただろう。そこに透歌とうかを連れていって、瑞原かなでの幻影を見せるのさ。要はお前は透歌とうかを妹に会わせたいのだろう?」

「うん……でも透歌は斎王の務めがあるし、帝都を離れられないから」

「瑞原には行けない……か。花を運ぶとなると、あまり効果も期待できんな」


 実のところ、俺は本当に幻覚の花を使うつもりはない。

 確かに巫術師ふじゅつしが死者との対話と称して使う花だが、所詮はうたかたの幻。

 もし姉上が幻覚と気づけば、却って心の傷は深まりかねない。


(本当の狙いは幻覚と見せかけ、俺が変身して現れるつもりだったのだが)


 しかし肝心の姉上が帝都を離れられないなら、このプランは使えない。


(さて、どうしたものかな)


 俺が思案を巡らせていると、ふとマハが思いついたように声を明るくした。


「でも、帝都にもあるよ。幻覚を見せる花」

「ほう。初耳だな。いったいどこだ?」

「王宮の、空中庭園。薬草園があって、そこで見かけたことがある」

「思いっきり宮中ではないか。そんなところに入れるのか?」

「確かに禁足地だけど、私は薬師だから薬草園に入っても問題ないよ」


(それだとお前にとっては問題ないが、こっちにとっては本末転倒なんだ)


 幻覚の花はフェイクであって、本命は本物の瑞原かなでと会わせること。

 宮中の庭園では、薬師のマハや斎王の透歌とうかは入れても、庶民の俺は入れない。

 そうなると当然のこと、瑞原かなでが登場できないわけで――?


「――――いや、待てよ。なるほど」


 名案を思いついた。それならそれで、方策ならあるではないか。

 この方法なら、すべてが噛み合いそうだ。

 俺は愁眉しゅうびを開くと、声を弾ませた。


「その空中庭園の場所を教えてくれ、俺も一緒に行く」

「はあ!? アンタ、人の話を聞いてたの? 庭園は禁足地きんそくちなんだから」


 マハが噛みついてくるが、ここは譲れない。

 すべての問題を一挙に解決するには、俺がその庭園に入らねば始まらない。


「いいから教えろ。あとは透歌とうかを連れていくときは、俺にも連絡をよこせ」

「なんでよ!」

「ちょっとしたサプライズがあってな。その方が透歌とうかも間違いなく喜ぶ」

「…………っ、ホントでしょうね!?」


 透歌とうかが喜ぶという言葉を聞いた瞬間、マハの態度が軟化した。

 どうやら自分のケガでストレスをかけたことを、かなり気に病んでいるな。

 人の感情を利用するのは気を引けるが、こっちにとっては好都合だ。


「もちろんだ。俺の宿はここだ、そっちの連絡先も教えろ」


 そう言って宿の情報を記した紙片を渡す。

 受け取ったマハも当惑顔ながら、サラサラとメモを書くと渡してくれた。

 まだ半信半疑といった様子だが、とりあえず納得してくれたようだ。


「なんか怪しいけど、分かったわ。かなでが関係者なのは本当だろうし、信じる」

「決まりだな。それから身の回りのモノはもう片付けとけ、退院できんだろ」


 桜の木から下りる準備をしながら、話を切り上げる。

 この際なので、もののついでと病室を見て気づいたことも忠告してやる。


「退院は明後日なんだけど……」

「……だからって、テーブルの上にブラを放り投げとくヤツがあるか。露出狂か?」


 わざわざ辱めないよう、別の理由を持ち出したことにマハが気づかないので、面倒くさくなった俺は正面から言ってやった。


 バッと慌てて目を戻したマハが、雑に投げ置かれたピンクの下着を見つける。

 彼女の顔が、みるみる朱くなると。


「さっさと、帰れ~~~~~~~っ!!!!!!!!」


 ものすごい絶叫と共に、抱え込んでいた備品を次々に投げつけてきた。


「ぐおぅんっ!?」


 普通に木から降りようと身をよじっていた俺に、その猛攻を避ける術など無かった。

 何かが後頭部に命中して、あっけなく俺は地上へと転落してしまう。


「二度と来んな! この性悪変態道化師!!」


 身を起こして見上げたときには、そう叫んだマハが窓を勢いよく閉めていた。


「いたた…………俺が性悪、か」


 おそらくアイツは俺の思惑など気づいてないだろうに、よく言ったものだ。

 きっと彼女は、俺が単に瑞原の姉妹を再会させるだけと信じただろうが、こっちは再会だけで済ませるつもりなんて無い。


「はっはっは、マハさんなかなか鋭いな。その通りだぞ」


 無情に閉ざされた窓を見上げながら、俺は思わず苦笑するのだった。

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