【4-06】マハとの再会と、透歌の心痛

 その言葉を聞いて、ようやくマハも怒りの矛を収めてくれたようだ。

 呼吸を整えるようにマハはため息をつくと、短くつぶやく。


「……そう」

「俺のことを、よく知っていた。お前が、話したのか?」

「瑞原で言ったよね。私は透歌とうかに頼まれて呪歌リートの回収に来たって。かなでは私にかなり関わったから、戻って報告するときに話題に出るのは当然でしょ」

「なら、なぜ急に俺の前から姿を消した? 呪歌リートの回収が済んで、俺と一緒に居る必要もなくなったからか?」

「そういうわけじゃ、ないけど……」


 マハが言いよどむ。目の包帯をさすりながら、何やら考えている様子だ。


「……まあ、言いたくないなら、それはいいさ。それより俺が知りたいのは、あね――瑞原透歌とうかのことだ。帝都の巫女という職なら安全と思っていたが、違うのか?」


 俺がたずねると、言葉の裏を読んだようにマハも顔をくもらせた。


「何か、あったの?」

「俺に会いに闇市場に来たが、その際あやうく事故に遭うところだった。どうやら黒主の仕業らしいが、ヤツに命を狙われてるのか?」


 俺が先ほど起きた出来事を教えると、苦い顔を浮かべてマハが答えた。


透歌とうかも黒主も、100の呪歌リートを集めてるからね。今はまだ表だって対立とかはしてないけど、お互いに競争相手なのよ」

「なるほどな。そしてお前は、透歌の側で集めている――と」

「そう、なるのかな」


 おおよその関係は掴めた。

 つまるところが、帝国内部の内部抗争みたいなものか。


「では、もうひとつ。瑞原透歌とうかは病気なのか? 妙にき込んでいたが」


 こちらの質問は、単純に姉上の身を気遣ってのこと。

 宮廷薬師として出入りしているマハなら、この手の事情は知っているだろう。


「そう、ね…………」

「患者の病状については教えられない、と?」


 曖昧な態度のマハを見て察するが、しばらく彼女は考え込むと、首を振った。


「……ううん、やっぱり教える。透歌とうかは別に身体は悪くしてない。ただ――色々と症状は出ている。胸痛、背痛、喘息ぜんそく。こんなところね」

「症状が出ているのに、身体は悪くない? どういうことだ」


 確かに市場での姉上は、胸を押さえたりもしていた。

 だから単なる風邪以外に別の病気も疑ったのだが、マハは身体は悪くないと言う。


「透歌が病んでいるのは、身体じゃない、たぶん心の痛み。帝都と民を守る役目に対する重責と、黒主のような奸臣かんしんに対する負荷。つまりストレスね。それに私がケガして帰ってきたことでも、自分を責めていたし」


 そう明かしたマハの表情は、やはり冴えない。

 姉上がマハのケガに責任を感じているように、マハも自分のせいで心の負担を加えたことに、責任を感じている様子だった。


「心の痛みということは、そう症状は重くないのか?」

「めったに口に出さないけど、かなり苦しんでる。呼吸だけでも痛むみたい。その苦しみを周りに隠すために、『悲しみの涙が出なくなる薬』なんて求めているし」

「そんな薬があるのか」

「あるよ。でも、あまり良い薬じゃない。典薬寮てんやくりょうおさも、出したがらない。だって涙が出なくなるだけで……心が泣かなくなるわけじゃ、ないから……」


 つらそうに語るマハの話を聞くと、こちらまで胸がしめつけられそうだ。

 一人で市場に現れた、姉上の目的を思い出す。


 『「あなたの妻に――――瑞原奏に、会わせてくれませんか」』


 黒主が言うように、斎王は巫女という立場上、俗世との関わりは慎むべき存在だ。

 庶民の闇市場を訪れ、あまつさえ旅の道化師と話すなど、不自然きわまりない。

 裏を返せば姉上にとって今日の来訪は、それほど大切な目的だったわけで――。


「ねえ、かなで


 押し黙った俺に、言いにくそうにマハが話しかけてきた。


「私ね、実は瑞原の里で会ったんだ。あなたの奥さん……『瑞原かなで』に」

「!!」


 その言葉を聞いた俺は、思わず枝から足を踏み外しそうになる。


(なるほど、あのときか)


 すぐに察した。

 瑞原の里で、俺は一度『瑞原かなで』の姿に変身している。

 しかも『彼女』の故郷で変身したせいか、あの後しばらくの記憶が無い。

 前後の状況を考えると、人格ごと『瑞原かなで』と交代していた可能性があった。


(失敗したな。そんな状態でマハと会っていたとは)


 だから姉上は、「瑞原かなでに会いたい」と申し出たのか。

 マハにとって『瑞原かなで』とは昔話に出た故人の名ではなく、実際に会った人物で。

 その話を聞けば、姉上が会いたいと考えるのも、自然なことだった。


 マハと『瑞原かなで』が会って、何が起きたのかは分からない。

 しかしマハが俺の前から姿を消したのは、あの時点からだ。


(まずいな。かなでが余計なことを話してなければ良いが)


 幸いなことにマハの口ぶりは、二人が同一人物なことには気づいていない。

 だったら別人のフリを貫けば、上手くごまかせそうだ。


「――幽霊でも見たのか? それとも幻覚かな? 瑞原には幻覚花もあるからな」

「ちっ、違うし! ホントに会ったもん! それで私、崖から落ちて……」


 平静を装ってとぼけると、マハが色をなして突っかかってきた。


「崖から落ちた? まさか、それでケガしたのか」

「そうじゃなくて、この傷はあの子に……!」

「気の毒に、落ちたショックで記憶が混乱したか。故人と会えるわけないだろう?」


 俺は苦笑しながら、着々と彼女の記憶違いに仕立てていく。

 幻覚あつかいされて恥ずかしいのか、それとも信じてもらえなくて悔しいのか。

 いきなりマハは手元の枕に顔をうずめると、何度もその枕をポンポン殴りつけた。


「違うもん、嘘じゃないもん! う~~~~~~~~っ!!」


 その仕草だけ見ると、なかなかに愛らしい。

 俺はクスリと笑うと、またしても嘘つきのレッテルを貼られた可哀想な宮廷薬師に、ささやかなフォローをしてやることにした。


「分かってるよ……でも、会ったんだろ?」

「……………………うん」


 枕に八つ当たりしていたマハが、それで大人しくなった。

 そのまま枕に顔を埋めている彼女が、いっそう可愛らしく思えてくる。


「だから透歌とうかと会わせれば喜ぶと、心の痛みも治るかもと、そう思ったんだろ?」

「……………………うん」


(やっぱり、な。あの話の切り出し方からして、そんな気はしていたが)


 生き別れの妹と再会させることで、友人の苦しみがやわらぎますように――。

 そんな祈りを込めて、マハは瑞原かなでの話をしたのだろう。

 彼女なりに姉上を気遣きづかってくれていたと知り、俺はその気持ちに応えたくなった。


「だったら、幻覚でもいいなら――姉上に会わせようか? 瑞原かなでを」

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