【4-05】マハさん、見舞いに来たぞ

 近江おうみ勧学館かんがくかん病院。

 帝都ていとの東のキネレット湖とは逆方向、西のれいざんふもとにあるかんせいな病院。

 すぐとなりには大きな神社が建っていて、辺りは林におおわれている。

 神社の景観をねて植樹されたのか、桜やかえでの木が特に目についた。


「く……まさかマハに面会をきょされるとは……!」


 ことだまアーテイ氏の案内でやってきたおれは、その病院の前でくしていた。

 深秋の紅葉がる中、おれは二階建ての洋館を見上げる。


「いやーかなで、あの子にきらわれちゃった? きらわれるようなことした?」

「やかましい」


 からかうアーテイ氏をだまらせながら、一方でおれは心当たりを探す。


きらわれる心当たり……うむ、山ほどあるな!)


 まず変身しておそおうとたくらんだ、言いくるめてハダカで男湯にもとつにゅうさせた。

 みずはらではこいびとの誤解を解かず、それどころかマハの口をだまらせた。

 だいたい口げんかもしたし、何度もあおったりもした。


「……はっはっは。これは自業自得じごうじとくアンド因果応報というものだな」


 思わず、かわいた笑いが出てしまう。

 マハの態度が変わらなかっただけで、実はかなり悪印象を重ねていたようだ。

 その結果がこの面会きょとなれば、身から出たさびとしか言うほか無い。


「じとー」

「な、なんだいアーテイ氏。そんなさげすむ目をしなくたっていいじゃあないか」

「この女泣かせ」


 ワケの分からん悪口が飛んできた。

 それはさておき、このままで引き下がるわけにはいかない。

 姉上やきゅうていつながりを築くには、あの女を利用するのが一番なんだ。


「アーテイ氏、マハの病室は分かるか」

「まかせんしゃい! こっちっす!」


 そう言うとアーテイ氏は裏庭側へとおれを招き、二階の一室を指さした。

 窓のおくはレースのカーテンで様子はうかがえず、もちろんマハの姿も見えない。


「なるほど、二階……ふむ」

「あ、かなでワルい顔してる」


 本人に面会をきょされたなら、仕方ないな。

 あきらめる気のサラサラ無いおれは、すぐに別の方法を採ることにした。


「よし。これくらいのえだりなら、折れる心配はないな!」


 裏庭のしきないにある桜の木に近づくと、その幹を登り始める。

 こういうときどうぎょうきたえた身体だと、身軽で実に都合が良い。


「マハの病室は、あそこか。うーん、ちょうど高さの合う枝は無いな」


 できれば窓の高さに合った枝がしかったが、さすがにそうくは運ばない。

 仕方なくおれは二階より少し高い枝を伝い、スルスルと病室の窓の前まで進む。


「……居るな」


 耳をますと、窓の中から少女の声が聞こえる。

 確かにマハの声だった。


「あさって退院かあ。この部屋からは紅葉も見えるし、気に入ってたんだけどな」


 心待ちにしてるような、それでいてごりしげな、そんな声。

 だれの返事が返ることもないので、たぶん独り言なのだろう。

 窓の前で聞いていたおれは、そのへいおんへいぼんな独り言に思わずしょうする。


「ふっ、これは好都合。待ってろマハさん、いま白馬の王子がむかえに行ってやるぞ」

「お呼びでない王子サマだけどね……」


 アーテイ氏のツッコミを無視して、おれはマハを呼び出すことにした。

 空中ブランコの要領で枝に両足をけると、そこから逆さにぶら下がる。

 ちょうど良い高さに二階の窓ガラスが来てくれたので、おれせきばらいした。


「コホン……うむ、ここは紳士的しんしてきにノックするか」

しんぬすきもしないと思うけれど……」


 こんこん、こん。

 紳士的しんしてきに窓ガラスを指でノックすると、すぐに中の人物が気づいた。


「だれ……? え、窓? 鳥かな……」


 鳥がそんなリズム良くノックするか。

 おれは内心でツッコミを入れながらマハを待ったが、窓が開く様子はない。


(ええい、さっさと開けろ)


 待ちくたびれたおれは、いったん態勢をもどそうと身体を枝上にもどす。

 しかし枝の上にもどった、ちょうどそのとき。

 窓を開ける音がして、中から見覚えのある少女が顔をのぞかせた。


「やっぱり、何もいない、よね……?」


 菜の花のようなきんぱつ、ヘーゼルゴールド色のひとみ。そして細長く先がとがった耳。

 ちがいなくマハだが――顔をケガしたのか、右目をかくすように包帯を巻いている。

 おそらく、この包帯が入院の理由と関係してるのだろう。


 きょろきょろと窓の外を見回したマハは、首をかしげると窓を閉めようとした。


 おい待て、閉めんな。

 枝の上から見ていたおれあわてて、さっきの要領で枝に両足をけた。


(せっかくだし、ついでに楽しませてやるか)


 おれどうの仮面をかぶると、お化けしきゆうれいよろしく逆さまに登場する。


「――――――――わあ!!」

「ぎゃあ!!!!!!!!!」


 いきなり目の前に現れた逆さまのどうを見て、マハがせいだいに悲鳴を上げた。

 正直、わいらしい女の子なら、上げちゃいけない種のぜっきょうだろう。


「はっはっは、おれだよおれ――――って、あれ?」


 すぐに仮面を外してやるが、もう窓の前にマハさんの姿はない。

 よーく目をこらす。

 いた。部屋のすみっこまで退いて、引きつった顔でこっちを見ている。


「おいおい、そんなとこで何してるんだ。おれが来てることは聞いただろ」

「いきなりおどかさないでしょ! 胸がドキドキするでしょ!!!!」

「ははあ、さてはこいわずらいだな? ときめくと女の子はそうなるって聞いたぞ」

「そんなわけ、あるかーーーーっっっっ!!」


 おこった声と同時に、分厚い本が飛んできた。

 おれは顔面を正確にねらった本をヒラリとかわすと、空いた手でキャッチする。

 本のタイトルを見ると、『勅撰ちょくせん真本しんほん大同類だいどうるい聚方じゅほう』と書かれていた。

 なんだか難しそうな本だな。


「もしかするとおれが面会をきょされたのも、会うのがずかしかったからか?」

「どんなかいしゃくだ! 単に会いたくなかっただけよ!!」


 おれはキャッチした本を、ひょいっと病室のベッドに投げ返す。

 マハさんはもどってきた本を片手キャッチすると、かたおこらせ窓辺まで来て。


 ――バタン!


 なんと一言も発することなく、勢いよく窓を閉めてしまった。


「あれ……おーい、マハさーん」


 こんこんこん。こんこんこん。こんこんこんこん、こんこんこん……。


「……うっさい、うっさい、うっさいわー!!」


 しつようにガラスをノックしていると、根負けしたようにマハが再び窓を開けた。

 その手には、しっかりと先ほどの分厚い本がにぎられている。

 今度なにかおこらせたら、あの本で往復ビンタされそうだな。


「マハさんや……そんな分厚い本を投げつけるなんて、タチが悪いですよ?」

「窓から来るアンタの方が、よっぽどタチが悪いわーーーー!!!!」

「そうおこるな。血圧あがるぞ、にゅうさんきんとってますかあ?」


 ついしょうぶんでからかってやると、マハさんがギロリとこちらをにらみつけた。

 こわい。これ以上もてあそぶと、明後日には湖にかぶ水死体になりそうだ。


「……仕方ない。もうボケをかますのはやめて、つうに話をするか」

「最初っから、そうしなさいよ!! こっちはケガ人なんだから!」


 その反応を見てると再び遊びたくなったが、さすがに自制しよう。

 ずっと逆さで頭に血も上ってきたし、おれは枝上に身をもどすと態勢を整える。

 そうして身を正したところで、おれはおもむろに切り出した。


「じゃあ本題だ。さいおうに、みずはら透歌とうかに会った」

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