【4-04】復活の黒主と、奏の決意

 ――――こちらを向いた姉上が、顔色一つ変えず立っている姿だった。


「くっ…………!」


 無事な姿を見たしゅんかんおれしょうに腹が立った。

 すわっていたおれは起き上がると、落ちたポールの側でくす姉上へとる。


「どうしてけなかった!」


 あのしゅんかん

 姉上はおれの声に反応していたし、上から落ちる旗とポールも見ていたはずだ。

 けようと思えば、けられた。そんなタイミングだった。

 なのに姉上がけなかったことに、おれは腹が立ったのだ。


透歌とうかに当たるはず、無いから」


 冷たくかえる、よくようのない返事。

 表情も変えずに落ち着いた様子で決めつけた姉上に、おれは歯ぎしりする。


「そんなの、分からないだろう!」


 ったおれいかりにまかせ、姉上のかたつかんだ。

 万一のことがあれば、どうする。姉上の身に何かあれば、おれは――!


「当たらない。これはただのおどし。透歌とうかは余計なことをするな――という」


 しかし姉上は動じることなくたんたんと答えると、すっと視線を横にすべらせて。


「――けほっ。そうでしょう? じんかん黒主くろぬし


 と、みながら市場のざっとうに向けて呼びかけた。


「黒主!?」


 おどろいたおれも、その視線を追いかける。

 すると事故で混乱した市場の中から、一人の男が進み出てきた。


「やァやァ、これは透歌とうかサマ。ごげんうるわしゅうございマス……しかし身をつつしみ神域と交信すべきていさいおうともあろうお方が、とももつけずにおしのびで、こんなせんのたまり場に現れるというのは、ボクは感心しませんなア」


 いかにも白々しい口調で現れたのは、黒衣黒面の黒公卿くろくぎょうだった。

 まがまがしい金汞きんこうの混ざった銀髪ぎんぱつと、しゅの色の両眼と、黒いはだすみめのかりぎぬ

 ていこくじんかん、黒主。その独特のふうさいは、一度見れば忘れようもない。


(ヤツは確かに殺したはず。なのに生きていた――?)


 白い歯をしにした黒主が、ニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

 とはいえヤツはおれの存在に気づく様子はなく、その視線は姉上だけに向いている。


 ヤツは姉上の前にたおれた旗とポールをいちべつすると、さわぎをよそに耳穴をほじる。

 相変わらずの下品でそんな態度。

 しかし、そんな黒主を目にしても、姉上はたんたんと応じた。


「急な用でしたので」

「そんな危ないマネをするから、ほら、こうして事故にそうぐうするンだヨ。さいおうならさいおうらしく、ていを守る仕事だけに専念してしいネエ」


 皮肉めいた口調で、黒主が姉上をなじる。

 しかし姉上は顔色も変えず、少しせきをすると冷然と答えた。


透歌とうかやくは、朱泉国しゅぜんこくを守ること。『二重螺旋の竜神カドゥケウス』と交信することのみです」

「本当に分かってるゥ? 先日もそう言ってマハ・ベクターにリートを集めさせてたよネ。100のリート集めはボクの仕事なンだ。よこやりを入れないでくれないカナ。そのうちあの薬師のように、ケガをしても知らないヨ?」


 マハ・ベクターの名前が出たとき、かすかに姉上の表情に変化があった。

 それはきっとみずはら透歌とうかと関わりがあった家族でしか、気づけないさいな変化。

 それほどの――アメンボがねた泉のもんほどの、ささいなどうようだった。


「……けほっ、けほっ」


 また、姉上がせきをした。

 その左手を見ると、胸の辺りをさえつけている。

 さっきは旗の落下でがったつちぼこりんだと思ったが、様子がおかしい。


風邪かぜ――だろうか?)


 おれは心配したが、しかし姉上はすぐに面を正すと、変わらぬ調子で答える。


「ご忠告、いたみいります。黒主さまもせいに出るときはお気を付けて」

づかうれしいネエ。実際ボクも先日はせいに出て、ヘンな野犬にそうぐうしたけどサ」


 そう言うと黒主は、おれの方をいちべつした。

 しかしそれもつかのことで、すぐにヤツは視線を姉上の方へともどす。


(気づいてやがる。気づいて――それなのに無視していやがった)


 おれは舌打ちすると、黒主をにらみつけた。

 先日、おれは黒主と棄京ききょう御所ごしょで対決し、そのときにヤツを呪歌リートで従えた。

 しかし今はおれの顔を見ても従うりは見せず、まるで相手にしていない。


(つまり、呪歌リートの効果が切れている。時間の経過によるものか?)


 アーテイ氏の話が正しければ、呪歌リートけられるのは一人一回だけ。

 だとすると黒主に呪歌リートけることは、もう出来ない。

 おれとしては、この場はじょうきょうを見守ることしか出来なくなる。


「野犬……?」

「こっちの話サ。野犬のクセに呪歌リートを使う、おもしろくてヘンなヤツと出会ってネ。透歌とうか、キミも自分が飼っているメスねこのしつけには、せいぜい気をつけなヨ」


 そうして黒主と姉上が会話していると、どこからか一しろはとが飛んできた。

 しろはとはまるででんしょばとのように黒主のかたとどまると、その耳元にクチバシを寄せる。

 すると黒主が忘れ物を思い出したように、ポンと手を打った。


「おっと、ここで油を売ってる場合じゃない。透歌とうかこうてい陛下がお呼びだヨ。その呪歌リートの件で、ボクといっしょに来るようにだってサ。だから呼びに来たんだヨ」

「陛下が……?」


 こうていから呼ばれたと伝えられた姉上が、いぶかしげな顔をする。

 思い当たることがない、といった様子だ。

 しかしすぐにあきらめた顔をすると、姉上はみながら承知した。


「けほっ……分かりました」

だいじょうゥ? ボクが背中さすってあげようかい?」

「結構です。行きましょう」


 連れだって歩み出すさいおうじんかん

 黒主に同行する姉上だが、しかしヤツの白々しいづかいはピシャリとはね付ける。

 二人の貴人の先にいたやみいちの人々が、みなおそれるように道を開けていった。


「…………姉上」


 二人の姿を見送ったおれは、改めて自分の力不足を痛感した。

 姉上の求めに応じられず、黒主には軽く見られ、こうていめいひとつで連れ去られる。

 その現実は、ただ呪歌リートの力を手に入れた程度では、何も変わらなかった。


(ダメだ。やはり朱泉国しゅぜんこくこうていがいる限り、何も変わらない!)


 こうていの武力と権力さえ無くなれば。

 そうすればみずはらを堂々と名乗れるし、ていこくに姉を連れ去られることもないのに。


こうていさえ、居なくなれば……」


 おさえきれない敵意を思わず口にしてしまい、気づいたおれあわてて周りを見回す。

 幸いなことに市場はまださわぎが収まっておらず、おれの失言を聞く者はいなかった。

 おれは少し冷静さをもどすと、現状を打破する方法を考えはじめた。


「姉上を自由にしたい……その障害となる者は、すべてはいじょする……なんとかこうていに近づいて……呪歌リートを使う機会さえあれば……」


 こうていを始末できるチャンスがしい。

 その機会を見いだすためには、ヤツらのふところもぐむのが一番。

 おれが持つ手札の中で、宮中深くにもぐめそうなものと言えば――。


「そのためにはマハだ……きゅうてい薬師のアイツに取り入れれば……あるいはきゅうてい内をうかがえる……くすれば姉上とも話が出来るし、あわよくばこうていを……」


 今の状態から黒主やこうていに接近する、最も効率的な方法。

 それはすでえんのあるマハ・ベクターを利用するのが、一番のように思えた。


「かーなーでー!」


 かれたように考えをめぐらせていると、聞き慣れた声がした。

 声の方角を見ると、つい先ほど飛び立ったアーテイ氏が上空を飛んでいる。

 いかにも「あてぃし任務やりげました!」と言いたげなドヤ顔だ。

 どうやら氏は、早くも病院の場所をめたらしい。


きっきょう有卦うける――どうやら運気がめぐってきたようだな……!」


 いっかいどうにすぎないおれ呪歌リートという力を手に入れ、姉上と再会し、今度はこうしてきゅうていとのえんつかもうとしている。

 これもえんだろうか。めぐわせの運命が向いてきた――そう思う。

 おれはアーテイ氏の報告ですぐ動けるよう、急いでてんたたむ作業に入った。

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