【4-03】「瑞原奏に、会わせて」

 姉上の言葉が意味するところに、すぐにおれは気づいた。


(姉上は、マハと会っているな)


 マハ以外の他人に、みずはらかなでおれの妻だと話したことは無い。

 アーテイ氏だけは知っているが、コイツは不可視しんことだまだから例外。

 ならばみずはらで別れた後、マハが姉上とどこかで会ったと考えるべきだろう。


「……マハに聞いたようだが、残念ながら無理だ。おれの妻は1年前に死んでいる」


 その推理が本当なのか、念のためにカマをけながら答えると。


「そう……ですか」


 それだけ口にして、姉上はまた目をせてしまった。

 そのしょうぜんとした姿に胸のおくが痛むのを感じるが、事実なのでどうしようもない。


「おいそがしいところ、失礼いたしました」


 用が済んだとばかりに、姉上が立ち上がろうとする。

 そのしゅくしゅくとした態度を見て、おれはふと疑問をいた。


(……………………やけに、あっさりしてるな?)


 生き別れの妹が死んだと聞けば、もう少し取り乱したり、悲しげな表情を見せそうなものだが、姉上はまったく動じる気配がない。

 単にはくじょう――とも思えない。だったら、わざわざやみいちまで来て再会は求めない。

 ともあれ、ここでだまって見送ればえんが切れてしまうので、すぐおれは呼び止めた。


「マハは元気にしているか?」


 先ほどはからりに終わったかまを、もう一度かけてみる。

 すると立ち上がりかけた姉上が動きを止め、じっとおれの顔を見つめると答えた。


「元気、ではありません。今は入院中です」

「入院? どこか病気になったのか?」


 その答えを聞いたおれは、ひそかに安心した。

 どうやら本当にマハと姉上は知人らしい。ならばマハはツテとして利用できる。

 まさか入院とは思わなかったが、そういうことなら色々とつじつまも合う。


(だからきゅうていに姿を見せないし、アーテイ氏がていさつしてももくげきされなかった、と)


 一人でなっとくしていると、耳元でアーテイ氏が「やっぱとうじゃん」とつぶやいた。

 もっとも、まだとうおそわれたと決まったわけではないのだが。


「いいえ。軽いケガです」

「……それは心配だな。かのじょには旅で世話にもなったし、いに行きたいところだ。どこの病院か教えてくれないか?」


 最悪、ここで姉上と別れてもマハとのえんが残れば、きっとまた会える。

 そのためには今、マハの居場所を知っておきたいところだ。


「…………それは」


 姉上が、言葉をまらせた。

 答えるべきかどうか、しゅんじゅんしているり。

 もうひとしが必要と思ったおれは、さらに心配するりをみせた。


「とつぜんかのじょが姿を消したので、とうおそわれたのではと気にけていたんだ。実はこのていに来てからも、かのじょが無事なのか人に聞いて回ったほどに」


 まあ、だいたいうそではない。マハのゆくさがしていたのは本当だ。

 熱心に情にうったえた作戦が通じたのか、迷っていた姉上がわずかに表情をゆるめた。


「ここです」


 そう言って姉上がわたしてくれたのは、一枚の折りたたまれたへん。 

 開くとそこには、りゅうれいな字体で「近江おうみ勧学館かんがくかん病院」の住所が書かれていた。


(――後で行ってみるか)


 病院名から察するに、このていにありそうだ。

 かたわらのアーテイ氏にへんを見せると、氏は心得たとばかりに飛んでいった。

 おそらくおれの意をんで、病院を探しに行ったのだろう。


「ありがとう」


 へんを受け取って礼を言うと、姉上がほのかにほほんだ。

 それは本当にかすかな表情の変化だったが、遠い昔に見たがおと同じだった。

 立ち上がり身をひるがえした姉上を、なつかしいおもいでおれながめる。


 遠巻きで見守っていた市場の人々の中へと、姉上がもどっていく。

 その後ろ姿を、おだやかな気持ちでおれは見送っていたのだが――。


(――――――――!?)


 その『予兆』に気づいたのは、本当にぐうぜんだった。

 たまたま視線をてんの上空に移したおれの目に映りんだ、一つの異変。


(旗――――?)


 市場ぞいに延々と築かれている、石積みのていじょうへき

 そのじょうへき上でひるがえっていた大きなていこくが、折れたポールごと落ちてきていた。

 ハッと気づいたおれは、旗の下を歩いている姉上に向かい、さけぶ。


「姉上、危な――!!」


 よけろ、と。上から落ちてくる、と。

 そう言うゆうすら無かった。

 声に気づいた姉上がくと、おれの視線を追って頭上を見上げる。

 同時にきょだいな金属製のポールが、そのかげで姉上の周りを暗くつつんだ。


 ずずぅん、と。

 重いひびきを立て、ざっとうにポールが落ちた。

 高さ15メートルほどの城壁じょうへきから、重さ数十キロのポールが落ちてきたのだ。

 旗そのものの重量もさることながら、市場はそうぜんとなった。


「な、なんだあ!?」「だれしたきになってるぞ!」「お、おれの店がああ!」


 最近の好天でかわいた砂土ががり、もうもうとつちけむりをあげる。

 したきになった者もいるらしく、苦しげなうめき声がれ聞こえてきた。

 おれとつぜんの事に、声も失いぼうぜんとしてしまう。

 やがてえんまくが晴れ、もどってきたおれの視界に、映りんだ光景は――。

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