【4-02】帝都斎王、瑞原透歌

 その声には、声だけで『格』のちがいを感じるひびきがあった。

 こんなわいざつざつで混雑したざっとうにはおよそえんどおい、すずやかでんだ声。

 泥濘ぬかるみしらさぎりれば目を引くように、その声はかなでるだけでもくを集めた。


だれだ?)


 思わずくと。

 目立たないがいとうとフードに身を包んだ人物が、口論の場に現れていた。

 堂々とした態度から察するに、おしのびの貴族だろうか?

 声だけでちがいなふんを感じたのも、そう考えればなっとくできる。


 言い争っていた二人のうち、てんしょうの男が目をいてわめいた。


「ああ!? だれだよテメー、人の話にクビんでくるんじゃねーよ!」


 かくするように大声でさけぶ男。

 しかしフードの人物は動じることなく、平然とたたずんでいる。


うらないを求める声が、聞こえましたので」

「ああ!? どこのうらなか知らねーが、お呼びじゃねーよ!!」

「おい、ちょっと待て……まさか」


 相変わらずてんしょうの男は興奮しているが、もう一方の男は顔色を変えた。

 すると男の反応の正しさを証明するように、声をかけた人物がフードを外す。


「そうですか。どうやら透歌とうかちがいだったようです。すみません」


 フードの下から出てきたのは、長く美しいくろかみをした、若い女性の顔。

 絹のようなはだとうてつしたひとみ。どこかかげを感じる、はかなげでしょうようとしたい。

 はたからみても貴人だと簡単に分かるほど、ちがいで物静かな態度。


 やみいちだれもが、かのじょの美しさに息をんだ。

 それほどまでにかのじょは、言いようのない独特のふんをまとっていた。


「お、お、おう……わ、分かりゃ、いいんだよ…………」


 食ってかかったはずのてんしょうの男が、明らかにひるんでいた。

 女性はただあやまっただけなのに、それだけで彼らはしゅくしていた。


さいおう、さま?」


 だれかが、言った。

 しゅんかん、水を打ったようにやみいちが静まりかえって。

 ややあってやみいちの一同が、わっとどよめいた。


さいおうさまだ!」「なんで、こんなところに!?」「わわわ、どうしよう!」


 一同が口々にさわてる中、しかし女性は顔色ひとつ変えることがなかった。

 周囲のけんそうが聞こえているのかいないのか、無表情な顔をくずそうともしない。


「すっ、すすす――すみませんさいおうさま! ごごご無礼のほど、お許しください!」


 てんしょうの男がきょうしゅくしきりといった風に、土下座してあやまった。

 口論していたとなりの男もられたように、いっしょになって土下座する。

 しかし女性はにこりともせず、たんたんと。


「申し訳ありませんでした。とおる歌の分際で、お二人の話をじゃしてしまいました」


 そう言って、逆にかれらに対しうやうやしく頭を下げた。


(――――――――?)


 その光景をながめていたおれは、みょうかんをおぼえた。

 なぜか、その人からきつなものを感じてしまったから。


 あまりにもかのじょしょうようとしすぎていて。はかなくありすぎていて。

 人々からさいおうあがめられているのに、なぜか自分のことをする物言いで。

 その、あまりに世界のにんしきとズレた言動は、そう――。

 

   要するに季節外れにくるいた――

                ――美しいかりめの『狂花』のようで。


(『さいおう』瑞原透歌とうか……そうか。やはり今はそうなのか)


 おれも『瑞原透歌とうか』に見とれていると、こちらに気づいたかのじょが歩み寄ってきた。

 その後ろでは口論の当事者たちが何か言っているが、もうかのじょは気にもとめない。

 やがておれの店に来たかのじょは足を止めると、すわんだおれの前でひざき、おをした。


七城ななしろかなでさん――と、お見受けいたします」

「あ、ああ……」


 人々にあがめられる女性に頭を下げられると、どう対応していいか分からない。

 おれは自分のてんすわったまま、ほうけたようにかのじょの顔を見上げてしまった。


「お初にお目にかります。朱泉国しゅぜんこくていゲネ・サレトさいおうみずはら透歌とうかと申します」


 相変わらずのうやうやしい口ぶりで、なつかしい名前がつむがれる。

 その名前もそのかおも、おれは良く知っていた。

 たとえ10年の月日がとうとも、この人の姿だけは忘れない。


 まっすぐなひとみも。さらりとした長いくろかみも。

 あのとき夜半の月が映した姉の顔、そのおもかげが確かに残っている。

 

「あ、ね…………」


 言いかけて、あわてて口を閉ざす。

 自分ははるか北からやってきたろうどう七城ななしろかなで』だと、思い出したから。

 今の自分はみずはらかなでじゃない。妻のおくおもいを共有するだけの、別人なのだ。 


 おれはかぶりをると、『七城ななしろかなで』らしくうことにした。

 言いたい言葉を飲み干して、代わりに姉上の次の言葉を待つ。

 目をせた姉上がたんたんと、変わらない調子で言葉をつむいだ。


七城ななしろかなでさん、大切なお話があります」


 おれとしては、姉上の側から姿を見せてくれたのは、大いに助かることだった。

 本来ならていこくの重要人物である姉上が、旅のどうと会うことなんて無い。

 だから手順をんでマハを探していたのだが、その必要がこれで無くなった。


 と同時に、手順を省略したがゆえ、めんどうなことにもなった。

 こういう大衆の面前で会ってしまうと、聞きたいことも聞きにくい。

 特に『反逆者』みずはらに関する話題は、こういう場所で出すわけにはいかない。

 つまるところおれは【七城ななしろかなで】として、たりさわりの無い話しか出来ない。


「構わないが、何だ? 何か買いたいなら、このガマのこうやくなんてオススメだぞ」


 おれすわんだまま、目の前にある商品の一つを姉上にして見せた。

 しかし当然のように、姉上は商品には目もくれない。

 完全に無表情のまま無視した姉上は視線を上げると、おれの目をえて言った。


「あなたの妻に、会わせてくれませんか」

「!!」


 胸のおくが、ざわめいた。

 心のおくでたゆたう小さなたましいが、とくんと反応を返す。


「…………妻、とは?」


 ここでみずはらの名を語るのは、危険すぎる。

 おれは周囲の目も考えて白を切ってはみたが、姉上は引き下がらない。

 相変わらずの無表情とたんたんとした口調で、しかしさらに姉上はつのった。


「あなたの妻に――――みずはらかなでに、会わせてくれませんか」

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