1章4節――"斎王"透歌と天花のリート

【4-01】帝都ゲネ・サレトにて

【1章4節――"斎王"透歌と天花のリート】


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 世界は二重せんりゅうの姿をしている。

 世界は二つあって、おたがいはひょうであり生死であり正逆であり――きょじつの関係。

 それがらいじんが好んで布教している、『二重螺旋の竜神カドゥケウス』の教え。


 だと、したら。

 二つの世界が重ね合わせるように、あるとしたら。

 この世界をむしばあかく暗い空や湖とは逆に、青く明るい世界もあるのだろうか。


 ――――…………。


 ていゲネ・サレト。

 キネレット湖と呼ばれる、あかい湖の西岸に建設された、ない朱泉国しゅぜんこくの首都だ。

 かつて湖はていおおきょうとも呼ばれていた地だが、らいじんまつりごとちゅうすうになう国家――要するに朱泉国しゅぜんこくが支配してからは、どちらもかいしょうされている。

 もっともそとくにには実際にキネレット湖もゲネサレトという地名もあり、それぞれ『たてごと』と『湖西の平原』を指すそうだから、『』と意味するところは大して変わらないのだろう。


 みずはらの里を去ったおれはいったん棄京ききょうもどると、今度は東にあるていおとずれていた。

 目的はしょうきゅうてい薬師、マハ・ベクターを見つけること。

 本人の話から得ている情報は多く、すぐ見つかると思っていたのだが――。


「ねーかなで、もうやめようよー。あてぃし、そろそろ退たいくつなんですがー!」

「うるさい。そんなに退たいくつなら一人で劇場でも行ってこい、この不思議ようせい

「あてぃしようせいじゃなくことだまなんですが!?」


 おれの周りを飛び回りながら、アーテイ氏が文句を垂れ流す。

 どうもコイツはみずはらからもどってきてからこのかた、おれに不満が多いな。

 まさかことだまにもはんこうがあるのだろうか?


「行かないならだまってろ。おれの商売のじゃだ」

「商売つったって、毎日市場でかんどり大道芸と不人気商品ならべてるだけじゃん! あてぃし、もうひまひまきたんですよー!?」

「むう、さすがはてい。大道芸と商品を見る目が、田舎いなかよりもシビアだな……」


 おれていに来てから情報収集とたいざいかせぐため、こうして毎日やみいちに来ている。

 今日も朝からてんを出し、大道芸でんでは小物を売っていたところだ。


「そこで提案なんですが! かなで、午後から遊びにいこーよー!」

きゃっだ。そんなひまと元気あるなら、またさいおう区画にていさつでも行ってこい」

「ぶー! だって入れないもん! あそこヘンななぞバリアあるんだもーん!」

「だったら区画の周りで、人の出入りを見張ってろ」


 すわんだおれはなすように言うと、地面に広げた商品の数々を整理していく。

 買わない客でも手に取ることは多く、商品の位置はこまめに直す必要があった。


「あてぃしけいでもたんていでもないし! あんパンも牛乳もかなでは差し入れしないし!」

「とにかく見張れ。本当にマハがあそこのきゅうてい薬師なら、いずれ出入りするはずだ」


 おれは文句を止めないアーテイ氏をさとしながら、ここまでの流れをかえる。


 マハ・ベクターはみずはらに行ったあの日、おれの前から姿を消した。

 理由は分からない。おれもどってきたマハのリートをうばおうと待ち構えたが、そのときのおくが無くなっていたからだ。


 おれとしては、マハとのえんが切れると困る。

 呪歌リートの件もあるし、かのじょは姉上――みずはら透歌とうかの友人を名乗っている。

 ならば姉上に会って10年前の真相を確かめるにも、アイツを利用するのが早い。


「でもでも、みずはらの里で急にマハは消えちゃったんだよね」

「ああ……」

「だったら、まだていもどってなかったりするんじゃ?」

「可能性はあるが……みずはら呪歌リートが目的なら、用が済めばもどるのが自然だろう」


 そう思ってていおとずれ、こうやって探し続けて早一ヶ月いっかげつ

 残念ながら、いまだマハの消息はつかめていなかった。


「じゃあじゃあ! 帰り道にとうおそわれてだおれとか!?」

「そうではないことをいのるばかりだな……ん、ケンカか?」


 てんに並べた品を整理しながら氏と会話していると、辺りが急にさわがしくなった。

 さわぎの方に耳をかたむけると、どうやら商品のトラブルらしい。


「……そんな説明してなかっただろ!」

「売るときにちゃんと言ったぞ。お前さんが聞いてなかっただけだろ」

うそつくんじゃねえ! 売るときの説明と全然違うじゃねーか!」

しょうあるのか? お前さんがデタラメ言ってるだけだろうが」

「ああ!? じゃあさいおうさまに本当かうそか確かめてもらうぞ!」

「はははおもしろえ、よく当たるさいおううらないか。だったら今すぐ呼んでもらおうか!」


 どうやら、商品の事前説明で言った言わないの争いらしい。

 よくある話だ。良品ならともかく、やみいちに並ぶ品に保証書なんて無いもんな。

 おれは軽く息をつくと、り合いの内容に対し独り言でツッコんだ。


ていこくの要人であるさいおうが、こんな場末のケンカをちゅうさいするわけないだろ……」


 買い言葉に売り言葉なのか、めつれつな暴言がってやがるな。

 おれが鼻で笑って整理にもどろうとしていると、アーテイ氏がたずねてきた。


「ねーかなでさいおうってそんなにスゴイのー?」

「まあな。都市を守護する巫女みこは、りゅうじんと交信する能力が無いと務まらない。それだけでも特別な才能で、資格のある者はほんのひとにぎり。朱泉国しゅぜんこくのような国家の首都を守護できる才能となると、そのさらにごく一部だ」

うらないも出来るって言ってるけど、本当?」

おれくわしくは知らんが、さいおうにはりゅうじんと交信して真実を知るうらないがあるらしい。めったなことじゃ行わないが、都市を守る役目も、そのうらないに由来するとか」

「ほえー。透歌とうかって、すごいんだね。でもなんでみずはらあだていこくを守護してるの」


 みずはらていこくに反逆したとしてほろぼされたのに、生き残りが守護者になっている。

 どんな因果によるものなのかは知らないが、みょうな話だった。


 やみいちの口論を聞き流しながら、手元の商品に目を落としてかんがむ。

 そのすぐとなりには、いつものようにユズの実が置かれていた。


「…………その辺りも、姉上に聞けば分かるさ…………」


 自分の考えを結論づけるように、おれが一人でつぶやいた、そのときだった。


さいおううらないがご必要なら、私がいたしましょうか」


 口論をしている二人の間に、落ち着いた若い女性の声がんできた。

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