【3-11】その名は "瑞原" 奏

「あな、た――――…………だ、れ?」


 私は混乱する頭をけんめいにふりしぼり、たどたどしく口を動かす。

 知らない。この子はいったい、だれ?


 疑問を口にしても、かのじょは答えない。

 代わりにかのじょほほみをかべながら、私に聞き返してきた。


「探していたリートは、ちゃんと手に入った?」

「あ……うん……」

「そう。それは良かった」


 そう言うとほほみを絶やすことなく、少女は私の方に歩み寄ってきた。

 しずしずと。雨上がりの香水蘭フジバカマの間を、かきわけるようにして。

 やがてかのじょは私の手首にあるじゅもんを目ざとく見つけると、目を細めた。


「これね。マリーツィアさんが話してた『ヤシロのリート』は……全然、気づかなかったな。私、生まれてからずっとみずはらで暮らしてたのに。まさかあのヤシロに、こんな不思議なじゅもんふうじられてたなんて。マハはみずはらにリートがあるって知ってたよね、それってだれに聞いたの」


 そう言うと、少女は私の手首をつかんできた。

 親しげに話しかけるかのじょだったが、ふんにはどこか暗いはくりょくを感じた。

 混乱しされていた私は、つい流されるままに答えてしまう。


「と、透歌とうか


 短く、みずはら透歌とうか――朱泉国しゅぜんこくさいおうの名を出すと、少女は「ああ」としょうした。


「そう言えば言ってたね。マハはきゅうてい薬師だって。だから朱泉国しゅぜんこくさいおうの姉上とは、友だちだって。とても信じられないけど。姉上がていこく巫女みこなことも、あなたたちベクターを認めることも、あり得ないでしょう? だって、あなたたちベクターのせいで、みずはらのみんなは殺されたのよ?」


 しょうこそしていたが、その目の色は変わらず暗い。

 奏もそうだったけど、少女がベクターを敵視していることを、強く感じる。


「あ、あの……?」

「ああ、ごめんなさい。最初に質問したのは、マハだったね。私はかなで。さっきまでマリーツィアさんの家で、いっしょに雨宿りしてたでしょ?」


 まどう私に急に表情を明るくした少女は、自分のことを『かなで』と名乗った。

 かなで? でもかのじょかなでじゃないよね?


「ごめん、何のことか」

「ひどい。自分がリートを手にしたとたん、私のことは忘れるんだ? 今日はここに来るまで、ずっといっしょだったのに。昨日は仲良くいっしょに、おにも入ったのに」


 かなでと名乗った少女が、すらすらと語りつづっていく。

 どういうこと? この子ずっと私たちをけていたの?

 確かに今日はずっと、私はかなでいっしょに来たけど、でも。


「え…………でもそれは」

「それとも出会ったばかりの男といっしょにおに入るような、いんらん気質きしつの発情ねこさんだから、かれの身体に夢中で気づかなかった? ずっとずっと私は、あのときかれいっしょに居たんだけどな」


 ちがう。

 あれは奏がリートを手放したってうそを言うから、確かめるために。

 そう言いたかったけど、事態が理解できない頭は、なかなか口に伝えてくれない。


「ち、ちが……」

「あなたってぜんしゃよね。かれには妻の私がいるって知ってたくせに。それとも何? ベクターの女は発情ねこなだけじゃなく、すきあらば男をぬすどろぼうねこなの?」


 私の手首をにぎった奏の手に、いきなり力がこもった。

 急に強く手首をにぎられ、思わず私は悲鳴をあげてしまう。


「いたっ……!」

「ふうん、ベクターでも痛がるんだ。人の痛みには気づかないくせに。10年前にこの里をおそったベクター兵も、傷ついたら痛がったのかな? ねえ教えて? 里の人をみなごろしにするうそつきベクターでも、自分が傷つくと痛いんだ?」


 手首をつかんだ手の力が、これでもかと強まっていく。

 とてもじゃないけど少女のあくりょくとは思えない。

 まるできたえた青年みたいな力強さで手首をげられ、私はたまらずあやまった。


「ご……ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」

「マハって黒主みたいだね。すぐうそをつく。本当はあやまってなんかいないくせに。自分がだれあやまってるかも、何が悪いかも分かってないくせに。しかもズルがしこいから、かれの前では、そんな正体も見せない。本当、きたなくて、いやらしい」

「そんなこと、ない、から……!!」

「じゃあ言って、私がだれかを。かしこきゅうてい薬師のマハ・ベクターなら、分かるよね?」


 強く強くげてきたかのじょの手が、ふっとゆるんだ。

 私は痛みから解放されてその場にくずおれたが、おかげで思考力をもどせた。

 混乱していた頭が一度痛みをあたえられたことで、逆に落ち着いてくれたようだ。


(「かれの妻」って言ってた。もしかしてかなでが話していたおくさん? でもその人は死んだって、かなでは言っていたのに)


 それだけじゃない。

 みずはら透歌とうかのことを、この子は『姉上』と呼んでいた。

 それに「生まれてからみずはらで暮らしていた」とも話していた。

 ベクターに対してのきょうれつな敵意と合わせると、この子の正体は、やっぱり――。


「みず、はら……かなで」


 みずはらかなで

 透歌とうかとは10年前に生き別れたという、かのじょの妹の名前。

 少女を見上げて、おそおそる名前を口にすると。


「あらうれしい。男をろうとするどろぼうねこでも、頭の中は色ボケしてないんだ」 


 心底けいべつしたような表情をしながら、それでも『かなで』は少しほおゆるめた。

 私のことをきらっているのに、なぜか本当にうれしそうだった。


「そう。私はみずはらかなでみずはら透歌とうかの妹で――七城ななしろかなでの、妻よ」

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