【3-08】反魂のリート

 そのしゅんかん

 ざわっ――と、おれは全身があわつのを感じた。


 思わず、一歩あとずさる。

 マリーツィアと、目が合っただけなのに。ただ、それだけなのに。


「大事な話、とは?」

 

 口内にかわきを覚えながら、聞き返す。

 曲がったこしのマリーツィアが、くちげておれを見上げた。


「さっきの話じゃがの。マハちゃんはかなでくんとはどんな関係じゃ?」


 こいなかではないことは承知の上で、また関係を聞かれる。

 単なる年寄りのこうしんと思ったおれは、適当に答えることにした。


「たまたま目的地がいっしょだった者同士ですよ。私もこの地に興味があって」

「ふむ。ということは、あの子のだんは何も知らんと」

「そうですね。それが何か」


 マリーツィアは考えるような仕草をしていたが、やがておもむろに口を開く。


「さっき、10年前の話をしたじゃろ。かのじょ、その話に出た皇女さまに似ていてな」

「皇太子を密告した皇女にですか? でも皇女は殺されたのでしょう?」


 おれ自身はものだから、当時の朱泉国しゅぜんこくの情勢は知らない。

 知らないのは"みずはらかなで"も同じで、おれの中にあるかのじょおくにも残っていない。

 事件当時のかなでは8さいだし、政治の世界の知識は無かったのだろう。


「ああ、つかまった皇女は街中でひどいリンチを受け、殺されていたよ。私ももくげきしたからの、そのことは良く覚えておる。遺体はそれはさんな有様じゃった」

「では、他人のそら似――というヤツなのでは」


 死ぬ現場を本人すらもくげきしたのなら、疑う余地は無いように思えるが。

 しかしマリーツィアはなっとくしないように、首をかしげた。


「ドラゴン・リートをかのじょは探しておるそうじゃな」

「今もその話で飛び出していきましたね」

「100種類ある呪歌リートの中には、人をよみがえらせるリートがある。と言ってもじゅんすいな復活やせいではなく、かりそめの人造人間としての命じゃがの。もしやかのじょは、その呪歌リートで生き返った命では……と思ってな」

「人をよみがえらせる呪歌リート……」


 マリーツィアの言葉を聞いたおれは、思わず言葉を失った。

 そんな呪歌リートの存在は、まるで考えていなかった。

 しかし願いを逆にかなえる呪歌リートが実在するなら、死者がよみがえ呪歌リートがあっても不思議では無い。


「86番、はんごんのリート。死体造花の咒、なみだで築くはむくろの月花『なみだけのひめぎみ』。その呪歌リートはんごんの術を行い、死人のむくろを生者の花として『造り上げる』。私も実際に見たことは無いし、かつて熱心に調べておったころの知識じゃが、そんな呪歌リートがある」

「あなたはマハがはんごんで生き返った、と?」

だれが生き返らせたのかは、知らんがの」


 しかし、そういうことならば先日の教会の件も理解できる。

 あのときマハは、確かに兵士にたれ殺されていた。しかし今は復活している。

 その後でおれが、平然と生きているマハを見て聞いたときも、かのじょはこう返した。


    「……そんな細かいこと、どっちでもいいでしょ?」


 白昼夢のような出来事なので流していたが、確かにマハの生存にはなぞがあった。

 かと言ってマリーツィアの推測も、にわかには信用できない。

 はんごんを仮説とするなら、もう少しぼうしょうしいところだ。


「しかし容姿が似ているだけで、かのじょが皇女だったと決めつけるのは」

「殺された皇女の名は、マハ・エクラージュ・シュゼン。シュゼンすなわち朱泉国しゅぜんこくこうていむすめであり、マハはあの子の名前と同じじゃ。これもぐうぜんかのう?」


 名前も姿も同じとあって、マリーツィアは同一人物と疑っている。

 おれはんごんの可能性を頭に入れながら、さらに話を聞いてみた。


「マハは自分をきゅうてい薬師と名乗っていた。もし生き返ればきゅうていさわぎになるはずだ」

あんもくりょうかいということもあるしの。それに10年もてば、他人のそら似と思う者も多かろう。今のかなでくんのようにの」


 なるほどな。

 自分の対応を持ち出されると、なっとくするしかない。


(しかし、『はんごんのリート』か)


 ふと、こう思う。

 そのリートがあれば、俺の中の"かなで"も生き返るのだろうか。

 おれの妻だった『みずはらかなで』は1年前に死んでいる。訳あってかのじょの人格やおくおれの身体に宿ったが、本人の遺体は今もはるか北の流鬼国りゅうきこくさびしくねむっている。


(奏も、よみがえる?)


 心がざわついた。

 『100の呪歌リートを集めれば世界に法則をできる』という話より、りょくてきだ。

 おれの真実は、ずっとかのじょと共にあって。

 おれの心は、ずっとかのじょが支えてくれて。

 言うならばおれは、「死者のために生きている」人間だったから。


(探し求める価値はありそうだ)


 もし他のリートの宿主が、黒主のように100のリートを集めるならば――。

 いずれその『はんごんのリート』の所有者とも、出会う機会があるだろう。

 ならばくすれば、かなでを生き返らせることもかなうはず。


おもしろくなってきたぞ、かなで


 心の中でかなでに呼びかける。

 意識のはるか深い底にねむる妻の意識が、とくんとねたように感じた。

 おれは心の高鳴りをかくしながら、このろうに礼を言う。


「なるほど。勉強になりました」


 ああ。本当に役に立ったよ。指針が出来た。

 呪歌リートを集めるていこくの野望をくだき、かなでを生き返らせる。

 これこそ一挙両得というものだ。

 後は今の話で、気になるところと言えば――。


「しかし、みずはらのリートもそうですが、マリーツィアさんはおくわしいですね」


 このろうくわしすぎることだ。

 いっかいの世捨て人なら、呪歌リートの情報なんて絶対に持ち合わせていない。

 そのことは黒主の演説をいた際の、大衆の反応を見ても分かる。


「私も10年前の事件で知ったのじゃよ。皇太子の反逆は、ひそかに100の呪歌リートを集めていこくてんぷくさせようとする計画だったと聞いたからの。私はその話にせられ、しばらくは呪歌リートを追い求めてずいぶんと調べ回ったものよ」


 ていこくてんぷくさせる、か。

 次のていが約束された皇太子の地位にありながら、変わったヤツだったんだな。


「……今はもうあきらめた、と」

「最初の呪歌リートは持ち主を選ぶ。私は運悪く、合う呪歌リートめぐえなんだのよ」


 そう言ってマリーツィアはほほんだ。

 なるほどな。呪歌リートの宿主になるにも、あいしょうめいた関係が必要なのか。

 おれが『逆理のリート』の宿主になれたのも、たまたまあいしょうが良かったと。


「そうなると、さっき呪歌リートがあると聞いて出かけたマハも」

「……目の前に呪歌リートがあるのに、手に入れられんかもしれんのう」


 おれが思いついたことを話すと、ろうはくつくつと笑った。

 つまり発見しても指をくわえて見守るだけ、という事態もあり得ると。

 さてさて。マハさんは果たして手に入れられるのかな――とおれが思っていると、これまでずっとだまっていたアーテイ氏がささやいてきた。


「ねえねえ。もしマハが呪歌リートを手に入れてもどってきたら、奏はどうするの?」


 のんきに構えていたおれは、その言葉でハッとする。


(そうだ。もしマハがしゅ良くリートを手に入れたら、おれはどうする?)


 百種類の呪歌リートが、たがいにうばう関係にあるならば。

 それに『はんごんのリート』を手に入れる確率を上げたいならば。

 おれは一つでも多くの呪歌リートを集めねばならない。


(アイツがもどってきたらうばう――か?)


 他人の呪歌リートを手に入れる条件は、相手を殺すかじゅもんを傷つけること。

 今のマハは、おれ呪歌リートを手放したという話を、半信半疑で受け止めている。

 ならば――アーテイ氏がおれの考えを読み取ったように、またささやきかけてきた。


「マハもかなでに油断してるし、呪歌リートを手に入れて間もない今ならチャンスだよ」


 がおささやくアーテイ氏に、おれは自分の立場を教えられる。

 窓の外を見やると、もう雨は上がっていた。

 マハがヤシロに向かったなら、じきに帰ってくるはず。


呪歌リートは手に入れてしばらくすると、身体の表面からは見えなくなる)


 それはおれが実体験もした、呪歌リートじゅもんとくちょうだ。

 見えなくなると「じゅもんを傷つけてうばう」というせんたくが、とりにくくなる。

 つまりはそれだけ、呪歌リートを入手する可能性が減るということだ。


「もし奏が大切な人を生き返らせたいなら、マハをおそっちゃえば?」

「……………………」


 無言に落ちたおれの心をかしたように、アーテイ氏がささやき続ける。


かなでがやらないと、朱泉国しゅぜんこくがリートを集めちゃうよ。かなでていこくにくいのに、ていこくが目指す野望をかなえちゃっていいの?」

「……………………だまれ」

かなでならくじけるよ、アイツらの野望を。かなでなら築けるよ、理想の世界を。かなでならきっと、全部のリートをそろえることが…………」

だまれェッッッッ!!」 


 熱心に説くアーテイ氏に、たまらずおれは大声でらす。

 目の前に居たマリーツィアが、おれとつぜんへんぼうおどろいた顔をした。

 すぐに我に返ったおれは、あわててかのじょあやまる。


「ッ……すみません。雨も上がったし、おれは行きます。お世話になりました」


 そう言ってつくろうと、急いでおれろうの家を飛び出した。

 外はまださめがパラパラと降りしきり、冷たいあまつぶおれむかれていく――。

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