【3-07】雨宿りと10年前の話

 どこからか聞こえてくる、ろうのような声。

 おれたちは声の主を求めて見回したが、花畑にはそれらしきひとかげは見当たらない。

 それもそのはずで、声は高台からでは見えにくい、下の道路から聞こえていた。

 そこではフードをぶかかぶった人物が、こちらを見上げて声をかけている。

 

 じょ――。

 ふと昨夜の旅人たちの会話が、おれの頭をよぎる。

 魔女の名前はそう、確か――。


「……マリーツィア……?」


 おれまどっていると、さっさとマハがりて、その人物に声をけてしまう。

 二人は何やら話し合っていたが、やがて。


かなで、雨宿りさせてくれるってー!」


 話していたマハが声をけてきたので、おれも後に続く。

 おれは花畑を下って二人のところに向かうと、相手のふうていを見回した。


「さて、では行きましょうかの」


 声はいかにも隠棲いんせいしたおばあさんで、身長は低く、こしは曲がっている。

 しかしろう一人で、こんな無人のやまおくいんせいするのはみょうにすぎた。 

 おれうわさを聞いたこともあり、けいかいしんが先立って問いかける。


「待ってくれ。あなたはだれだ。なぜ、こんなところにいる」


 問いかけると、相手は少しだまった。

 ややあって返ってきた言葉は、意外なもの。


「……私も、そこのじょうちゃんと同じ身なのでの」


 そう言って、相手はかぶっていたフードを外した。

 フードの下から現れたおばあさんのようぼうを見て、おれは言葉の意味を理解する。


「ベクター……」


 耳の形が、つうの人間とは異なっていた。

 細く長く、先のとがった耳。

 ベクターたちのとくちょうを、ろうの耳はしていた。


「こういうことじゃよ。街中では『うそつき耳の女』と後ろ指をさされるのがうっとうしいゆえ、こうして辺境の無人の村に、かくんでおる」

「ベクター耳は、うそつきのしょうちょうだもんね。私は家の七光りで宮仕えできてるけど、かなでも最初は私の話を疑ってたでしょ?」


 ろうの言葉に、マハが相づちを打つ。

 確かにおれはマハについても、最初は『きゅうてい薬師』だと信じていなかった。

 それはかのじょの年若さもあるが、「ベクター耳」と呼ばれるとくちょうのせいだった。


「……ベクター耳をしていれば、だれだってそいつの言葉を疑う。その耳は重大なウソをかかえた者だけが変異する耳――と言われてるからな」


 ゆえに、かのじょたちは「ウソの運び手ベクター」と呼ばれる。

 大きなウソを伝え運び、その結果としててんばつが下った者の耳――と。

 まあウソの話もてんばつうんぬんも、教会連中が勝手に決めつけている話なのだが。


「そこのじょうちゃんが同類だから、お二人に声をけたのじゃよ。もし私の言葉が信用できん、きっと旅人を取って食う山姥やまんばだ――と言うなら、私は引き下がるがの」


 そう言うと、ろうはふぇふぇふぇ……と笑った。

 マハの顔を見ると、かのじょは同類ということもあって、信じる気が満々のようだ。

 それどころかおれにジト目で笑いかけながら、皮肉まで投げてくる。


「奏はつうの人間だから、もちろんベクターなんて信じないよねえ。私が薬師だって言っても信じずにユズ食わせたくらいだし、この人だって信用できないよね。でもおあいにくさま、私はお世話になるから。奏は雨上がりまで外で待ってたら?」


 マハは当てつけのように言い放つと、自分はろうの側に身を寄せてしまった。

 コイツ、おれあおってユズを食わせたことを、まだ根に持ってやがるな。


(しかし、どうする)


 ベクターはうかつに信用できないが、相手はしょせんは老いたばあさんだ。

 あまりけいかいしておれだけ外でずぶれ待機というのも、様にならない。


「……ふん。あいにく人を見る目には自信があるつもりだ。おれも世話になるぞ」


 本当は人物眼なんて別に持ち合わせちゃいないが、張り合うように言い返す。

 おれは花畑の脇にあるユズの木から果実をむしると、ろうについていくことにした。


 ――――――――……………………。

 ――――…………。

 ――……。


 マリーツィアと名乗ったろうの家は、木造の質素な造りだった。

 はとを飼っているのだろうか。一の白いはとが鳥かごの中でこちらを見ている。


 温泉宿で魔女のうわさを聞いたおれは、どうしても身構えてしまう。

 しかしマハは「親切なおばあさん」というにんしきなのか、積極的に老婆ろうばと話していた。


「なるほどの。かなでくんとマハちゃんは、ここにさがものをしに来たとな」

「マリーツィアさんは、ここに住んで長いのです?」

「そうだねえ、この里が黒主らにおそわれた後だから、10年になるかの」


 家に着くまでに少しれたので、おれもマハも外衣をいで屋内に干している。

 うすになったおれまどぎわに立ってあまあしながめ、出されたユズのとうけを口にふくむ。

 うすく切られたユズのとうけは『ゆず』と呼ばれ、みずはらではおみのものだ。


 一方で、雨宿りの礼のつもりなのか。マハは家事を手伝うと申し出て、今はマリーツィアといっしょに台所そうしながら雑談をしている。


「ここに来る前は、どこに居たんですか」

ていじゃよ。そこでうらなをしておった」

「ゲネ・サレトに居たんですか。私もていに居るので、会っていたかもしれませんね」


 ていゲネ・サレト。

 棄京ききょうから東の山をえた先の、湖畔こはんにある都の名が、台所から聞こえてくる。


「10年前にていで事件があったじゃろ。ときの皇太子がこうていへの反逆をたくらんでいたことが幼い皇女の密告で発覚し、しょけいされたという。私がベクターになったのは、その事件のときじゃよ」

「…………ああ、そんなこともありましたね。でもそのとき私は子供だったので」


 マリーツィアの話に、家事をしていたマハの動きが止まる。

 しかしそれもわずかの間で、すぐにかのじょそうする手を再開させた。


「おお、そうだったの。今から10年前となると、マハちゃんは」

「まだ8さいでした……まだ当時は、言って良いことと悪いことの分別も、無かった」

「もしかすると、マハちゃんがベクターになったのも、そのときなのかい?」


 なべや食器が鳴る音に混ざりながら、二人の会話がれ聞こえてくる。

 居間で立っているおれは、その会話を外をながめながら聞いていた。

 

「そうですね。私がベクターになったのも、10年前です」

「あの事件では色んな無責任なデマが流れたからのう。反逆をうったた皇女さま自身も後でウソの密告をしたとうわさが流れ、おこった民衆になぶごろしにされたし」

「その話なら知っています。皇太子は民衆に人望があったから、そのしょけいぎぬと知って人々はいかくるい、皇女をつかまえてざんに殺した――と」


 二人がベクターになったいきさつを、おれは雨音と共に耳へとながむ。

 10年前と言えばみずはらの里がしゅうげきされたのと、同じころだ。


(そうだ。その皇太子の反逆事件に連座して、みずはらの里も反逆者とみなされた)


 マリーツィアが話すように、皇太子のしょけいの正当性は、実はしんぴょうせいあやしい。

 しかし皇太子もみずはらの里も罪は解かれず、10年った今でも反逆者あつかい。


えんざいだったとなれば、体制のほうかいにもつながりかねないからな)


 つまるところ、罪のしんなんてていこくや人々にとってどうでも良いのだ。

 ヤツらにとって大切なのは日々のはんえいや生活への有益さだけで、事のしんは自分たちに不利益なものなら、簡単に目をつぶりだまんでしまう。


「マハちゃんは子供だったから分からないだろうけど、私はその事件でうんざりしてねえ。どれが真実かを追い求めることにもつかれたし、ベクターにもなったし、こうしてやまおくに移り住んだのじゃよ」

「そうだったんですね。この地を選んだのは、当時まで人が住んでいたからですか」

ほろぼされた直後だったし、最初はさんだったがの」


 みずはらほろびた後の移住者なら、おれがマリーツィアを知らないのは当然だ。

 ベクター耳で色々と疑ったが、かくんだだけのつうの老人かもしれない。

 おれとうけを食べ終えると、皿を返そうと台所に向かう。

 するとマハが皿を受け取りに出ながら、またマリーツィアに話しかけた。


「10年も住んでいるなら、この辺りにはくわしかったりします?」

「ある程度ならの、なぜかえ?」

「少し行きたいところがあって……ええと」


 マハがどうたずねようか迷っているりを見せる。


(目的地……呪歌リートの場所のことか)


 確かに呪歌リートの知識が無い相手には、切り出しにくい話題だろう。

 ところがおれがそう思っていると、マリーツィアがぽんと手を打った。


「ああ。さっきこいびとさんと話していた、呪歌リートのある場所じゃの」

「「こっ、こいびとぉ!?」」


 いきなりとっぴょうのないことを言われ、思わずおれはマハと声をそろえて反応する。

 大人しくだまっているつもりが、不覚。 


かくさなくてもいいじゃろ。あんなに花畑で仲むつまじそうにしてたのに」

「ぜんぜん、ちがいますっ!」「断じてちがう」


 実に誤解いちじるしい関係に、あわててマハといっしょに打ち消す。

 なんてこった、そんな風に見られてたのか。


「うんうん。若いうちは人にはやされるとずかしくて、否定したくなるものよ」


 やっになって否定しても、マリーツィアは一人で勝手にうなずいてしまう。


(誤解を解きたい気持ちはある……が、いちいち説明するのもめんどうだな)


 おれは早々にあきらめると、いっそ逆に話をえんかつに進めることにした。

 今の口ぶりからすると、マリーツィアは呪歌リートの知識を持っているようだ。

 ならサッサと話に乗る方が早い――のだが、そうなると否定するマハがじゃだ。


「だからちがうって……わぷっ」


 ムキになっているマハさんの後ろに回ると、その口を手でふうじる。

 薬師のむすめは目を白黒させて暴れていたが、おれは意にかいさずマリーツィアと話した。


「はっはっは、実はそうなんです。かのじょはこう見えて意外とシャイなもので。それで呪歌リートのある場所に心当たりは……オウッ!?」


 言ってるそばから、マハさんに手をまれてしまった。痛い。

 しかしかのじょおれの意図は察したか、うらめしげな目をするが、それ以上は暴れない。

 そんな『仲むつまじげ』なおれたちに目を細めながら、マリーツィアがうなずいた。


「この家からけいりゅうへだてた向こう側の山中に、古いヤシロがあっての。リートがそこにねむっておる。10年前、黒主とベクター兵が探したリートじゃよ」


 古いヤシロ、と言われて思い出す。

 そうだ。みずはらほろびたあの日。"かなで"は姉に手を引かれ、あのヤシロから――……。

 あのヤシロには確かに、神のじゅもんまつっているという言い伝えがあった。

 だから黒主の話を聞いて、もしやと思ったのだが、当たりだったようだ。


「本当ですか!」


 せきじつの感傷にひたっていると、マハがおれの手をはらって目をかがやかせた。

 もっともその直前には、こちらに最高級のジト目を向けてくれたが。


「ほら。窓から細道が見えるじゃろ。あの道をまっすぐ行けば……」

「行ってきます!」


 マリーツィアが言い終わらないうちに、マハが飛び出そうとする。

 よっぽどリートにしゅうちゃくがあるのか、それとも目的を早く済ませたいのか。

 ともあれ外に出ようとしたマハに、おれは声をけた。


「まだ外は雨が降ってるぞ」

「もうさめになってるでしょ!」

「おいおい、おれれたくないんだが。それに雨であしもとも危ないぞ」

「だったらかなではここに居なさい、というかついてくんな! 彼氏かれしヅラすんな!」


 ……ああ、そういうことか。

 つまりこいびとあつかいのおれと、仲良く雨宿りをするじょうきょうでは決まりが悪いと。

 少しでも早く別行動したい、それが本音のようだ。


 マハは言い捨てると、さめふりしきる中を飛び出していった。

 おれがその姿を見送っていると、マリーツィアがくつくつと笑い出す。


「確かにもうあまあしは遠のいておるが、いっしょに行かなくてもいいのかえ、かれサン?」

「……別にかれではないので」

「知っとるよ」


 マリーツィアは笑いながら、マハが出て行った戸を閉める。

 それから足音も立てずにおれのところに来ると、意味ありげなまなしを向けてきた。


「……こうしないと、あの子に大事な話を聞かれてしまうでの」

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