【3-05】温泉騒動、後日談

 温泉のそうどうから、一夜が明けた。

 夢から目覚めたおれは、出立の準備を整えると部屋を出る。

 おれが人目を気にするように通路のかくにんをしているのを見て、アーテイ氏が笑った。


「マハに見つかりたくないんだ? 昨夜は大変だったからねー」

「うるさい」


 言い返すが、アーテイ氏の言うように、今はマハとは顔を合わせたくない。

 というか、どんな顔でかのじょと顔を合わせれば良いのか、分からない。


「くっ、なんでおれがこんなコソコソしないといかんのだ」

「奏がたおれている女の子のハダカを見るような、悪党だからじゃなーい?」

しざまに言うな! あれは人命救助だ!」

「しかも見るだけじゃなくさわってもいたよねー、そりゃかのじょおこってるだろうなー」


 あの旅人たちがてんを出た後、おれはマハをだっしゅつさせようとした。

 ところがマハは長湯ですっかりのぼせ、意識もあやしい状態でぐったりしていた。

 しかもマハはかくれている間に、サルにタオルをうばわれていた。

 つまりは助けようとしたとき、かのじょは一糸まとわぬ姿だったわけだ。


ぜんで運び出すわけにもいかないだろう、おれはタオルを巻いてやっただけだ」

「ハイハイ言い訳いいわけ、大義名分ごくろーさまー」

「くっ……この皮肉屋ようせいめ」


 だからタオルを身体に巻いてやる際、マハのしんを見るのはけられなかった。

 どうしても目に映る、絹のようなはだ

 れると感じる、細身とはいえやわらかなたいかんしょく


だんなら眼福だラッキーだ~と笑い飛ばしただろうが、そうもいかん)


 あの事態は、ヘンにちょうはつしてマハを男さそんだおれにも非があった。

 だからけいはくにふるまえず、おれは目のやり場に困りながらかのじょを助けたわけだ。


 マハを部屋にはこむと、宿屋の従業員を呼んで後のかいほうたのみ、おれもどった。

 かくして事態は一件落着、となったのだが――。


「でもでも奏、あの子のハダカはシッカリ目に焼き付いたんでしょ?」

「それはもちろん」

「やっぱ変態の悪党じゃん」

「うっさい、おれだって忘れたいんだ。あんな事情で喜べるほどしょうこんくさっていない」


 アーテイ氏と会話のドッジボールをしながら、温泉宿の帳場に出る。

 帳場とは宿しゅくはく手続きをするところで、宿屋によってはフロントとも呼ぶ場所だ。

 おれはそこで手続きを済ませると、宿を立とうとしたのだが。


「うっ…………」「あ…………」


 なんとおりしく平服姿のマハと、ばったりはちわせしてしまった。

 おたがいの目が合ったたん、マハの顔がさあっとじらいのしゅいろに染まっていく。


 おれに運び出されたおくがあったのか、宿屋の人からけいを知ったのか。

 その顔は、明らかにおれが何をしたのかを知っている表情だった。


(まずい、意識する)


 忘れようとしていた少女のはだたいかんしょくが、いっしゅんいろあざやかによみがえる。

 相手はだんなのに、どうしても頭にチラついてはなれない。


 正視すると思い出すので、つい、おれは目をらしてしまった。

 こつとうわくする奏を見て、マハもその理由に感づいたのだろう。かのじょはいよいよずかしそうに身をよじると、長い耳まで真っ赤に染めてうつむいてしまった。


 おたがいに視線を合わせないまま、気まずさだけがつのっていく。


「……………………」

「……………………」


 いつまでもこうしているワケにもいかず、マハにけるべき言葉を探す。

 口の中がやたらかわくのを感じつつ、とにかく場の空気を変えたい一心で口にする。


「「……ごめん」」


 するとおれが頭を下げてあやまったのと同時に、なぜかマハもあやまってきた。


「「はい?」」


 今度はおたがいに顔を上げて、相手がなぜあやまってきたのかを不思議がる。

 おれは一言を発したことで少し冷静さをもどし、改めてあやまった。


「図に乗りすぎた。反省している。別に温泉で呪歌リートを調べさせる必要はなかった」


 するとマハも落ち着きをもどしたのか、こちらも改めてあやまってきた。


「それを言うなら、奏の言葉を信じなかった私が先に悪い。最初から信じていれば、調べる必要そのものが無かったよ。めいわくかけて、ごめん」

「人の言葉を簡単に信じないのは、当たり前だろう」

「でもちがっていたのは私。信じる信じないのきが下手な、私の方が悪い」


 呪歌リートおれが持っていなかったことを、指しているのだろうか。

 だったら本当はおれ呪歌リートを持っているので、マハこそ正解なのだが。


 ともあれ会話が出来るふんもどれたのはいいが、今度は変な流れになってきた。

 まるでマハが悪いような話で、あやまる機会が無い。

 それがイヤなので、おれも正直に自分の非を口に出した。


「……しかし、だ。やっぱり、身体を見られたくはなかっただろう?」

「それは…………まあ、うん」


 なおにマハはうなずいたが、いかにも薬師らしい理解も示してくれた。


「でもそれはかなでが運んだからだよね? なら仕方ないよ。助けようとしたなら」

「そう言ってくれると、おれも助かる……」


 マハが許してくれたので、おれはようやく胸のつかえが取れた。

 ところが一息ついたところで、マハが追加注文をつけてきた。


「だけど昨日の内容は、さっさと忘れてね」


 その注文を聞いた奏は、先ほどおもかべたマハのしんを思い出す。

 顔を合わせたしゅんかんよみがえった、このせんめいおく。都合良く忘れるのは、難しそうだ。


(この件もなおに答えた方が良さそうだな?)


 そう考えて、今度も正直に答える。


「ムリだな。当分は頭にチラついて忘れそうにない」


 うん、我ながら正直だ。これならかのじょも許してくれるだろう。

 そう思っていたが、今度はマハの口から、理解のカケラも無いせいが返ってきた。


「今すぐ忘れて! ムリならおくを飛ばす薬を、そのケダモノ頭にたたむから!」


 おそろしい形相でおどすマハの手には、こしのポーチから出したハサミがにぎられていた。

 あやしく光るハサミをじゃきじゃき開閉させ、今にもがいを切開するけんまくだ。こわい。


 何というじんだマハさん。

 正直に答えたのはいっしょなのに、さっきの理解は一体どこへ。


「そう簡単におくというものはだな……」

「わ・す・れ・て」

「……善処する」


 どんなにくつうったえてもマハが聞き入れそうにないので、やむなく約束する。

 おかしい、こっちの言い分が正しいはずなのに。

 無理を通せば道理がむとは、このことか。


「よろしい」


 おれに約束させたことで満足したのか、マハもハサミを収めると話題を移す。


「出発の準備ができてるなら、もう行くよ。今日はおくれたくない」


 そうマハは告げるとおれわきとおけ、さっさと宿屋のげんかんへと向かっていく。

 その様を見ると、まるでおれの出立を待ち受けていたかのようだ。


「どういうつもりだ。おれいっしょに行く気か?」

「だってかなでみずはらの里に行くつもりなんでしょ? だったら私と目的地はいっしょ

「どうしておれみずはらに行くと分かる。お前には話していないはずだが」

「夕べ旅人に話していたでしょ」


 昨夜の旅人との情報こうかんで、おれは行き先を明かしたことを思い出した。

 あのときマハはいわかげにいたはずなので、裏で耳にしたようだ。


「そう言えばそうだったな。あのときお前も温泉に……」


 しかし何の気なしにおれが『温泉』というワードを口にしたしゅんかん


「お・ん・せ・ん?」


 神速の勢いで、マハがかえってきた。

 にっこり。ハサミじゃきじゃき。

 表情はたおやかなみだが、菜の花マハではなく食虫植物みたいな殺気を放っている。

 そのがおだけで言葉をふうじられたおれは、口をとがらせて不満をこぼした。


「……せっかく旅人と情報こうかんもしたのに、これでは何も言えないではないか」

「話があるなら後にして。きゅうけいするときでいいよ」


 そっけないマハの返事。おれは完全に、『温泉』を禁句にされたとさとった。

 仕方ないのでおれはマハの言うように、出立を急ぐことにする。

 目的地はみずはら

 かつて棄京ききょうの北西山中にあった、ユズとけいりゅうが美しい秘境の里――。

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