【3-04】透歌と奏、迷夢の中で

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(――また、この夢か)


 もう10年も昔のことなのに。

 今でも『かなで』は故郷がほろびた日のことを、夢に見る。


(明日はみずはらに行くからだろうか。こうハッキリと分かる夢を見るとは)


 これが夢だということは、意識で分かる。

 そして、いったい「だれの夢」なのかも――。


(そう。これは『七城ななしろかなで』の夢であると同時に、『みずはらかなで』の夢なんだ)


 かつておれの妻だった少女、みずはらかなで

 もう1年前に死んだはずのかのじょおくを、ときおりおれは夢に見る。

 妻のおくをそっくりそのまま夢見るなんて、つうの人間なら無いことだろう。

 しかし"おれたち"に限っては、それが出来た。


おれかなでは一心同体だからな。おもいも、おくも、ときに姿すら共有できる)


 だから、だろうか。

 おれていこくが、黒主が、ベクターがにくい。

 みずはらかなでが死ぬぎわまでいていたふくしゅうの念が、おれの中でもくすぶり続けている。


(こうしてみずはらの夢を見ることが多いのも、きっとかなでふくしゅうしんのせいだろう)


 特に最近は朱泉国しゅぜんこくに来たせいか、みずはらの夢を見ることが増えた。

 それはまるでおれの中に居る"かなで"が、忘れたくないとたましいさけんでいるようで。

 かつて目に焼き付いた光景をおれに共有してしいと、切にうったえているようで。

 かのじょの過去を夢に見るたび、おれは心にするどい痛みを覚えてしまう。


(今夜は、少しばかり物悲しい夜になりそうだな――)


 そう思いながら、おれかのじょが見せる夢の世界へと、しずんでいった。


 ――――…………


 人口1000人にも満たないやまおくの里、みずはら

 ユズを特産として住人はつましく暮らし、山間に小川が流れるだけの、秘境のほとり

 "私"は代々さとおさを務める家の次女として生まれ、その日まで家族と過ごしていた。


「姉上、どうしてそんなにかない顔をしているの?」


 10年前の、あの深秋の日。

 私は姉の顔色がえないことに気付いて、こう話しかけた。

 

「――どうして、そう思ったの?」


 えんがわすわってものをしていた姉の透歌とうかが、顔を上げてこちらを見る。

 きれいで。はかなげで。どんなにホコリによごれても、ちっとも色あせなくて。

 ながいくろかみも。まっすぐなひとみも。質素なふじ染めの着物も、いつもといっしょ


 でも。だからこそ、私は姉の少しの変化に気付ける。

 姉を尊敬しているから。とてもてきに思えるから。いつも観察しているから。


「いつもよりものげ。それにものを進める手が、いつもよりちょっとおそい」


 私が理由を答えると、姉上があきれたように息をつく。


かなでは、私のことをよく見ているのね」

「だって。姉上のこと大好きだもん。いつもながめていたいもん……それで、なぜ?」


 私が重ねてたずねると、姉上は降参したようにほのかにほほんだ。


ていからのお手紙を読んで、ちょっと……ね」


 そう言うと姉上はものをする手を止めて、えんがわに置かれた手紙に指をえた。

 おくしきんでいた私は身体を起こすと、ゆかから出てえんがわに向かう。


かなで、身体にさわる」

「平気。日なたは温かいし、それに姉上の側は、もっと温かい」


 そう言って私はえんがわまで出ると、姉上のわきに置かれた手紙を見る。

 裏を見ると差出人として、見覚えのある名前が書かれていた。


ていの、皇太子さま? 姉上に何かと親しくしてくれる」


 ろうふうあとが残る手紙には、差出人がていの皇族だと示すサインが記されていた。

 とは言っても幼い私に分かるのはそこまでで、書面の内容は読めない。

 だから代わりに姉上に教えてもらおうと、私は中身について質問した。


「また、『リート』のおはなし? 姉上が持つというリートをゆずってくれ、って」

「どこで聞いたの」

「父上が言ってた」


 私が答えると、姉上は困ったように息をついた。


「父上も、なぜ幼いかなでに話すのかしら。この子が知る必要なんて、無いのに」

「姉上は断りたいんでしょ?」

「そうね。私の持つ呪歌リートは、かなでが元気で生きていくために、必要なものだから」


 そう答えると、姉上は手紙を手に取り、小さくたたんでしまう。

 その、おもいをふうじるようなたたかたを見て、私は不思議そうに首をかしげた。


「仲良しの皇太子さまのたのみなのに、それでも?」

「……私にとって大切な家族は、かなでだけだから」


 姉上の答えを聞いた私は、「父上は?」と言いかけたがやめた。

 姉と父の関係に少しきょがあることは、私も感じていたから。

 それは二人が直接のけつえんではないことが理由だと、うすうす気付いてもいたから。


「私も姉上が一番好き。死んだ母上みたいに、病気ばかりの私にもやさしいし」

「ふふ。くなった母様にもたのまれたからね。『奏を守ってあげて』――と」


 私と姉上の母親は、さいこんだった。

 連れ子として母といっしょに来た姉上は、父親とはみょうきょがあったが、さいこんしてから生まれた妹の私には、とてもやさしくしていた。

 それは単に病弱な妹を守ろうとするの感情だけではなく、母親のゆいごんかなえようとする、姉上なりのけなちかいでもあったのだと、今では思う。


「姉上は、そればっかり」

「母様にはめいわくをかけたから。だから決めたの。どんなことをしても、かなでは守ると」


 姉上はつぶやくと、中庭に立った。

 庭先には家族がたんせいめて育てている、一本のユズのが立っている。

 の下に来た姉上は、空を見上げてもう一度「決めたから……」とかえした。


「姉上は『リート』って力で、私を守ってくれてるんだよね。どんな力なの?」

「……89番、神薙かんなぎのリート。玉葉ぎょくよう百絶ひゃくぜつしゅ、胸にめるはしゅぎょくおもい『まが禍魂まがたま』」


 に実ったユズの果実に手をべながら、姉上が上の空のように答える。

 だけど私には言葉の意味が分からず、「ううん?」と首をかしげるしかなかった。

 だけど、その声で我に返ったようにいた姉上が、ほほみながらあやまる。


「……ごめん、難しすぎたね。でも私のリートは心にめていることが条件だから」

「口に出して言ったら、ダメってこと?」

「そうね。もし口にすればたんに効果がせてくなる。だからだれにも言えないの」


 そう言う姉の姿が、なんだか少しつらそうに見えて。

 つい私の口から、なおおもいが転がり出た。


「……なんだか、しんどいね。言の葉はかなでないと、伝わらないのに」


 この大好きな姉は、色々なくびきとらわれすぎている――そう、私は思ってしまう。

 姉上が持っているという、『神薙かんなぎのリート』の力。

 仲良くしている皇太子からのたのみ。

 くなった母親がのこした、最後の言葉。


 姉は色々な人の色々な言葉にとらわれ、しばられ、苦しみすぎている。

 まるで周りの大人たちが、こぞって言葉ののろいをかけているみたい。

 いや。もしかしたら私の言葉だって、この人にのろいをかけているんじゃ――?


(イヤだ)


 そう考えたとたん、中庭に立つ姉の周りに、地面から不気味なモノが現れた。

 『言葉のヘビ』とでも呼ぶべき不気味なじゅもんが現れ、姉をからっていく。

 黒く大きなヘビたちがいくにも立ち上り、くさりのように姉上に巻き付いていく。


「あねうえ!!」


 にげて。

 のろいの言葉に姉が食べられる――そう思って私はさけぼうとしたが。

 でもその言葉すら、姉をらえるへびに化けてしまいそうで。

 ただ私には、さけぶことしか出来なかった。


「やだ、やだ、やだ――あねうえぇぇ!!」


 どんどん増えていくヘビたちに、姉の姿がまれていく。

 それだけじゃなく、中庭が、私が、心が、無数の言葉のヘビに食べられていく。

 あっという間に真っ暗へと流れ落ちていく、その意識の中で。


 ――――ああ。これが、本当の『世界』なんだね。

 私たちはみんな、言葉ののろいでだれかをしばり、言葉にしばられているんだね…………。


 『私』と『おれ』は、そう気付かされたのだった。


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