【3-03】裸の少女と荒くれ三人組

「……ひぃっ!」


 ずっときんちょうしていたマハの顔が、一気にきょうこうで引きつった。

 あわあわと少女は視線を泳がせ、パニック状態になっている。

 男にタオル一枚を身体に巻いただけの、あられもない姿では無理もない。


「さっきサルが居た辺りのいわかげかくれろ」

「わ、分かった……!」


 だっのごとくもどるマハ。

 かのじょは今さっき出たばかりの温泉にむと、景観もねているだろう、ぶねの中央にある大岩の裏側にまわんだ。とりあえず、正面からは死角と言える位置だ。


 マハが無事にかくれたのを見届け、いったんおれも温泉にもどる。

 やがて入口のとびらが開き、こしにタオルを巻いた三人の大男が浴場に入ってきた。

 みな体毛があらくれもの。少女からすれば、正しく「ケダモノ」じみたふうていだ。


(うーむ。マハに正面とっを要求するのは、さすがに無理だな)


 すぐに判断すると、さりげなくかれらがいわかげに回るのをふさげる位置に移る。

 そのまま何食わぬ顔でくつろぎ、男たちがぶねに身をしずめるのをゆうぜんながめる。

 男たちは湯にかると、気持ちよさそうな顔をして雑談を始めた。


「おおお……良い湯だな。入っただけで旅のつかれが飛びそうだ」

「明日は棄京ききょうに着くが、今日はたんやまえがしんどかったもんな」

「そうだなあ。昔みたいにみずはらの里があれば、この辺りの旅も楽だったんだがな」


 ――たんみずはらおれたちとは逆方向から来た旅人か。


 もしかすると、目的地の情報が聞けるかもしれない。

 男たちの雑談に耳をかたむけていたおれは、連中の話に加わることにした。

 おたがい逆方向から来たなら、旅先の情報こうかんをする価値はあるだろう。


「今日の棄京ききょうおおさわぎがありましたよ。もし市中に入るなら、気をつけて」


 気さくに話しかける。

 のどかな温泉のふんのおかげか、男たちも気軽に応じてきた。


「おっ兄ちゃん、あっちから来たのか。さわぎって、何があったんだ?」


 男たちも、進路先の情報がしいのは同じ。

 一見するとあいの無いやり取りだが、何とかして情報を引き出そうとしてくる。


「何でも式神が人をおそう事件があったとか。明日も危険かもしれませんね」


 話を聞いた旅人たちも、「事件」と聞いて事の重要性を理解したらしい。

 かれらは顔を見合わせると、おれの近くに寄ってきた。


「けどよ、あっちから兄ちゃんは来たんだろう? 平気だったのか?」

「そうですね。夕方には、もうそうどうは終わっていたので」

「そっか。教えてくれて、ありがとよ。念のため明日は気をつける」


 とりあえず、いかにも役立ちそうなえさは食わせた。

 後は相手の出方だい

 まだ手札がある様にチラつかせれば、男たちから情報を引き出せる。


 男たちが安心したのを見計らい、今度はおれが質問に回る。


「今日は他にも色々と大変でしたが……私としては、みなさんの話も気になります。明日はみずはらに向かう予定なのですが、あちらは何か変わったことがありましたか?」


 ギブアンドテイクと言わんばかりにたずねると、男たちも相好をくずす。

 温泉の暖に気をゆるめたのか、かれらはがおで快く情報を出してくれた。

 

みずはらには特に何もねえよ。ずっと昔に村がなくなって、それっきりだ」

「……そうですか」


 視線を湯に落とし、しんみりとおれはつぶやいた。


 だろうな。

 もう、あの山間の里が生き返ることなどない。

 あの里の歴史は10年前に息絶え、もう――……。


 おれがしばらくだまっていると、思い出したように男の一人が口を開いた。

 こちらが出した情報に対し、無情報ではあまりにいと思ったのだろうか。


「ああ。でも最近、風変わりなばあさんが住み着いたらしいぞ。じょって呼ばれてる」


 どうでもよさげな話ではあるが、せっかくなのでたずねてみる。


じょ、ですか」

「名前が……えーと、マリーツィア・トゥスクルだったかな?」


 男があいまいおくさぐるように言うと、別の男が口をはさんだ。


「そうそう。名前からしてみょうきつだったから、おれは覚えてるぞ」

「お前も、よく覚えてるなア」

「『マリーツィア』は『悪意』、『トゥスクル』は『じゅつ師』という意味だからな」

「けっ、てめーの知識まんきたっての」


 ちゅうから男たちの身内話になってしまったので、おれは会話から外れた。

 じょ。マリーツィア・トゥスクル。

 役に立つかどうかは分からないが、覚えておくか。


 少ないしゅうかくを胸に刻み、用は済んだとから上がろうとする。

 しかし内心にみょうな引っかかりを覚え、おれはその動きを止めた。


(はて。何か忘れている気がするな……?)


 そのときだ。


 バシャリ。

 いわかげで、大きな水音がした。


 つづけて「や、やめろっ……」という、少女の小さな悲鳴。

 さらにパシャパシャと続く、うような水音。

 水音に混ざって聞こえる「放せ……!」「さわるな……!」という声。


 思い出す。そう言えば、マハをいわかげかくしたままだったな。

 声の様子から察するに、そのかくれているマハに異変が起きたようだ。


 男たちも気付いたらしく、マハがひそいわかげに向かい始めた。


「んん……? あっちにだれか居るのか?」

「サルでしょう。ほら、あっちにも居ますよ」


 まずいな――と思いつつ、ひょうひょうと温泉を囲う大岩の上を指さす。

 都合良く岩にちんしていたサルには、感謝すべきだろう。


「この温泉、サルが出るのか。まさか人をおそったりはしないよな?」

「とりあえず私が居る間は、暴れてませんね」

「だったら平気か。おーいもどってこい、それともサルとデートしたいのか?」


 サルの姿を見た二人が動きを止め、うまくだまされてくれた。

 しかし残る一人は進みを止めたものの、首をかしげるだけでもどろうとしない。


「いや……女の子の悲鳴が聞こえたような気がしたんだが」

「おいおい、男湯と女湯で別れてたろ? わざわざコッチ選んで入る女が居るかよ。もし居るとしたら、そりゃしゅつきょうのヘンタイさんだぜ」


(居るんだなあ、これが)


 後でからかうネタが増えたと思いながら、ける方策を考える。

 このままだと男がしゅつきょうのヘンタイさん――もといマハとランデブーする。

 今までがんった少女にバッドエンドをあたえるのは、さすがに気の毒な話だった。


 おれいわかげへのルート上に居たが、そこを男がかいしようとする。

 とっさの反応で進路をふさぐが、男がさらにまわもうとした。


「やっぱり気になる。その裏側を『確かめたい』から、ちょっと『通してくれ』」


 どうやらほんさせるのは難しい――か。

 仕方ない。最後の手段を使おう。


「……『確かめたい』なら、仕方ないですね。どうぞ」


 そう返しながら、こっそり男に『さかかぜ』のリートをける。

 リートをけたところでなおにどき、男がいわかげへ行けるようにしてやる。

 おれが開けたルートを男が裏側へと進んでいった、そのときだった。


「うおわッ!?」


 いきなり、男が悲鳴を上げた。

 それだけではなく何かのしゅうげきを受けたように、ほうほうていもどってくる。

 激しくねる水音と共に、キィキィギィギィと興奮したけものの声がひびいた。


 なるほどな。

 今、男は『いわかげを確かめたい』『通りたい』という二つの願いを口にしていた。

 しかし『通りたい』はつうかなったものの、『確かめたい』はかなわなかった。

 きっと本心に近い思考ほど呪歌リートの対象になりやすいのだろう。


 ぶんせきを終えたおれしょうしながら、何食わぬ顔で男にけものの正体を教えてやる。


「やっぱりサルでしたね」


 おれが指さした先では、一ぴきのサルが歯をいてこちらをかくしていた。

 さわいでいるサルの手を見ると、一枚のタオルがにぎられている。

 マハが身体に巻いていたタオルと、まったく同じものだ。


(何となく、マハがどんな災難にったかは想像がつく……)


 おそわれた男がりふきながら、仲間たちの元へもどっていく。


「くそっ。やっぱ野生動物は、油断しちゃいけねーな!」


 仲間をむかえた二人が、おそわれた男を口々にからかった。


「女のげんちょうが聞こえたなんて、欲求不満かぁ?」

「がはは、おれも美少女に背中流してもらいたかったぜ」

「ちくしょう……女の子をおそうどころか、逆にサルにおそわれるとはな!」

「ふはは、お前らしいじょうだんだぜ。話のタネが増えたじゃないか」


 あいあいと語り合う旅人たちは、もう完全にいわかげから興味を失ったらしい。

 マハがどんな気持ちで聞いているのかは気になるが、少女の危機は去ったようだ。

 サルの捨てたタオルがぶねただようのをながめ、おれは安心して息をつくのだった。

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