【3-02】マハさん、男湯に突入する

 上がりらしいマハは、おれと同じようにかた姿すがたでいる。

 しかしおれや多くの宿しゅくはくきゃくとはちがって、らいじん風の風貌ふうぼうをしたかのじょが着ると、浴衣ゆかたから感じるイメージがまるで変わってくるからおもしろい。

 おれはアーテイ氏にだまるよう合図すると、マハに応じた。


おれを探していた、だと?」

「昼間ははらわれたからね。どう? そろそろ落ち着いた?」


 ち、とおれは舌打ちする。

 思い返せば、昼間は姉上の話を聞いて取り乱してしまった。

 しかしベクター女に言われると何だかしゃくさわるので、おれはそっけなく返す。


「何の用だ」


 マハがおおぎょうかたをすくめてしょうした。


かなで呪歌リートわたしっぱなしだからね。返してもらおうと思って」


 そう言うとマハは手を差し出し、貸したモノを返してもらうジェスチャーをした。

 しかしその気の無いおれは、その出された手を見つめるとしょうで返す。 


「断る。だいたいおれは、もう呪歌リートを持っていない」


 ウソでそくとう

 正確には持っていないわけじゃなく、外から見えないだけだが。

 ともあれマハが予想しない返事だったらしく、たんかのじょは血相を変えてきた。


「はあ!? 持ってない――って、どういうこと!?」

「うむ。気味が悪いので手放した。今ごろだれかが新たな持ち主となってるだろう」


 こちらも大ウソ。

 じゅもんが見えなくなった以上、おれ呪歌リートの持ち主と証明するモノは他に無い。

 はっはっは。手放さないと決めたモノを、そうやすやすゆずるわけがなかろう。


「て、手放したぁ……!?」


 しかし、あまりにバレバレのうそだったようだ。

 いっしゅんあっけにとられたマハがいかりの形相に変わると、ものすごい大音量でさけんだ。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなーっ! かなでうそつきだ、絶対それはうそだ!」


 まくが勢いよくふるえる感覚。

 案外こいつ肺活量あるな――と、こっちが感心するほどだ。


「そう言われてもな。じゅもんが傷つけば呪歌リートはなれると、お前も言ってただろう?」

「いったい、いつ手放した! しょで別れてから、半日もってないだろう!」

「うーんいつだろう。最近もの忘れが激しくてな。金貨10枚あれば思い出せるが」

「これ幸いと、私にたかるなー!」


 マハがらすのを、すっとぼけて受け流す。

 やはり信じてくれないか。

 だが残念だったな、しょうとなるじゅもんは、もう外からは見えない状態だ。

 優位に立ったことを確信したおれは、おもしろがってマハに一つの提案をかけてみた。


「そんなに疑うなら、身体にじゅもんがあるか自分の目で調べるか?」

「どういう意味よ」

「ほら、そこに温泉があるだろう? おれいっしょに入れば、全身を観察できるぞ」


 おれは指で男ののれんを指さしながら、マハに笑いかける。

 こう言えば、マハも二の足んで引き下がるだろう。

 さすがに男に入って来て、はだかの男を観察する度胸はあるまい。

 そう期待して言ったのだが、意に反してちがう返事が返ってきた。


「よ、よ、よ、よ……よよようし、分かった。だ、だったら本当かどうか、私自身の目で確かめようじゃないか!」


 おお……かなり声がふるえているが、これはやる気だぞ。

 よほどいかり心頭でしゅうしんが飛んだのか、それとも呪歌リートに相当のしゅうちゃくがあるのか。


 どういう心境かは知らんが、とにかくかくだけはある。

 こちらは別にそれでも構わんが、もう少しかくのほどをためしてみるか。


「当然だが、おれつうに男湯へ入る」

「なっ……中にだれも居なければ問題ないっ!」

「残念ながら居た。女とあらば見境なくおそいかかりそうな、ケダモノじみた連中が」


 それを聞いたマハが、へなへなとゆかくずちた。

 どんな男を想像したかは分からないが、かくの上限をえた存在だったのだろう。


「――――フッ、勝ったな」


 勝利を確信し、浴衣ゆかたさっそうひるがえして部屋にもどろうとする。

 しかしすわんだマハが浴衣ゆかたすそつかんだせいで、派手にすっ転んでしまった。


「い、痛い! 何をする!」


 おれろうにぶつけた鼻っ柱をさすり、後ろですそつかむマハにこうする。

 するとマハが顔を引きつらせながら、なおも食い下がってきた。


「ほ、他に人が居るなんて……うそかもしれないじゃないか……はは、は……」

「だったら自分で入って確かめてみろ。おれは部屋にもどる」


 起き上がって言い捨てると、また浴衣ゆかたひるがえして立ち去ろうとする。

 しかし再びマハがすそつかんできたせいで、またしても転んでしまった。


「ぐおぅんっ?」


 二回目の痛打を顔面に受け、不条理にあたえられた痛みにえてく。

 犯人の少女が、またしてもふるごえで言い張った。


「そ、それに私は、く、薬師だぞ。人のはだかを見るのは、なな慣れている……!」


(――確かに薬師は慣れていても不思議はないが、お前は絶対に慣れてないだろう)


 マハの態度を見て思いながら、ゆらりと立ち上がる。

 まあいい。この痛みのだいしょうは重くつくことを、教えてやるか。

 おれふくしゅうしんを心にたぎらせ、薬師のむすめをギラリとにらむ。


「ようし分かった。ならマハさんのおかくを尊重して、いっしょにおに入ろうか」


 そう言うとおれは、さっき出たばかりの男ののれんをくぐる。

 後ろをかえると、きんちょうでガチガチに固まりながらも、マハも入ってきていた。

 だつじょうには人が居ないことをかくにんして、ほっと一息ついている様子だ。


(だが、まだ勝負はこれからだ)


 おれだつじょう浴衣ゆかたぐと、後ろのマハに明るく声をける。


「マハさんや、さっさと入るたくをしなさいな」

「人が居ないなら、ここで調べればいいだろう!?」

「ここだと寒いから断る。湯船にひたってやる」


 主導権はこちらにある。戦場をどこにするかは、おれが決める。

 つれない返事を投げつけられ、マハが大きくかたを落とす――が、知ったことか。


 おれえんりょせずぎ終えると、こしぬの一枚の姿で温泉に向かう。

 後ろから、マハがトテトテとかた姿すがたのままで追いかけてきた。

 おれは先ほどの痛みの仕返しとばかり、思い切りイヤミっぽくてきしてやった。


「おやおやマハさん? あなたは浴衣ゆかたを着たままで、おに入るおつもりか?」

「そ、それは……」

「入るなら浴衣ゆかたがないと。もしやきゅうてい薬師さまは、そんなこともご存じない?」

「そんなの! 知ってるに! 決まってるだろうっ!?」


 半分近くなみださけびながらも、マハは観念した様子で浴衣ゆかたぎ始めた。


「ううう……こっちのぞいたら、絶対不幸にしてやる」

「お前、おれの願いを逆にかなえておいて、それ言うか?」


 とはいえ、だつシーンまでながめるのはイジメすぎと思い、視線だけは外してやる。

 かすかに聞こえる、ころもはだれる音。

 やがてペタペタと、少女がだしで歩き出す音がした。


 ようやく終わったかと思い、視線をもどして――ぎょっとする。

 かのじょは身体にタオルを巻くのは当然として、その手にぶっそうなモノをにぎっていた。


「あのう、マハさん? お手持ちのそれは一体?」

「あ、ああ……これでキミの身体を洗ってあげようかな、と」


 マハがにぎっているのは、いつもおれが持ち歩いているヤスリだった。

 おそらくは今、おれいだ服からったのだろう。


(――お前はヤスリで人の身体を洗う気か)


「はっはっは……ヤスリは人を洗うためのモノではありませんよ?」

「はっはっは……こちらの方が、よりがんよごれも落ちましてよ?」


 念のためにてきしても、マハは手放す気配がない。

 まったく、ああ言えばこう言いやがって。


(……この女、おれじゅもんを見つけ次第、はだごとけずり落とす気では?)


 もはやきょうじみていてこわいが、下手にうばろうとすればころされそうだ。

 あきらめたおれは舌打ちすると、とびらを開けて浴場に入ることにした。


 てんは湯気と夜空のコントラストがあでやかで、居るだけで心が洗われそうだ。

 おれは湯気がただよう中を進み、おけで軽く湯を浴びると湯にかる。


(――さて。自ら男湯にんできたゆうかんな少女は、どうしているかな)


 温泉のここよさをまんきつしながら、マハの様子をかくにんする。


 おお、来ている来ている。

 マハはヤスリを両手で構え、しきりに切っ先を左右に向け、しんちょうに進んでいる。

 まるでゾンビかゴブリンのしゅうげきに備えた、新米のぼうけんしゃみたいな動きだ。


「こっちだぞ。早く入れ」


 気軽に声をけてみるが、マハは構えを解こうともしない。


「……他の男は、どこだ」

「何のことだ」

「だって、中にケダモノじみたヤツらがいるって」


 ああ、そう言えば最初に話したな。

 さっきからみょうに血走ったで周囲をけいかいする理由は、それか。


 見つけたら迷わずころす気なのかな――とあきれながら、その正体を指し示す。


「ほら、あいつらだよ」


 指さした先には、二ひきのサルが岩山にすわっていた。

 サルはおれたちが居るのに、おそうこともすこともしない。

 ごろから宿屋側が上手にあつかっているのか、人間とのきょ感が分かっているようだ。


「サ、ル……?」

「ケダモノじみているだろう?」


 正体を知ってきんちょうの糸が切れたのか、マハが石造りのゆかにペタンとすわんだ。

 さすがにおこる気力すら消し飛ぶほど、だつりょくしたらしい。


「そんなところですわっていると、風邪かぜを引くぞ。早く来い」

「うっ……るさい、だれのせいで……!」


 立ち上がる力が出ないのか、マハはつんいで進みながら温泉までたどり着く。

 ぶねに入ったかのじょちからきてブクブクしずみかけたが、やがて一安心したのか。


「よし。じゃあかなで、身体を見せるんだ。私が直々に調べてやろう……!」


 ――と、意気をもどしておれせまってきた。


 ここまでしゅうねんを見せられると、もう感心するほかない。

 仕方ないので、おれはマハの気が済むまで付き合うことにした。


 ――――…………。 ――――…………。 ――――…………。


「どうだ。どこにもじゅもんは無いだろう」


 めつすがめつおれの全身を調べ続けていたマハが、力なくうなずいた。


「……確かに、無い」


 十分か二十分ほどけて、頭のてっぺんから足のつまさきまで。

 これだけ入念に調べても見つからないので、ようやく白旗をげたようだ。


「気が済んだのなら上がるぞ」

「でっ、でも。宿ったリートは時間がつとだんは見えなくなるし、もしかすると」

「まだねばる気か? 残って本物のケダモノ男といっしょになりたいなら、勝手にしろ」


 そうはなして湯を上がろうとすると、マハがきょうで身をすくめた。


「うっ……し、仕方ない。ここはいったん、リートのことはあきらめる……」

「物わかりがよくて結構。じゃあ出るぞ」


 さすがに旅館の男湯に、女一人で入り続けるしゅはないらしい。

 おれが温泉を上がると、マハも縮こまって後ろからついてきた。


 おれだつじょうに続くとびらを開けようと手をばし――その手を止める。

 とびらの先から、知らない男たちの陽気な話し声が聞こえてきたからだ。


「どっ、どうした。早く」


 後ろからマハがかすが、これは予定へんこうだな。

 おれかえるとあせり顔のマハに、きんきゅう事態の発生を告げた。


かくれろ。他の連中が来た。三人ほど」

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