1章3節――温泉と迷夢と瑞原の里

【3-01】奥嵯峨の温泉宿にて

【3節 温泉と迷夢と瑞原の里】


 おく

 棄京の北西さんろく部は、化野あだしのふくめ、こう呼ばれている。

 近くには小倉山おぐらやまと呼ばれる、昔の歌人で有名な山があり、かつては観光地だった。

 また、『東の鳥辺野とりべの、西の化野あだしの』と呼ばれたように、ふうそうの地としても知られる。


 そのおくから山あいをって進み、けいこくを上流にさかのぼるとみずはらの里がある。

 黒主を殺したおれは棄京とち、今ははいきょのはずの、その里に向かっていた。

 黒主の「みずはら呪歌リートかくしていた」という情報に、心当たりがあったからだ。


 しかし瑞原に続く道は山で険しく、最短ルートでも時間がかかる。

 おれやまえを始める前に、おくで一ぱくすることにした。


 ――――――――……………………。

 ――――…………。

 ――……。


 古風な木造の温泉宿。

 もう辺りは夜のとばりが降りているが、この宿は思ったより寒くなかった。

 話によるとことだまを利用し暖をとっているらしく、何とも便利な使い道だと思う。


 温泉で入浴を済ませたおれ浴衣ゆかたえると、表の通路で他の客を観察する。

 しばらくそうしているうち、陽気なことだまが話しかけてきた。


「ねえねえかなで。さっきから何してるのー?」

「すれちがいざま、あの男に呪歌リートをかけたのでな。様子見している」


 指でことだまアーテイ氏に教えながら、さらに男の動きを観察する。


「げ、ざんこく……アイツが、ずっと女の子に『せくはら』してたせい?」


 アーテイ氏が、ドン引きした声をあげた。

 気持ちは分かるぞ。呪歌リートにかかった以上、あいつの願いは逆にかなうのだから。

 とはいえ、こっちにも呪歌リートをかけた相応の理由ならあるんだ。


呪歌リートの性能を知りたい。黒主と対戦したときは、くわしい性能が分からなくて、打つ手が限られたからな。例えば口先と本心、どちらの願いが優先されるのか」


 他の制限も気になる。

 はなれても有効か? 無効になる条件は?

 作用機序は? 効果時間は? 使用回数は?


 マハとアーテイ氏は呪歌リートの知識がありそうだったが、マハの言葉が常に信用できるかはあやしいし、アーテイ氏に至っては……。


「そんなの、あてぃしに聞けば良いのに~」

「お前、さっきまで居なかっただろ!? どこをうろついてた!? いやむしろ、どうやっておれの居場所をさぐてた!?」

「あてぃし、おひるしてましたーそんでもって~、起きたらこの宿に居ましたー」

「相変わらず、世界の条理を完全無視した生態しやがって……」


 マジメに質問するのも、バカらしくなってくる。

 もう、この不思議ことだまアーテイ氏はしんしゅつぼつということで、なっとくするしかない。


「それでかなでは、どんなことが分かったの?」


 ちょうどいい、アーテイ氏が現れたことだし、答え合わせをするか。

 おれは今までかくにんした性能について、氏に話すことにした。


「ヤツが仲居の女に、『ムネくらいさわらせろよ』と言ったときに、呪歌リートをかけた。もし言葉が逆にかなうだけなら、ヤツは仲居の胸がれなくなるだけ。しかし後の様子を見ていると、別の女性のこしに手を回したときも、自ら手をめている……」


 これは最も気になっていた点だ。

 アーテイ氏から『逆理ぎゃくりのリート』の成立条件はすでに聞いている。

 しかし黒主と対戦したときに、どこがどう反転じょうじゅするのかのしょうさいが気になった。

 だからこうしてかくにん作業として、ためちしてみたのだ。


「……あの状態からすると、ヤツは『女性そのものにれられない』状態だ。お前が言うには『相手が本心と同じ願いを口にする』ことが、逆理のリートが成立する条件のはず。ならば今ヤツに発現している効果は、言葉とは少しちがう」


 自分なりのぶんせきを述べながら、アーテイ氏の反応をうかがう。

 するとことだまが感心したようにがおを見せて、明快に答えた。


「たぶん相手の本心の、一番大きい願いが対象になるからだよ。それからー?」


 こう明快に答えられると、おれとしても分かりやすい。

 おれはうなずくと、他の気になる点を話していく。


「問題は、『本心がどう逆にかなうか』という点だ。仮に『女性にれたい』という願いを逆さにかなえたとしても、『本人がれる意欲を失う』『相手にきょぜつされる』『なぜかれられない』と、色々な結果が考えられる。現実に起きた結果は、『なぜかれられない』だったが、これをコントロールしたい」


 つまり、逆にかなうと一言に言っても、「どう逆になる」のか。

 『明日は晴れろ』を逆にすると、明日がくもるのか雨なのか、明後日が晴れるのか。

 どんな、ひねくれた結果を返すのか。それはせいぎょできないのか。


「細かいこと気にするんだねー」

「能力のあくは、大事なことだ」

「じゃあ答えを言うと、そこまではせいぎょできないよ。逆理のリートは常識を無視したじんな結果を出すだけで、具体的に何が起きるかは決められないね!」


 またしてもサラッと答えるアーテイ氏。

 まるで呪歌リート博士みたいなくわしさにおれは舌を巻きながら、引き続き男を観察する。


呪歌リートをかけてから1時間ほどつが、まだ効果は続いている。長いな。その1時間の間に、おれに入ってきたが、やはり続いている。術者とのきょで効果が消える、ということもないようだ。……この辺の仕様は、後日また別の方法で確かめるつもりだったが」


 おれが答えをうながす視線を送ると、氏も心得たように明かした。


「効果に制限時間はあるけど、きょは関係ないよ~。あと1人1回限りが原則」

「本当にくわしいな。じゃあ呪歌リートじゅもんが見えなくなった理由も分かるか?」


 うでをまくり上げ、最初にじゅもんが刻まれていた部分をアーテイ氏に見せつける。

 最初くっきりと刻まれていたじゅもんは、もう今は見えなくなっていた。


呪歌リートが身体にむとそーなるよ、活性化しないとだんは外からじゃ見えない」

「なるほどな」

「もし呪歌リートを捨てる気なら、早めがいいよ。呪歌リートじゅもんを傷つければ手放せるけど、見えなくなったら発動中じゃないと出来なくなる」


 アーテイ氏が、念をすように聞いてきた。

 おれが教会で「不幸の力はいらない」とマハに語ったことを、覚えているのだろう。

 そのおもいなら、今も変わらない。

 しかしきゅうけたことで、「うまくあつかえば良いだけ」という考えもよぎる。


「どんなきょうあくな力でも、使い手がぎょせれば問題ないさ……」


 こう思うのは自信だろうか。過信だろうか。

 おれはアーテイ氏に首をると、手放す意志が今は無いことを伝えた。

 するとアーテイ氏は意地悪そうに笑い、さらに問いかけてきた。


「その呪歌リートねらう悪い連中が、おそって来るかもしれないよ~?」

「黒主みたいにか?」

百人一咒ひゃくにんいっしゅ――アイツが言ってたでしょ。百種類ある呪歌リートを、全部あつめるって」

「全てを集めると、どうなる。まさか神様が現れて、どんな願いでもかなえるのか?」


 おれしょうしながらじょうだんを言うと、アーテイ氏もいたずらっぽく笑う。


「まっさか~。でも、もしそうなら、かなでは何を願うの?」

「そうだなあ、『永遠に数限りなく、おれの願いをかなえ続けろ』かなあ」

「子どもみたいなわる……」

「はっはっは。で、どうなんだ。何が起きる」


 黒主が宣言し、あのそうどうを起こしてまで集めるのだ。

 願いはさておき、何かしらの意味はあるはず。

 アーテイ氏もうなずき、どうなるかを明かしてくれた。 


「この世界に法則を1つ付与ふよできるよ。すべてに対し平等に働く、新しい法則をね」

「平等……」

「つまり、奏みたいに『おれの願い』とか、だれかを優先したりは出来ないってこと」

ばんぶつばんにんばんしょうに等しく働く、何かしらの法則――か」

「そゆこと!」


 平等が前提なら、特定の条件を持たせることも無理そうだ。

 もし言葉遊びで自分だけ得する法則をねらっても、きっとかなわないのだろう。


「思ったより、つまらん」

「じゃあ、今からでも黒主にあげたら~?」

「もっと気に食わん。それに、この呪歌リートおれが持つ限り、他人は使えないのだろう? なら持っておくさ。他人にわたれば、何をされるか分からん」


 後ほど答えを検証する必要はあるが、アーテイ氏のおかげで仕様はほぼつかめた。

 今までに得た結果ともじゅんは無いし、氏の言葉は信じても良いように思える。

 最後に、これまでの質問の総仕上げとして、おれは気になることを聞いた。


「ひとつ聞くが……どうして、そんなに呪歌リートくわしいんだ?」

「あてぃし、ことだまですから。言葉のせいれいは、すなわちじゅもんのプロなり~」

「……………………」


 答えになっているような、はぐらかされたような。

 しかし『ことだまじゅもんのプロ』と言われれば、確かに説得力は感じる。


 これだけ情報がそろえば、もう男を観察し続ける理由もなさそうだ。

 そろそろ湯冷めしそうなので、おれは自分の部屋にもどろうとする。

 しかしそのとき女の入口から、見覚えのある人物が出てきた。


「あら、宿がいっしょだったのね。探す手間が省けたわ、かなで


 そう言って声をけてきたのは、昼間に会った薬師の少女。

 マハ・ベクターだった。

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