【2-08】遊戯、決着

(そっか。『いのち』をうばっちゃったもんな……)


 おれしろはとを殺すつもりで宣言したのだが、このあわれなむすめんだらしい。

 ウッカリ事故ってこわいなあ、気をつけなきゃ。


「……なムなム」

……」


 黒主ががっしょうして唱えるのに合わせ、おれがっしょうしてめいふくいのる。

 まあいっしゅんで死んだならおもみも無いだろうし、現実の本人は元気だろう。

 起きたことは仕方ない。現実にもどった後で、マハさんにはあやまるとするか。


 ひとしきりがっしょうを終えたところで、黒主が次の札を引く。

 札に書かれた歌を見た黒主はニヤリと笑うと、ほぼノータイムで告げた。


「『ことば』」


 おれけいかいしていた、『こ』の札を引かれてしまった。

 当然のように次のしゅんかんおれの言葉が音にならなくなる。


(――だが。まだ戦える!)


 しかし、こうなる事態は事前に予想できていた。

 み済みの事態なら対応できるのは、どんなときでもいっしょ

 おれは次の札を引くと、かしらを見るやいなやこしからヤスリをいた。

 ヤスリのせんたんで木製のえんたくに傷を付け、ガリガリと迷わず文字を書いていく。


(黒主は、『単語を指定する』のがルールと言った。発音する必要は特に無い!)


 おれが確信を持って書いていく様を見て、黒主がしょうした。

 どうやらヤツも同じ方法は頭にあったらしい。

 おれは単語を書き上げると、ヤスリをこしもどした。


 『あたりのくうき』


 書き上げたしゅんかん、黒主の形相が変わった。

 この仮想空間では黒主の身体にあくえいきょうは無いとはいえ、行動に制約は生じるはず。

 身体の周りの水分が蒸発すれば、舌や眼球も使いにくくなる。

 それに空気が無くなれば、もちろん発声しても音は生じない。

 相手の視界と言葉を同時にるという意味では、実に効率的なワードだろう。


(目には目を――どうだ黒主)


 これで今度は黒主も言葉を発せなくなった。

 しかし無言になったヤツは次の札を引くと、にわかに死んだはとの首をつかげ――


(うっ!)


 その首を、何とわんりょくってしまった。

 られた首の切断面から、真っ赤な血がしたたり落ちる。

 黒主はその血に指をしつけると、はとの血でえんたくに血文字をえがき始めた。


「『やすり』」


 そくおれにぎっていたヤスリが姿を消し、黒主の手元に現れる。

 なるほど、字を書く手段をうばってきたか。

 だったら他の手段でうばうものを指定しなければいけないが――。


(ええい、何とかなる!)


 山札から引くと、またぼうが出てきた。

 これでおれは黒主からうばった『辺りの空気』をへんきゃくするハメになる。

 先ほどうばわれた空気がもどり、黒主がここよさそうに深呼吸した。


「あーンー空気が、ウマイネ!!」


 そう言いながら黒主が引いた札は、女官札。

 場にもどっている『うばわれたもの』が、いっせいに黒主の手に入ることになる。

 がいとうするものは――。


  マハの色々、めいおうせいの表面温度、視界、光、命、言葉、辺りの空気……


 これまでのうばいで積み上げられた色々なものが、いま元にもどされている。


(この全部をうばわれると、おれは一気にピンチになるな)


 視界と光をうばわれれば、おれは視力を実質的に失う。

 言葉と辺りの空気をうばわれれば、おれは発声や行動が難しくなる。

 どれもゲーム続行が厳しくなるという意味で、最悪だ。

 もちろん黒主がこんな好機をのがすはずもなく、ヤツはニヤリと笑うと――。


もどったものを全部うばうヨ、これでボクの勝ちだネ……!」


 そう黒主が宣言した、次のしゅんかんだった。

 視界も光もうばわれ暗黒のとばりに包まれたおれの耳に、アーテイ氏の声がんだ。


「わっ、黒主が凍りづけに……!?」

 

 その言葉を聞いたおれは、何も見えないじょうきょうの中で勝利を確信する。

 もちろん言葉も空気もうばわれているので、口に出して聞くことは出来ない。が、黒主の身に何が起きたのかは容易に想像がついた。


(――――勝ったな)


 三十秒が過ぎたところで、とつぜんに視界が開けた。

 黒主がゲーム続行できず、おれの勝利が確定したのだ。

 返ってきた光と視界、そして言葉と空気を味わいつつ、おれは眼前の黒主をながめる。


 元にもどされていたものをうばった黒主の全身が、氷けになっていた。

 氷のかんめられたように、指一本すら動かせず、言葉もつむげないじょうきょう

 それでも黒主自身の設定上、ヤツの生命に異常はないはずだが――。

 おれながめているとアーテイ氏が飛んできて、氷けの黒主を指さして聞いた。


「ねえかなで、コレ何が起きたの!?」

「見ての通り、こおったのさ。ごっかんの空気ごとな」


 めいおうせいの表面温度は空気の主成分すらこおらせてしまう。

 そのごっかんの温度と空気を同時にうばったものだから、丸ごとこおったのだ。

 こおらせれば発声はおろか、身動き一つ取れなくなるからゲーム続行は不可能。

 すなわち時間制限の三十秒が来たところで、おれの勝利が確定する。


「??? よく分からんらん!」

「要するにうばわれるフリをしてしつけたのさ。低温と空気をセットでな。もしヤツが女札で場にもどったモノをうばい直さなければからりだったが、視覚や言語に関わるモノを場にもどしておいたからな。黒主がエサにられてくれて良かった」


 もちろん、これはおれが女札を引いた場合でも成立してしまうコンボ。

 だからおれが先に女札を手に入れた場合は、場のモノを奪わないつもりだった。

 結局のところ、黒主がワナに気付かなかった時点で、おれの勝ちだったわけだ。

 この『そうだつぼうめくり』とも呼ぶべきゲームに勝利したおれは、黒主に言い放つ。


「さて。おれがゲームに勝ったわけだから、約束通り協力の話はご破算で良いな?」


 物言わぬひょうかいと化した黒主に語りかけると、急に辺りの景色が変転した。

 空をめぐがく模様の数々が消失し、元通りのしょと空の姿が帰ってくる。

 同時にたおれていたマハの姿もなくなり、わりに元気なかのじょの姿が現れた。


「やあやあマハさん、お元気そうで何よりだ」


 もしうばったかのじょの『いのち』が、現実世界でももどらなければどうしよう――と思っていたが、それはゆうだったらしい。安心したおれがおで声をける。

 ――が、マハさんの方ではいかりをこらえる顔をして、おれをにらみ返してきた。


「どうしたマハさん、げんそうだが」

「アンタね……あれだけのことを私にして、よくそんなすずしい顔してられるわね!」


 おこられた。やはり命をうばったのはやりすぎだったか。

 さすがにおれも心配はしていたのだが、とりあえずあやまっておこう。


「済まない。黒主のはとを殺すつもりが、まさかマハさんまでえになるとは」

「そうじゃない! 現実じゃないからって、他にも色々とうばったでしょうが! おっぱいに、ブラにパンツに、挙げ句の果てには、しょっ、しょ……しょしょしょ……」

「ちゃんと全部返したではないか」


 まあ正確には返したというより、ぼうの効果で強制的にへんかんさせられたのだが。


「返せばいいってモンじゃないでしょ!?」

「ケチケチするな、減るもんじゃあるまいし」

「増える減るの問題じゃないわー!!」


 えるマハさん。おっかない。

 おれかのじょせいを浴びてかたをすくめていると、おくで黒主がのそりと立ち上がった。

 起き上がったヤツに、おれはさっそく声をける。


「残念だったな、黒主」

「クウ……まさカ空気ごとこおらせるワナをんでたなンて」

「約束どおり、マハは解放させろ。それと貴様の協力案の話もナシだ」


 もともと今のぼうめくりは、黒主にリートをけるためのものだった。

 だから別に約束のこうには期待していなかったが、言うだけは言ってみる。

 すると案の定というか、立ち上がった黒主は耳穴を指でほじりながら。


「じゃア解放はする――するけド、キミたちにはまたつかまってもらおうカ!」


 そう言って黒主が合図すると、散開していた兵たちがいっせいじゅうを構えた。

 やはり最初から、こうするつもりだったようだ。


おれだけなら文字ぐさりじゅうをしのげるが、マハが殺される。つまり再びかのじょひとじちか)


 結局のところじょうきょうは変わっていない。

 いて言うなら、おれが仮想空間でゲームに勝ったという事実がはさまるくらいだ。


「どうあってもがさないと?」

「分かってるンじゃないカ。古人いわく『この世ははかりごとたくみなるが勝ち、つたなきは負ける』ってね。下手なウソつきは世間をわたれないンだヨ」


 ほぼしにもどったじょうきょうで、おれはもっとも効果的なはんげきを考える。

 マハを救い、黒主の口を割らせ、かつヤツを殺す。

 そう仕向けられるよう、黒主に『逆理ぎゃくりのリート』をけたい。


おれに、どうしろと?」

「さっきも言っただロウ? ボクに従いたまエヨ」

「貴様に従え――と?」


 これだ。

 おれは黒主が言うやいなや、宿った『さかかぜ』のリートを発動させた。


「残念だがそれは無理だ! おれに従えと言うその願い、逆しまにかなえ――ッ!!」

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