【2-07】マハさん、○○○まで奪われる

 なるほどな。そういうことか。

 黒主がこのゲームを提案し、こうやっておれぼつにゅうするよう仕向けたことに、相応の理由があったと気付く。


「つまり――この夢空間を利用すれば、相手をぼうさつできると?」

「ヤダなァ、もしかしてだヨ? ブッソウなことを考えるンだネ。たださいみんじゅつに深くかかった状態でココで死ンだらショック死するかもネ、って話サ」


 黒主はじょうだんめかして笑うが、その目は笑っちゃいない。

 あるいは今こうしてさいみんじゅつの話を持ち出したのも、さいみんゆうどういっかんかもしれない。

 「ここで死ねば現実でも死ぬ」とませ、より深く暗示にかけよう――と。


「ここは現実とちがうから、リートの能力は使えない」

「そウ。さっきボクをおどした『自分ごと全員みなごろし』という手も、使えなイ」


 能力が使えないからたがいに条件は同じ――と思っていたが、どうやらちがっていた。

 おれが黒主のこうげきふうじるために出したおどしが、この場においては通用しない。


「何ともえんな方法だな。おれのリートをうばいたいなら、今ここで殺せばいいだろ」

「ボクはウソをつきたくないからネ。最初に言ったルールはチャンと守るのサ」

「ふん。こちらを安心してぼつにゅうさせるための、オトリルールだろう」


 安全な世界は見せかけで、本命は深くゆうどうしてからのデスゲーム。

 おそまきながらそう気付くが、こうして黒主が明かす以上、ていこうおくれだろう。

 ヤツも「十分にゆうどうした」と判断したから、手の内を明かしたのだろうから。


「サテ。ご理解いただけたところデ、再開するとしよウ。キミの手番からだヨ」


 黒主が山札を指で示す。

 うながされたおれは、次の札を引くことにした。


    めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に

                   雲がくれにし 夜半の月かな


 引いた札には、女性がえがかれていた。

 先ほど女性札を黒主が引いたばかりなので、もう捨てられたモノは存在しない。

 だが黒主の話したルールによると、女札は男札のように何かをうばっても良いはず。

 ならば――おれはしばらくかんがみ、やがて思いついたワードを口にした。


「『めいおうせいの ひょうめんおんど』」


 おれが宣言すると、ドスンと背後でいきなり重い音がひびいた。

 くとの後ろにきょだいな氷のかたまりが現れている。

 人間の身長よりもはるかに高い、大きなかんのような直方体のひょうかいだ。


 おれの宣言した意図が分からず、黒主がみょうな顔をかべてたずねる。


「そんなモノうばって、どうするツモリだイ?」

「いやー、どれくらい遠くのモノまで持ってこられるのか知りたくてね」

「で、かくにんはできたのかイ」

「ああ。たぶんうばえている」


 めいおうせいについては非常に冷たい星、という程度のにんしきしか持っていない。

 なら多分この氷のかたまりは、きっとめいおうせいの温度がまれた結果、いっしゅんで辺りの水分が固結したモノなのだろう。


「ンじゃ、次はボクの手番――――ワァ、まーたぼうダ」


 悲鳴を上げた黒主の下から、おっぱいと女物の下着と、たぶん処女がもどっていく。

 またもどってきた大切なもののかんしょくに、マハさんが複雑そうな顔でる。


「どうせまた、女札が出たら持って行かれるんでしょ……」


 確かにルールではそうなので、このゲームはマハさんにとっては災難でしかない。

 一体このゲームが終わるまで、かのじょは何回処女をうばわれるのだろうか。

 おれは気の毒な薬師の少女をあわれみながら、次の札を引く。

 引いた札には男の貴族がえがかれ、こんな歌が記されていた。


    しらつゆに 風のきしく 秋の野は

                 つらぬきとどめぬ 玉ぞ散りける


「『しかい』」


 おれがすぐに宣言した直後、黒主とマハが同時に悲鳴を上げた。


「オウ――ッ?」「えっ、真っ暗!」


 おれうばったものは『視界』。

 しかも事前のルールだと「近くからうばう」とされているから、おれ自身の視界はうばわれない。つまりは一方的に相手の目をつぶしたようなものだ。


「さあ黒主。どうぞ次の札を引いてくれ」


 そう言いながら、ひそかにおれは目の前の山札に手をばした。

 相手の視界をつぶしてしまえば、山札をかくしたって気付かれない。

 そして、この勝負においては「まず山札から引かなければ」何も始まらない。

 かくされたら札は引けないし、仮に引けても札の字が読めないワケだ。

 後は八方ふさがりのヤツが、三十秒の時間切れになるのを待てば良い。


(つまり、この時点でおれの負けは消える)


 なんだ、その気になれば簡単な勝負だったな――。

 しかし、そう思っていた矢先、黒主の長い手が山札にニュッとびると。


「『ひかり』」


 ――と、しばらくしてヤツの声がした。


 とたんにおれの視界から、あらゆる光が消え去った。

 これまで現実と同じように赤暗く染まっていた空、空をわたる光のがく模様、映し出されていたマハや黒主の姿……すべてが、しゅんにして見えなくなる。


(まずい!)


 どうやって黒主は札を引き、どうやって文字を読み取ったのか?

 それを考えるより先に、おれあわてて山札から次の札を引く。

 指先のかんしょくで札の確保を確信すると、すぐにおれことだまを呼んだ。


「アーテイ氏、かしらを読め!」


 この仮想空間にアーテイ氏が現れるかどうかはけだったが、他に方法は無い。

 わらにもすがるおもいで呼び出すと、すぐにことだま氏の答えが返ってきた。


「読んでもいいけど、ぼうだよ~?」

「ぐ。ぼう、だと……?」


 何てことだ。りにって、こんなときにぼうを引くとは。

 つまりおれは黒主からうばった『視界』を、返すハメになるのか。


「残念だったネ~、じゃあ今度はボクの番ダヨ」


 やみの向こうから、うれしげな黒主の声が聞こえてくる。

 これでは一方的におれが不利になっただけ――と思っていると。


「げ。ボクもぼうダ」


 そんな黒主の声がしたのと同時に、パッとおれの視界に光がもどってきた。

 運が悪いのか良かったのか、ともかく一見すると場は元にもどった。

 しかし相手が女札を引けば再び危機におちいる以上、決して楽観はできない。


(ふん。さっきのは、そういうことか)


 もう一つ、視界が元にもどったことで気付く。

 しょの庭園にいたときから、ずっと黒主の側にいた三の白いはと

 仮想空間に移動してもマハと同様に存在していたはとの一が、黒主のかたとどまって何かを耳打ちしている。


「白いはとの姿の式神だなんて、腹黒の黒主らしくもないな」


 当てずっぽうでカマをけてみると、黒主がかたをすくめてみせた。

 ヤツのかたとどまったはとが、黒主とまったく同じ口調で代弁する。


「ヤダナア。しろはとは平和の使徒って言うし、ボクにピッタリじゃない? だいたいボクが黒いのははだや腹のせいじゃなく、全身に異界の言葉を刻んでるからダヨ」


 視界をふさいでも札を読めたのは、あのしろはとの式神のおかげだろう。

 それも見かけは鳩だが、何らかの能力で視界が無くてもモノを認識できるタイプ。

 その式神が代わりににんし情報を伝えれば、例え黒主が視界を失っても問題は無い。

 要するに、こっちがアーテイ氏を使ったのと同じ方法というわけだ。


「ふん、全身じゅもんだらけの法師さまってことか。けでもしているのか?」


 皮肉を言いながら、おれは次の札を引く。


    今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを

                   人づてならで 言ふよしもがな


「『いのち』」


 見たしゅんかんに宣言すると、黒主のかたとどまっていたしろはとが急にたおれた。

 他の式神とちがって生物の姿だからためしてみたが、どうやら有効だったようだ。

 三しろはとが根こそぎ息絶えたのを見て、黒主が目を丸くした。


「アアア、ボクの大事な使つかなのニィィィ!」

「ごしゅうしょうさまだ。まあお前の言うとおりなら、現実には死んでないんだろ?」

「あ、そうだッタ」


 本気で忘れていたのか、黒主がポンと手を打つ。


「そんなことも忘れていたのか」

「そンなことも忘れていたヨ。でもキミも何か忘れてなーイ?」


 黒主にてきされるが、思い当たることが無い。

 しろはとちがってアーテイ氏はことだまだから、命があるとも思えないし。


「……どういうことだ?」


 不思議に思ったおれが聞くと、黒主が無言でえんたくわきを指さした。

 示された方向を、おれが視線で追いかけてみると――。


「――――あ、マハさん」


 なんと薬師の少女マハ・ベクターが、無言でうつせにたおれていた。

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