【2-06】マハさん、処女も奪われる

 引いた絵札には、またも男の貴族がえがかれていた。

 その姿の上には、こう文字が記されている。


 小倉山おぐらやま みねのもみぢ葉 心あらば

            いまひとたびの みゆきまたなむ


 マハさんの顔を見ると、おれが引いた札を見てイヤそうな顔をしている。

 それもそのはずで、おれも不満そうにをこぼす。


「2枚続けて、男で【お】じゃないか」

「ちゃンと混ぜたのかイ?」


 黒主に言われるまでもなく混ぜたはずだが、運命とはおそろしい。

 横でマハさんがイヤそうな顔をしたのも、一枚目と似た札だからだろう。

 そりゃそうだ。いきなり最初っから、自分のおっぱいをうばわれたもんな。


(さて、どうするか)


 考える。大まかなルールは黒主が話した通りだろうが、しょうさいは分からない。

 今のうちに、どれくらいゆうずうく仕様なのかかくにんをしておきたい。

 おれはしばらく候補をぎんした末に、マハの顔を見て思いついた言葉を口にする。


「『おんなものの、したぎ』」


 そうおれが答えた直後、おれの頭の上に何かが降ってきた。

 ぱさっと落ちてきた布きれを、おれは何の気なしに手に取って観察する。

 おれのリクエスト通り、女物のピンクの下着が上下ワンセットでそろっていた。


「なるほどね。これはマハの下着かな?」


 おれが手に取った下着をぴろーんとばしてかくにんすると同時に、真っ赤な顔をしたマハさんが、自分のスカートをババッと手でさえる。

 どうやらこの反応からすると、やはりこれはかのじょの下着らしい。


「な、な、ななな…………っ!?」

「そうずかしがるな。だいたい今はおっぱい無いし、ブラも意味無いだろ」


 手にしたピンクのブラジャーを両手で広げながら、マハさんをやさしくさとす。

 小さめサイズのブラジャーをヒラヒラしながら、おれは今の結果について考えた。


(単に物体の単語だけじゃなく、細かい条件指定も反映された。ならば思いつく単語に困ることはなさそうだ。もしかすると、物体である必要すら無いかもしれない)


 その辺は、次の手番でかくにんするか。

 内心で結論づけたところで、マハさんがおれっかかってきた。


「かえしてよーーーーーーっっ!!」

「おっと」


 あまり戦利品をまんげにりかざしたせいか、マハさんをおこらせたようだ。

 ブラをうばかえそうとつかみかかったかのじょを、おれはスッとかわす。

 その一方では黒主がもう山札を引いていて、ヤツは小首をかしげると札を見せた。


「ざンねン、ぼうだヨ」


 そう言って示された絵札には、確かにぼうの姿がえがかれていた。

 ぼうめくりのルールどおりなら、ぼうを引くと手に入れた札を返す。

 だいたいの予想はつくが、おれは黒主にどうなるかを聞いてみた。


「このルールだと、どうなるんだ」

「これまでボクがうばってきたモノを、元の場所に返すハメになるネ」


 言うと同時に、黒主の手元にあったおっぱいがシュッと消えた。

 同時にマハさんのむなもとがポンッとふくがり、かのじょはビックリしたように。


「ひゃっ!?」


 と言うと、もどってきたおっぱいのかんしょくを自分で確かめ、ほっと一息ついた。

 とは言えブラジャーはおれが持っているので、今のかのじょはノーブラのはずだ。

 おれはブラジャーを指先にけ、クルクル回しながら黒主と話し合う。


「なるほどな。ぼう札を引いたら台無しになるのは、本家のルールと同じか」

「そだネ」

「それは大変だ。できる限りぼうは引かないようにせねば」

「アンタは早く引いて、下着を返しなさいよ!!」


 おれが下着を旗みたいにりながら会話していると、マハさんがそくツッコんできた。

 もっともなツッコミではあるが、おれとしても言い分はあるのでかのじょに言い返す。


「でもぼうめくりに勝つなら、ぼう引いたらダメなんだがなあ」

「だいたい私の下着なんかうばって、どーする気よ!」

「もう秋も深くなってはださむい日も多い。このはだは温かくて助かるんだ」

「私で暖を取るなあ!!」


 やたらみついてくるマハさんをいなしながら、おれは次の札を引く。


  しのぶれど 色にでにけり わがこい

                ものや思ふと 人の問ふまで


「『し』……か」

「残念だったわね、もう私は下着をつけてないわよ!」


 おれがつぶやくと、急にマハさんがほこったようにみをかべる。

 かのじょもどってきたばかりのふくらんだ胸をまんげに張ったが、もともとがひかえめサイズなので、正直あんまりえは変わらない。


「く、そうだった。仕方ない、マハさんには別の実験に付き合ってもらおうか」

「へ?」

おれうばうのは――」


 さっきの課題もある。今度は物体ではなくがいねんうばえるかためそう。

 そう、例えば――。

 おれはピンクの下着を指で回しながら、思いついたワードをためしに口にしてみた。


「――――『しょじょ』」


 そう言ったしゅんかん、マハさんの表情に変化が起きた。

 まるで異物が身体にはいんだように顔をこわばらせると、急につま先立ちになる。

 さっきと同じようにスカートの下をさえながら、かのじょは何度も身をふるわせた。

 そのみょうな仕草を見て、おれまどいながらマハさんにたずねた。


「……えっ。まさか、通ったのか?」


 正直、じょうだん半分で言ったワードだったので、半信半疑で聞いてみる。

 しかしマハさんは目を白黒させ、息をまらせたようにヘンな顔をするだけだ。


(うーむ、判断に困るラインだな)


 そう思い、今度はゲームルールを制定した黒主の顔を見る。

 こっちの視線に気付いた黒主が、しんみょうにうなずいた。


(わあ。マジか)


 ルール制定者からおすみきを得たので、今度は半ばなみだでいるマハさんにあやまる。


「すまん。まさか本当にうばえるとは思わなかった」


 というか、コイツ処女だったんだ。

 まあきゅうてい薬師なんて難しそうな仕事をしてるし、いろこいにもえんが無かったのだろう。

 おれが同情交じりの視線を送ると、なみだのマハさんがうらめしげににらんできた。


「か、な、でぇ……何てこと、すんのよぉ……!」

「悪い悪い。そのうちぼうを引くと思うから、そのときに処女も返す」

「人の処女を、気軽に取ったり返したりするなぁ!」


 マハさんには気の毒なことをしたが、おかげで色々と新しい発見があった。


(まず、明確に名付けられた物体でもない、がいねんめいたものでもうばえる)


 それに本当に物的にうばわなくても、意味が通じることならうばえる。

 だったら、例えば『言葉をうばう』というのも通じるはず。


(じゃあ、『こ』などはけいかいしないとな)


 こちらが引けばいいが、黒主が宣言したときに備え、対策も考えておかねば。

 そう思いながら、黒主の手番を見守る。

 次の札を引いた黒主が、こちらにその札を見せつけてきた。


「またぼうだネー」


 見せられた札にえがかれたのは、先ほどの絵札に似たぼう

 しかし先ほどとちがい、今度は黒主のしゅうだつ物は無いので、おれは念のために聞く。


うばったモノが手元に無い場合、どうなる?」

「なんにも起きなーイ」


 そう答えながら、黒主はポイッとぼう札を投げ捨ててしまった。

 おれの手番にもどったので引くと、これまたぼう


「何てことだ。せっかく取った下着と処女を、もう手放すことになるなんて」

「いや、サッサと手放しなさいよ」


 おれは、指先から消えていく下着をごりしそうに見送る。

 一方でもどってきたマハはおれに文句をつけると、ひとごこついたようにほおゆるめた。

 しかし、それもつかのこと。


「今度は女札だヨー」


 手番の回ってきた黒主が、そう言って女官のえがかれた札を見せてきた。

 男とぼうはこれまで出ているが、女の札はまだ出ていない。

 おれは念のため、黒主にルール上のあつかいを確かめてみた。


ぼうめくりだと、女の札は捨てられた札を手に入れるんだよな」

「そうだネ。このゲェムの場合も、もどされたモノを全部うばい直せル。もしくは代わりに男札と同じように、宣言して一つうばってもイイ」

「ここまでもどされたモノか……」


           おっぱい、女物の下着、処女。


 おれと黒主の視線が、間にいるマハさんに集まった。


「……え?」


 きつな予感がしたのか、一安心していたマハさんがを守るりを見せた。

 その直後のこと。


「――ワァイ、フィィィバァァァ!!」


 喜ぶ黒主の頭上から、とつぜんおっぱいと女物の下着が一度に降ってきた。

 楽しげな黒主と逆に、またも色々なものをうばわれたマハさんがいかりの声を上げる。


「なんで私ばっかり、こうなるのよーー!!」

「「だって近いし」」


 かわいそうな薬師に二人まとめておこられ、ついおれと黒主の声が合ってしまった。

 まあ近かろうが遠かろうが、あれば取ってくる仕様にも思えるが。


「取りたきゃ、あんたたちで取り合いなさいよ! 私をむなー!」

「ふーム。まア夢の世界とは言え、あまり身体に異常が起きると、現実のキミたちにも多少のえいきょうはあるからネ。この辺でふざけるのはヤメようかナ」


 耳穴を指でほじりながらこうを聞いていた黒主が、そう言うと面を改めた。

 急にシリアスな態度になったので、おれも心をめる。

 

「多少のえいきょう、だと?」

「ヒトの身体はリアルなおもみに反応すル。ヤケドしたとおもめばヤケドする。もしかすると――ここで死んだとおもめば、ショック死したりするカモネエ?」


 黒主はそう言うと、不気味に笑った。

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