【2-05】マハさん、おっぱいを奪われる

 ゲームの対戦をしょうだくした黒主が、手で兵たちに合図しながら近づいてくる。

 すぐに周りの兵たちが動き回り、どこからかテーブルとを運んできた。


「ルールの基本はぼうめくり。じんかんさまはご存じかな?」


 おれは用意されたこしけると、えんたくに絵札を裏向きにして積みながら聞く。

 黒主も対戦席にこしを下ろすと、つまらなさそうにたんたんと答える。


「100枚の山札を引いていくダケ。引いた札が男なら自分の手札ニ、ぼうなら自分の手札を全て捨て、山札のわきに置く。女なら捨てられた札を、全て手に入れル。山札がきたとき、一番手札の多い者が勝チ」

「ああ、そのとおりだ」


 ていこくじんかんという高級かんりょうでも、単純なルールのゲームなら知っているらしい。

 だがよどみなく答えた黒主は目をせわしなく動かすと、新たな提案をしてきた。


「……要は勝負は完全にうんだいダ。でもそれじゃツマラナイし、ルールをいじろうヨ」

「公平なルールなら別に構わないが、どのような?」


 おれとしては、黒主の失言を引き出すのが目的のゲーム。

 勝敗はどうでもよいので、つい気軽に応じてしまう。

 すると黒主がけいはくそうな表情をかべると、急に口調をはずませて。


「ボクの『王佐おうさのリート』は、つながった異界の言葉を自在にあやつれる。異界の言葉の技術には、『仮想現実空間』と言うシロモノがあってネ。こんなコトも出来るのサ」


 そう言った黒主が指をパチンと鳴らしたしゅんかん

 とつぜん、辺りの景色が一転した。

 それまでの深秋のしょと暗赤色の空に、みょうな光のがく模様が現れる。

 庭園に散開していた兵士たちも姿を消し、人の気配が急に無くなる。

 残った生物は近くのマハと、黒主の周りをうろつく三羽のしろはとだけになった。


「何これ!?」


 マハがおどろきの声を上げた。

 おれも声には出さないだけで、いきなりの視界の変容にはまどいをかくせない。

 しかしおれたちがどうようする中、黒主だけはあっけらかんとした顔をして。


「あ。マハ・ベクターも連れてきちゃっタ。キミはむツモリ無かったのニ」


 と、かいそうにしょうしていた。


「はあ!? んだってどういうこと!」


 事故めいた言い回しにマハが血相を変え、黒主にる。

 しかし黒主は悪びれた様子も無く「テヘペロ」と言い舌を出すと、今度はおれに向けて。


「ツマリ、ここは夢の世界とでも思ってくれればイイ。夢だからココで傷ついても現実には傷つかナイし、ここでボクたちが傷つくこともナイ」


 そう言うと黒主は、いきなり自分のこしから短刀をき、自分の頭にてた。


「ぐさーっ」


 ヘンな効果音を自分で言いながらすが、しかしヤツの身体は変わらない。

 頭に傷が出来ることもなく出血もなく、もちろん痛がる様子も見せない。


「……とまあ、こういうワケだヨ。キミらもチョットためしてミルとイイ」


 言われておれこしに帯びていたヤスリをくと、それをうでに軽くしてみる。

 やはり黒主と同じように傷も出血もいっさいなく、痛みの感覚もなかった。

 みょうな現象をたりにして、様子を見に近寄ってきたマハも首をかしげる。


「ふうん……?」

「お前もためしてみるか?」

おもしろそう。ちょっとためしてみたいな」


 おれがヤスリをわたすと、マハも同じようにヤスリを自分のうでした。


「いったぁぁぁぁぁい!!??」


 しかしマハが無造作にヤスリをしたとたん、かのじょは悲鳴を上げた。

 見るとマハがしたうでからは、シッカリと血がにじている。

 それを見て黒主も目を白黒させていたが、すぐに舌をペロリと出すと。


「あ。ごめン。マハ・ベクターには設定を適用するのワスレテタヨ」


 とかたをすくめながらしょうした。

 収まらないのはマハで、いかり心頭のかのじょが黒主に食ってかかる。


「なんで、アタシばっかりそうなのよ!!」

「いやあゴメンゴメン。すっかり忘れてたヨォォ」


 黒主の首元をつかんだマハが激しくこうするが、黒主は意にもかいさない。

 ガクンガクンと首をさぶられながら、おれに向けてじょうきょうを説明していく。


「とマァ、こういう場所なンだ。要するに安全ってことサ」

「なぜ、こんな空間を持ち出した」

おもしろいルールを思いついてネ。と言っても異界の物語を読んでひらめいたンだガ」

「そのルールが、ぼうめくりと関係すると?」


 黒主の意図が分からずおれが聞くと、黒主が得意そうにうなずいた。


「そう。この空間では、ボクの用意したぼうめくりのルールが用いられル」

「どんな内容だ」


 ロクでもないルールなら困るので、かくにんしてみる。

 黒主が楽しげな顔で、そのルールについて話し出した。


「簡単だヨ。札を引いて三十秒以内に、札のかしらから成る単語を必ず一つ指定するンだ。すると、その単語のモノを近くから『うばう』ことが出来ル」

「例えば?」

「そうだなア、ためしにボクが一枚引いてみよウ」


 そう言うと黒主は、えんたくの上に積まれた山札から、一番上の札を引いた。

 その絵札には男の貴族の絵と共に、こう書かれている。


    おくやまに 紅葉みわけ鳴く鹿の

               声きく時ぞ 秋は悲しき


 先ほど黒主が言ったルール通りなら、最初の文字は「おく」か「お」だろう。

 実際、黒主も首をかしげると、「お……お……」とつぶやいて考え始めた。

 おれいっしょになって周りをながめ、「お」から始まる近くのモノを探し出す。


「『お』から始まる言葉なら、何でもいいのか?」

「そうだヨ」


 辺りを見回す。庭園、樹木、草花、景石、えんたく、マハ……無い。

 ――と、横にいるマハの顔を見た黒主が、ひらめいたように笑うと。


「じゃあ……『おっぱい』!!」


 黒主は目をかがやかせ、そう宣言する。

 するとその直後、黒主側のえんたく上に、やわらかそうな二つのにっかいが転び出た。

 ぷるんとしたぼうかたまりを黒主がつつきながら、不満そうに言う。


「うーん、少しチッチャイネ。例としてはビミョウ?」

「それ、本当におっぱいか?」

「そのハズなンだけど……」


 おっぱいと呼ぶには少々サイズ不足なので、おれと黒主はいっしょになって観察する。

 首をかしげた黒主がツンツンつつくと、となりに居たマハが身をふるわせた。

 薬師の少女は顔をこわばらせると、自分の胸を何度もさわり、何かをかくにんし始める。


「どうしたマハさん」

「……………………」


 返事が無い。無い――が、その視線はえんたく上のおっぱい?に注がれていた。

 その視線で事態を何となく察したおれは、念のため素知らぬフリで意地悪してみる。


「黒主。それが本当に『うばった』モノなら、持ち主がいるはずだ。少しさわってやれば、持ち主が分かるかもしれない。本当におっぱいかも分かる」

「名案だネ。どれ、コネコネ……ワーおもしろーイ、先っぽかたとがってきター!」


 おれが提案すると、黒主も喜んで目の前のおっぱいをイジり始めた。

 心なしか子供みたいに楽しそうだ。まあ見ているおれとしてもおもしろじょうきょうだが。


「はうっ……んんっ!」


 一方、となりにいるマハさんは色っぽい声をらすと、えるように身をよじった。

 かのじょは顔と細長い耳を紅潮させると、声をころし、いきを熱く乱している。

 本人はかくしているつもりだろうが、その反応を見ればだれのおっぱいかは明らかだ。


ずかしいから名乗り出ないのか? なかなかがんるなあ)


 おもしろいことに、身体の一部分がはなれても感覚はつながってるようだ。

 マハが身をくねらせてえる姿は、見ていてとっても色っぽい。

 うんうん。黒主が持ち出した例としては、実に参考になるぞ。


(と言うことは、ここまでの黒主の説明にウソは無さそうだ)


 うばわれたのが「おっぱい」という事実を見て、おれは考える。

 言葉の定義によっては、男のおれのおっぱいがうばわれる――という可能性もあった。

 しかし現実にはおれの方は無事で、マハのおっぱいだけがうばわれている。


(黒主が傷つかないよう設定したから、おれは対象にならなかったのか?)


 一方でマハは設定の適用を忘れられたから、おっぱいをうばわれてしまった。

 そう考えると、黒主の説明とは完全にごうする。


(ずいぶんと言葉のゆうずうく世界のようだな)


 とは言えウソがなくルールとして実害がないなら、ゲームとしては成立する。


「――おもしろいじゃないか。この勝負、乗ったぞ!」


 黒主に失言させるのが本来の目的だし、ここはヤツを夢中にさせておくべきだ。

 おれはそう判断すると、えんたくにある山札に手をばした。

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