【2-04】黒主の失言を引き出せ

「黒主ッ!!」


 だいおんじょうで呼びかけると、黒主たちがすぐに気付いた。

 らわれたマハにも当然聞こえたようで、かのじょおどろいた顔でこちらを見る。


かなで……?」


 黒主もマハも、いきなり現れたおれが意外だったようだ。

 おれが正面切って現れたことをけいかいするように、黒主が兵の動きを手で制する。

 代わりに黒主は自ら歩み出ると、乱れた白い歯をしにして話しかけてきた。


「大人しく出てきたということは、ボクにリートをゆずってくれるのかイ?」

「イヤだと言ったら」

「キミが死ぬだけだヨ」


 黒主の周りに居たがさの兵たちが、その言葉を合図に散開しておれを取り囲んだ。

 ヤツの言葉が本気かどうかはともかく、おどしとしては成り立っている。

 ではならば、こちらもおどしで切り返すとしよう。


「それは大変。だがおれも死にたくないし、人が死ぬ事件など起こしたくもない。ではではならば、おれは自分にリートをけるとしよう」


 おれはそう告げると文字ぐさりめぐらせながら、黒主の反応をうかがった。

 果たして黒主はおれの真意をびんかんり、しぶい顔をかべる。


「……だれも死なせたくないのに、自分にリートをける、だト?」

「そうだ。お前がおれのリートの効果を知っているなら、何を意味するか分かるな?」

「ふゥむ……『ぎゃく』のリート、なるほどネ」


 これまでのじょうきょうからして、教会の出来事はつつけだとは思っていたが。

 やはりマハが式神にリートを使った際、こちらのリートの正体は気付かれている。

 黒主がおれの言葉でしゅんじゅんする様子を見せたのが、何よりのしょうだ。


「……みなごろしにするト。この場の全員をひとじちにとったと、そう言いたいんだネ?」

「まさか。おれはただ、この場をおん便びんに収めたいだけよ」


 おれが「この場のだれも死なせたくない」と願えば、それが逆にかなうと全員が死ぬ。

 つまりおれだけでなく、黒主もマハも兵士たちも、もろともに道連れで死ぬということ。

 黒主の側からすると、無視するには危険すぎるおどしのはずだ。


「……いいだろウ。もともと殺すのは最後の手段ナンダ。ボクとしては『逆理ぎゃくりのリート』が味方につくなら、別にそれでも構わなイ」


 おれおどしをさとった黒主が、あっさりと引き下がった。


おれに味方になれと?」

「うン。それならキミが望むようにおん便びんに収まるダロ? キミの名前は何だイ?」

「……七城ななしろかなで


 黒主の問いかけに、おれごろ使っている名前を答える。

 どうせめいだ。この名前を出すことで起きる不都合など知れている。

 それよりも大事なのは――。


「それで、おれを味方にして何をさせようと?」


 ――少しでも会話を続けること。

 対話さえ続けば、いずれ望ましい言葉を黒主から引き出せる。

 そう。黒主に情報をすべてかせ、その上で殺せるような、決定的な言葉が――。


 おれがヤツの真意をただすと、黒主が楽しそうな口ぶりで協力内容を明かしてきた。


「ああ。ボクたち朱泉国しゅぜんこくは、すべてのドラゴン・リートを集めている。キミにはそれに協力し、いっしょ呪歌リートを集めてきてしいンだ」


 なるほどな。呪歌リート集めの手先がしいのか。

 もちろん本心を返すなら、問答無用でノー。

 しかし今すぐ返答してやる義理もないし、黒主戦では一度手痛い目にっている。

 今回は少ししんちょうに立ち回る方が良い。


おれにお前の手先になって、いっしょ呪歌リートを集めろと? そんなことして何になる」


 まず当然の疑問を返すと、黒主が顔をほころばせた。


「100のリートを一身に集めた者は、世界に『新たな真実』を1つ付与できル。たった一人しかとうたつできナイ、その『百人一咒ひゃくにんいっしゅ』の誕生ニ、力を貸してしいンダ」

「たった一人なら、協力したところで最後には仲間割れを起こすはずだが?」


 すべてのリートを集めるというのは、すなわちバトルロイヤル。

 勝者はたった一人で、残りは全員が敵。

 ならばきょうとうしたところで、いずれは必ず敵対者になる。


「もちろんほうしゅうは用意すル。まず第一に、ボクたち朱泉国しゅぜんこくの目的は、この世界からうそつきを無くすことダ。この世から全てのウソが無くなれば、人を疑う必要もなく、人にだまされることもなく、人の本心を気にむこともない。それはキミにとっても理想郷だロウ?」


 その内容は黒主が化野あだしので語っていた演説と、そっくり同じ主張だった。

 しかしヤツが本当に集めたリートを理想郷建設のために使うとは限らない。

 口先だけなら何とでも言えるし、口先だけでは何も保証されない。


「……第二は?」


 しかし今はその反論を心にふうめ、黒主に先をうながす。


「第二は、ていこくにおけるキミの地位ダ。ボクたちに協力するなら朱泉国しゅぜんこくはキミに貴族の地位をあたえるし、生活においても何不自由ない人生を約束しヨウ」


 要するにめいとカネか。確かにこれだけでも転ぶヤツは多そうだ。

 もし何も知らないしょみんにリートが宿れば、しんはどうあれ簡単に食いつく条件だ。


「なるほどね」

「オンナがしいなら、それもくれてヤル。国家とたみは、あたあたえられる関係ダ。キミが協力するなら、こんな見返りは当然だヨ。どうだイ?」


 さすがないを支配するていこくだけあって、権力と財力をかさにした工作はお手のものか。

 おれは内心の不快さをころしながらしょうを返す。


「つまり買収工作と。国家権力による」

「バトルロイヤルとは参加者だけによる公平公正ないくさイ――なァんて子供じみた先入観は、ててもらえれば幸いだヨ。そして最後に……」


 まだあるのか。

 最初から返事は決まっているのだから、いい加減聞くのもうんざりしてくる。

 しかし最後のようなので、おれはもう少しだけ黒主の取引に耳をかたむけることにした。


「いったい、何だ?」


 何の気なしに、黒主の言葉を待つ。

 すると黒公卿くろくぎょうはニイッと笑うと、くちげてこう言った。


「――みずはらの里の、10年前の真実」


 みずはらの真実――と言われ、おれかすかにまゆを上げた。

 黒主が提示してきたのは、みずはらが反逆の罪を着せられた"本当の"理由。

 その理由をおれは知らないと、だから真実を知らないと、ヤツはこう言っている。

 しかし――。


「お前が話したことが正しい真実だと、それはどうやって保証する?」


 この「うそつきをぼくめつしたがっているじんかん」が正直者とは限らない。

 真実としょうしてすずしい顔でウソを語ることは、十分にあり得る。

 もしヤツの口から真実を引き出せるなら、それは『逆理のリート』の強制力をおいて他にはない。


 おれてきされた黒主が、ぜんとする。


「ふム……ボクの言葉からして信用できないと。困ったネエ。マハはどう思ウ?」


 そう言うと黒主はかえって、後ろにいるマハの顔を見た。

 急に話をられたマハが、げんそうに口を開いた。


「アンタの言葉なんて信じられるハズないじゃない」

「そっ、そんなア!?」


 黒主はちがう答えを期待していたかのように、がくぜんとした仕草を見せる。

 しかしマハのほうは「何で意外そうなの」と、あきれたようにつぶやいた。

 いかにも二人は旧知の仲、といったやり取り。

 二人の関係が気になったおれは黒主と同じように、マハにたずねてみた。


「知り合いか?」

くさえん


 マハから短く返る、冷たい言葉。

 思えば黒主は朱泉国しゅぜんこくに仕えるじんかんだし、マハも自分をきゅうてい薬師と名乗っていた。

 どちらもていこくに仕える人物なら、どこかで面識があっても不思議はない。

 それっきりだまるマハの代わりに、黒主ががおで補足する。


「どっちも陛下に仕える者同士だもンねエ」

「心外。アンタといっしょにしないで」


 どうやら黒主の方では友好的だが、マハが一方的に黒主をきらっているようだ。

 もっとも今こうしてひとじちとしてらえている以上、当然の話だが。


(さて、どうしたものか)


 黒主の言葉は信用できない。

 しかし『逆理ぎゃくりのリート』がまれば、ヤツに真実をかせることは可能。

 となると当初の予定どおり、対話で時間かせぎしながらすきをうかがっていこう。


 マハたちが話しているすきに考えをまとめると、おれは黒主に提案する。


「協力してもいいが、条件がある。事のきっきょううらなうため、おれとゲームしないか?」

「ゲェム、だって?」


 こちらが出した条件を聞いて、黒主がげんな顔をかべる。

 おれは服のポケットから一つのカードケースを取り出すと、そのフタを開けた。

 中には100枚の絵札が入っていて、それを取り出すと一枚を黒主に見せつける。


「そう。ゲームは百人一首のぼうめくり。お前が勝てば、おれは従う。どうだ?」


 言いながら見せた絵札には、達者な文字と共に一人の貴族の絵がえがかれていた。


「――でもキミが勝ったら、今の話はご破算と」

「そのとおり。それに加えてひとじちのマハを解放してもらう」


 提案を受けた黒主の眼球が、せわしなく左右に動く。

 やがて――。


「いいだろウ」


 適切な解を導き出したように、黒主はニヤリと笑うとかいだくした。


かしこせんたくだ」


 その答えに、おれもまたくちびるはしげる。

 暗赤色あんせきしょくの上空は血の色に似て、この先に起こる何かを予感しているようだった。

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