【2-03】再戦、棄京御所

 棄京ききょう

 はるか昔は京の都と呼ばれ、栄えた街。

 だが今は朱泉国しゅぜんこくの支配下で、ていこくが東のはんていを構えているので都ではない。

 そのために街はさびれ、ほうされた京――棄京ききょうと呼ばれている。


「式神や兵隊がてっしゅうしたのは、本当のようだな」


 赤く暗い空の下、おれはスラム街となっている町並みをわたす。

 路上には死体がいくつも転がっている。先のしゅうげきで殺された住人だろう。

 しかし今はしゅうげきしゃたちの姿はなく、街はかんさんとして人もまばらだ。

 おれが街を歩いて一時間ほど情報を集めていると、アーテイ氏が声をけてきた。


「さっきの人が言ってたみたいに、しょに引き上げたんじゃないのー」

「京都しょか……と言っても、あそこもはいきょだろう」

「でも、この辺で兵隊集まれる場所って、しょとお城が一番だしー」


 京都しょも今は無人のはいきょで、てているはずだ。

 とは言えアーテイ氏の言うように、スペースは広い。集結場所には最適だ。


「じゃあしょまで行ってみるか。ちゅうでお前の言ったこともかくにんできるしな」

「オッケー! じゃあ京都しょにレッツゴー!」


 おれは目的地を定めると、何度か軽く身体をくっしんさせる。

 それからうでに宿ったリートに意識を集め、ひょいっとちょうやく

 すると一気に飛び上がったおれの身体は、建物の二階屋上まで飛び乗ってしまった。


「おお、すごいではないか。呪歌リートのろいがあれば、こんなことまで出来るのか」

「ゆーて、ずっと呪歌リートを起動させてると、心身に負担かかるけどねー!」


 呪歌リートの宿った左まえうでが熱い。

 これが氏の言う『呪歌リートを起動させている状態』を意味するのだろう。


「これならしゅうげきされた地上を行くより、屋上伝いの方が目的地がわたせるな」

きょは5キロくらいだし、今の奏が走れば5分くらいだね」

「ムチャクチャ速いな……バケモノか、今のおれは」


 走り出しながら話すが、息が切れることもない。

 まるきり別人の身体みたいで、少々気味が悪いほどだ。


 屋上をわたりながら、走る。

 この辺りの建物はとうかいしたはいきょも多かったが、とうかい部分を次々にわたっていく。

 ほどなく目的地のしょが見えてきた。


「なるほど。確かにちゅうとんしているな」


 とうちゃくしたおれは正面の門の屋根に飛び移ると、そこから内部の様子をうかがった。

 広大なしょしきは大半が無人だったが、庭園部分に兵士と式神が集結している。

 見ると黒主の姿もあり、ヤツはさかんに兵士と話していた。

 そしてヤツの近くには、なぜか――。


「マハ……?」


 なぜか先ほど外の様子を見に出かけた、マハの姿があった。

 かのじょは周りを兵士たちに囲まれ、じゅうきつけられている。

 アーテイ氏もかのじょの姿を見つけると、意外そうに話した。


「ホントだー。別れて大して時間もってないけど、なんでここに?」

「あの様子からするとつかまっているようだが、なぜ黒主はマハをつかまえたんだ?」


 理由が分からず門の屋根で首をかしげていると、その答えが空から降ってきた。


『あーあー京都タワーでボクと戦ったみずはらのキミ、ただちにしょに出頭したまエ』


 その声に空を見上げると、はるか空高くに式神の姿があった。

 赤く暗い上空でも発見できるのだから、なかなか大きな式神のようだ。


「宣伝用の式神か……」


 空中から音声宣伝をしたいときに使う式神。

 朱泉国しゅぜんこくでは良く使われているしろもので、おれも何度も見かけている。


(そういうことか)


 宣伝式神は黒主と同じ口調で、上空から声を降らせていく。


 『キミと教会でいっしょだったマハ・ベクターをひとじちにした』

 『カノジョを殺されたくなければ、ただちにしょに出頭セヨ。り返ス――』


 つまり黒主の標的は呪歌リートを持つおれに限定されたから、無差別こうげきの必要が無くなった。

 代わりにおれねらちにするため、教会でいっしょだったマハをひとじちにした。

 おれたちが教会でいっしょだったことは、式神が転送したデータで知ったのだろう。


「さて、どうするかな。どのみち黒主とは対決するつもりだったが」

「マハは助けないの?」


 アーテイ氏が聞いてきたが、おれは首をると否定した。


「助けない。アイツはベクターだぞ。みずはらほろぼした敵だ」


 黒主の側ではひとじちのつもりらしいが、おれにとってはマハは他人でしかない。

 何なら黒主もろとも死んでしまえば、おれ呪歌リートを知る者は他に居なくなる。

 かえって好都合なくらいだ。


「でも、あの子さっき助けてくれたじゃない。教会でも奏に呪歌リートをくれたし」

「む……」


 とは言えアーテイ氏の言うように、マハには助けられた。

 そのかのじょを見殺しにすれば、やはりおれが悪党のようになってしまう。

 おれ自身が悪党になるのはともかく、それではみずはらたみめいに関わってしまう。


「ち、仕方ないな。助ける方向で行くか」


 おれは屋根にすわむと、眼下の黒主たちを見下ろしながら考え始めた。


「……居るのは黒主と約20名ほどの兵士。周りには式神を100体以上は展開している――が、起動させている様子は無いな」


 式神が機能停止しているのは、前回のハッキングをまえてのことだろう。

 対策が間に合っておらず、やむなくシャットダウンさせた――といったところか。

 兵が思ったより集まっていないのは、どこかに展開させているのだろうか。


「となると黒主以外には兵士だけが問題。文字ぐさりがあれば倒せる――か?」


 兵士のじゅうは文字ぐさりには効かないが、20人にハチの巣にされると分からない。

 ならばごういんこうげきけるより、うまくすきを作る方が良い。


「……いや。ひとじちも居るわけだし、きょうこうは無い。頭をねらうか」

「アタマって、黒主のことだよね? あの黒公卿くろくぎょう呪歌リートでぶっ飛ばすのー?」

「方針はそうだ。アーテイ氏、黒主と呪歌リートで対決した場合、他に障害はあるか」

「あー……ひとつ、あるよ。呪歌リートが効果を出すには条件があるの」


 くるっとおれの周りを回ったアーテイ氏が、思いついたように言う。


「条件と言うと?」

呪歌リートによって条件はちがうね。例えばかなでの『逆理ぎゃくりのリート』の場合は、『相手が本心と同じ願いを口にする』こと。まあ式神に使えたように、プログラムや人工音声が相手でもだいじょうだけどね」


 式神は行動を行う際、人工音声を発する。

 そういう仕組みだからなのだが、この仕様のおかげでおれのリートは通じたわけか。

 となると、人間が対象の場合は、何とか発言をゆうどうする必要がありそうだ。


呪歌リートを黒主に仕掛しかけるには、願いを口にさせる必要があると」


 そうなると、単純に対話が長引けば長引くほど、チャンスは増える。

 話し合いにむ必要がある――というわけだ。


「――――よし。行ってみるか」


 少し考えたおれは、つぶやくと立ち上がった

 黒主たちの待ち受ける庭園へ降りていくおれの後を、アーテイ氏が追いかける。


「えっ早い、もう決まったの? ……っていうか、もう行くのー!?」


 アーテイ氏が驚いたような口ぶりで言うのを、聞き流して。

 おれしょの門から飛び降りると、黒主たちが待つ庭園へと向かっていった。

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